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そんなつもりはなかったんだ、と男は語った。
新羅はそれを、セルティ早く帰ってこないかなあ、と思いながら聞いていた。
「ちょっと、新羅聞いてる?」
「ああうん、聞いてる聞いてる。セルティ遅いよねえ。六時には帰ってきてご飯作るって言ってたんだけどなあ」
「……聞けよ」
盛大な溜め息をつき、特に招いた覚えもない旧友は視線をテーブルに落としてからまた天井を見上げたりと忙しない。ああこれは重症だな、と何の感慨もなく思いながら、新羅はまた愛しい恋人に思いを馳せた。その耳に、また無駄に透明感のある声が届く。
「…本当に、そんなつもりはなかったんだ」
駄目な男のテンプレのような台詞である。まあ実際駄目な男であることに間違いはない、と納得しながらも、新羅はセルティが帰ってくる前に早く帰ってくれないかなあ、などと思っていた。だが残念ながら、その男が席を立つ気配はない。仕方なく新羅は口を開いた。
「まあ、いい機会だったんじゃない?」
いい加減、鬱陶しかったし。という言葉は飲み込んで、適当な慰め台詞を口にする。気を利かせるつもりなどまったくない新羅のそんな台詞を聞いているのかいないのか、臨也は海より深いため息を吐いた。




そもそも、それは高校の頃には始まっていた。

恋愛に夢中になるかならないかというのは、人の性質にもよるのだろうが、少なくとも新羅は徹底して夢中になるタイプだった。恋愛というよりも、この生涯で一度の恋の相手、と心に決めたその相手に、だが。そんな新羅を、物好きだと笑う人間もいないことはない。たとえば、高校3年にして情報売買でかなりの収益を上げている少年などがその筆頭である。
「だけど僕からしてみたら、臨也の方がよほど物好きだけどねえ」
「…ん? どうかしたのか」
「いや、なんでもないよ」
学校内の自販機で売っている紙パックの飲み物を手に教室に入ってきた門田が、一人ごつ新羅に不思議そうな視線を寄越す。それに首を横に振って答えると、新羅の周りを見まわした門田が、ふと声を上げる。
「静雄と臨也は、いないのか?」
昼休憩の教室内は閑散としている。クラスメイトの多くは思い思いの場所で好きなように食事をとっているはずだ。学食に行っている者も多いのだろう。そんな中で、なぜか新羅と門田、それに犬猿の仲として学内に知られている臨也と静雄は、この教室の窓際に陣取って昼食をとることが多かった。
ちなみに、食べている途中で臨也と静雄の雰囲気が悪くなり、机が教室の中で舞うような事態に発展することは少なくないので、なぜこの面子で昼食を取るのかというのは、来神高校の七不思議のひとつとして数えられたりもする。
「いないよ。二人仲良く全力で追いかけっこでもしてるんじゃない?」
「寒いのに元気だな…」
昼休みに入って早々、臨也が静雄を挑発し、怒りを爆発させて拳を握りしめた静雄から足取り軽く逃げ出した。飲み物を買いに行っていた門田には知る由もない話だ。
「本当に元気だよね。たぶん今頃、倉庫裏あたりだと思うよ」
「…わざわざあんなところまで行っているのか?」
静雄と臨也の追いかけっこと喧嘩は場所を選ばない。教室だけで終結することもあるが、臨也が逃げれば条件反射で静雄が追うため、廊下に及んで最終的にグラウンドまで到達することはあった。だが、校舎から若干離れた倉庫裏にまで及ぶというのは考えにくい。それでも、新羅はある程度の根拠をもって、倉庫裏、という具体名を出した。
視線を、教室の左側に立ち並ぶガラス窓の外に投げる。暖かな教室の外では、ちらちらと白い雪が舞っていた。本日は、都会では珍しい雪模様である。
「ちょっと前にさ、静雄言ってたの覚えてる?」
「ん?」
「一面の雪景色を見てみたい、って」

時季は冬のはじめ頃、時間はやはり昼休憩の時間だったと記憶している。教室に残っていたクラスメイトが大声で、スキーやスノーボードに関する雑談をしていた。それを聞くとはなしに聞いていたらしい静雄が、「スキーしたことねえ」と言ったのが始まりだった。しばらくは来神名物4人組らしくもなくウィンタースポーツ談義など繰り広げていたが、その流れで静雄が、ぽつりと呟いたのだ。
「…そういや、雪景色って見たことねえ」
探しても探しても人の足跡などどこにもついていないような、汚れなき純白の雪景色を、静雄は見たことがないという。都会に住んでいれば、雪景色はおろか、積もった雪さえ見ることは稀だ。静雄が見たことがないというのも当然だろう。だが、そう軽く指摘できる者はいなかった。
「見てみてえな」
そうぽつりと落とされた呟きが、純粋な憧憬しか含んでいなかったからだ。静雄の言葉尻を捕まえて揚げ足を取り、その逆鱗を遠慮なく殴りつけることを趣味としているような臨也さえ、ただ黙って静雄の言葉を聞いていたくらいだ。

そして新羅は知っていた。
「あの倉庫裏あたりって、人が立ち寄らないだろ? たぶん、うってつけなんだよね」
人の足跡のない積雪を、静雄に見せるには、この辺りではあの場所しかないだろう。
登校時間に新羅が校門を通るとき、いつもとは違う方角から臨也がやってきたのだ。どこに行っていたのか、と尋ねてみると、ちょっと倉庫裏にね、と答えが返ってきた。こんな、雪がうっすらと積もった寒い日に、わざわざあんな人気のないところに行かなくても、と思ったその時に、新羅は気付いた。
「昼休みに唐突に喧嘩を売って、すぐに教室から逃げ出して校門からも出て行ったよ。静雄が追いかけてくることを確認しながら」
きっとそのまま、あの倉庫裏に行っているのだ。静雄に、足跡のついていない一面の雪を見せるために。
新羅の言わんとしていることをなんとなく理解したらしい。門田がどこかげんなりとため息を吐いた。
「…涙ぐましいな」
「あれでも熟慮断行してるんだろうね。本当に、けなげだと思うよ」
他人の恋愛なんてまったく興味のない新羅でも、思わずため息を吐きたくなる程度には。

門田も気付いていたはずだ。
臨也は、自身の後を静雄に追わせることによって、静雄の望む場所に連れて行っている。


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(2011/05/10)





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