グローリア・グローリア | ナノ


※ブレギルで現代パロディです!
ブレ⇒パンドラ学園養護教諭、ギル⇒パンドラ学園国語教諭です。
短篇2本組みです。




ことこととポトフを煮ていたら、ふらりと一日中どこかに行っていたはずの同居人が帰ってきた。

「ああ、いい匂いがしますネ」
とか言って、ダイニングテーブルに並べてあったおかずをつまみ食いし始めている。
「勝手に食うな」
咎めるが、聞き入れられるはずもない。いつもどおり飄々とした顔のまま、ぱくぱくとせっかくの料理を箸もフォークも使わずに口にする。
そのうち、まだ煮込んでいる最中のポトフが入っている鍋のふたにも手を掛けるので、かなり本気で殴ろうとするが、毎度の通りさらりとかわされる。無駄に身のこなしが優雅だ。



同居人の名前はブレイクという。ギルバートが国語教諭として務める学校で養護教諭をしている。いわゆる、同僚である。同僚と何故同居(ちなみに、同居というよりは同棲と言った方がニュアンスとしては正しいだろう。認めがたいことだが)しているかといえば、特に深くもなければ話せば長くなることもない理由がある。
ギルバートは昨年の4月に私学の名門、パンドラ学園に赴任してきた新任で、ブレイクは既に古参に近い養護教諭だった。ちなみに、ブレイクの正しい年齢は誰も知らない。ブレイクの親友で、パンドラ学園のOBでもある数学教諭のレイム曰く、「私がこの学園に入園したときにはすでにあの顔のままこの学園の養護教諭をやっていましたよ」だそうだ。既に養護教諭というよりは保健室の妖怪である。

そんなブレイクの顔を初めて見たときから、ひどく関心を引かれてはいた。ブレイクは人目を引く容姿をしてはいたし、実際にその見事な白髪や紅眼に見とれた。だがそれだけではなく、なんだかひどく懐かしいような、そんな不思議な気がしていた。

それでも、養護教諭と国語教諭の間に特に接点などないもので、はじめのうちは、気になる同僚くらいの位置づけだった。が、あるとき、それが一変した。きっかけはありがちなことで、飲み会だった。
ギルバートはアルコールに極端に弱く、一口でも飲もうものなら恐ろしいほどの泣き上戸になる。そのため、普段は飲まないよう心がけているが、その日は運悪く隣りに酒豪と名高いオスカー理事が座し、ギルバートの杯に酒を注いでくるもので、新任のギルバートが断れるはずもない。三口飲んでから以降の記憶はなく、気付けば自宅のベッドで眠っており、隣には何故か白髪紅眼の養護教諭がいた、という、ベタといえばベタな展開であった。
「どうしてブレイク先生がここにいるんですか…?」
完全な二日酔いで鈍く痛む頭を抑えながら恐る恐る聞いてみると、「君が離してくれなかったんですヨ」と簡潔な答えが返ってきた。酔ったギルバートの覚束ない案内を頼りに、わざわざギルバート宅へ送ってくれたところ、ギルバートが帰ろうとしたブレイクに抱きついて離れなかったらしい。
「………」
ギルバートはまったく記憶にない。というか、記憶になくてよかった、という気もする。ブレイクから聴いた話だけでも気恥ずかしくて顔が熱くなっているのに、更に記憶があったら死ねる、と本気で思う。

その運命の朝、恩人をそのまま帰すのもどうかと思われたので、ギルバートはコーヒーと一緒に作り置きしておいたスコーンを出した。思えば、このスコーンが敗因だった、と今にして苦く思う。普段は甘いものを好まないギルバートが、ほんのきまぐれに作ってしまった甘めのスコーン。これが、いたくブレイクのお気に召してしまったらしい。
それ以来というもの、ブレイクはことあるごとにギルバートの家を訪れてはギルバートが作った菓子を要求するようになり、その頻度が増して増して、とうとう住み着いてしまった。
誰かとの共同生活など考えたこともなかったギルバートだが、ブレイクとの共同生活は、多少胃が痛くなることもあれど、不思議なほどにしっくりときた。


とかなんとか、二人のなんてことないなりそめに浸った一瞬の隙を見計らって、ブレイクは勝手にポトフの入った鍋を開けて、ウィンナーをつまんでいた。
「こら、まだ食うなって!」
せっかく時間をかけて作ったので、せめて完成まで待って欲しい。という思いをよそに、ブレイクはウィンナーを咀嚼している。
それでも、きちんと栄養のあるものを食べるようになっただけマシだと思う。かつてのブレイクは、まさに紺屋の白袴、医者の不養生というやつで、養護教諭のくせに自身の健康にはまったく興味がないようで、菓子以外の食物を殆んど口にしなかった。
そこをギルバートが、手を変え品を変え色々な料理を食べさせるようになってから、ようやくブレイクも自分から菓子以外の料理を食べるようになったのである。それはいいことだが、このつまみ食いの癖はどうにかしたいものだ。
「フム。いつもと少し味が違いますネ」
「ああ、今日はローレルを入れてみたんだ」
素直に答えてみると、ブレイクはフムフムと頷きながら更につまみ食いを続けている。呆れきってその様子を見ながらギルバートは、偏食が治ったら、次にはこの素行の悪さを直そう、と心に誓う。
だが、食事の時間に帰ってくるだけですごいことだ、というのは、レイム教師の言である。

『あのブレイクが、きちんと毎日帰ってくる…のですか…?』
『? ああ。休日はどっかにふらふら行くが、夕飯の時間には絶対に帰ってくるぞ。どうしたレイム、なんでそんなに驚いてるんだ』
『あの、ザクスが……付き合った女性のファーストネームさえ覚えないザクスが……。遊び歩いた女性の数は4桁とも言われるザクスが……。節操とか貞操観念は幼児期にトイレに流してしまったんだろうとまで言われるザクスが……。道徳観念に至っては乳児期に紙オムツと一緒に捨てられたんだとまで言われる、あのザクスが……』
なんだかすごい言われようである。フォローする気はまったく起きないが。
驚愕のあまり我を忘れていたレイムだが、目の前にいるのが、現在は一応ブレイクの恋人にあたるギルバート(なぜかいつの間にかブレイクとギルバートが付き合っていることは知られていた)であることに気付き、さすがに自分の言が無神経だったと気付いたのだろう。慌てて『失礼しましたッ』と謝罪をしてきた。
『でも、本当にそれはすごいことですよ…』
そうかザクスもとうとう、と感涙を光らせるレイムの隣りで、ギルバートはそうかすごいことなのか、とこっそりと頬を赤くしていた。

そんな会話がレイムとギルバートの間で交わされたことを知らないブレイクは、機嫌よくポトフをつまみ続けている。
「……うまいか?」
「おいしいですヨ」
珍しく、素直な返事が返ってきた。ローレルを入れて煮込んだポトフは、相当彼のお気に召したらしい。
行儀が悪いのを窘めようと思っていたのに。ギルバートは溜め息をつく。
結局そんな他愛のない一言で、今日も毒気を抜かれてしまった。




グ ロ ー リ ア *



ところで、唐突だがギルバートはあれで結構もてる。
もともと見た目だけならかなり良いほうなので、二人の職場でもある学園の女生徒からの人気は高かったのだが、最近ではヘタレっぷりも隠し切れず披露し始めているので、男子からも好意的に見られ始めているようだ。
中でも、最近転入してきたオズ・ベザリウスという少年のギルバートへの懐きぶりは、少々目に余るほどである。ギルバートも満更ではないようで、オズに抱きつかれても困ったように眉尻を下げたりはするが、実は結構嬉しそうなのが丸分かりである。
以前、ブレイクが「随分とあの転入生と仲良しですネェ」と嫌味半分で言ってやったところ、空気を読めないことに定評のあるギルバートは、ちょっと頬を赤く染めながらの笑顔で「オズが笑っている顔を見ると、どうしてか安心するんだ」などと言ってのけたので、その夜は虐めた。性的に。

以前なら、ギルバートは昼食はブレイクと共に(ちなみにギルバート特製の愛妻弁当である)保健室で取っていたのだが、最近は中庭でオズ・ベザリウスと食べているようだ。少々、いやかなり、おもしろくないものも感じるが、仕事中の最優先事項はやはり生徒なので仕方ない、と納得はしている。

今日も今日とて、昼休みに中庭を通りかかると、オズとギルバートが並んで仲良く昼食を取っている光景に出くわした。
「ギル先生、その卵焼き、おいしそうだね」
「ああ、これか? 食べてみるか?」
「うん!」
そしてそこで、当たり前のように「はい、あーん」という状況になっている。さわやかな新緑の中庭で、その一角だけ雰囲気がピンクに見えたのは、ブレイクの気のせいではないだろう。さすがに苛立ちを通り越して、頭痛がしてきた。
なかなかしたたかに生きていると自負するブレイクにも、さすがに精神衛生上よろしくない光景だった。



ギルバートとオズが本当に互いを慈しみあっていることは、見ているだけでも感じることができる。そこに欲望の色なんてないと分かっているけれど、それでもやはり心が荒む。
ギルバートよりはよほど長く生きているし、恋愛ごとにも長けているつもりなのだが、どうもギルバートのことに関しては、多少感情が暴走気味になる。まだこんな青い部分が自分にも残されていたのか、といっそ純粋に驚く。
ブレイクは似合わない溜め息を吐きながら、長い長い階段をのぼった。
進入禁止となっている古い木製の階段は、のぼるたびにきしむ。この階段をのぼるのが、ブレイクがギルバートと、いわゆる“恋人同士”になってからの日課になりつつある。
階段をのぼりきった踊り場に現れた、さび付いた扉を開け放つと、馬鹿馬鹿しくなるほどに澄み渡った空が視界に飛び込んでくる。ありきたりな屋上の景色だ。
強めの風と共に、特有の苦い煙がかすかに流れてくる。今日も彼はここで紫煙を燻らせていた。

「吸い過ぎは体に悪いですヨ」
声を掛けると、ギルバートは「いつの間に来たんだ」と驚いた。
ギルバートは基本的に真面目だが、どうしても喫煙に関してだけはやめられないようで、禁煙の学園内で人の立ち入らないこの屋上で隠れて吸っている。
もともとこの場所は、ブレイクが時折サボりに訪れていた場所だったが、ギルバートが煙草を吸いに来るようになってからというもの、毎日ここに足を向けるのが日課になってしまった。
「またサボりか、ブレイク」
「お互い様でショ」
昼休みにオズに向けていた笑顔とは異なる、気だるい雰囲気でギルバートは煙草を吸っている。あんなに苦いものをよく吸えるものだと感心しながら、ブレイクは、いつも懐に潜ませている飴玉を取り出して口に入れる。
好物のはずの甘い飴は、しかし昼のオズとギルバートが笑い合っている光景が脳裏を掠めて、大して美味しく感じられなかった。仕方ないので、がりがりと噛み潰す。
「…何か機嫌悪くないか…?」
ちょっと怯えながらギルバートが尋ねてくる。だれのせいだと言ってやりたいところだが、大人気なく嫉妬している自分を悟られたくないのでやめた。
代わりに、「誰かさんが流す副流煙のせいで飴が美味しく感じられないんですヨ」とちくりと言ってやれば、やはり真面目な彼はちょっとしょげた。今まで何度となく禁煙を試みて、その度に失敗しているギルバートは、煙草のことを言われると心が折れそうになるようだ。
「…そういえば、オスカー理事が職員室の隅に喫煙所を作るらしい」
ふと思い出したようにギルバートが言った。
近年の嫌煙ブームの波に乗り、禁煙にしたはいいものの、理事であるオスカーがそもそも愛煙家なので我慢できなくなったのだろう。校内でただ一箇所、喫煙スペースを作ろうという運びになったらしい。
「ヘエ。それはそれは」
興味ないように答えながら、ブレイクは内心複雑だった。喫煙所ができれば、ギルバートはわざわざこんな場所で隠れて吸う必要もなくなるだろう。そうすれば、彼はここに来なくなる。
ここで彼といるのが、実は結構好きだった。もちろんギルバートには言わないが。
「それなら君は、長ーい階段をのぼってこんなところに来る必要はなくなりますネェ」
多少しんみりとそう呟くと、フィルター付近まで灰にした煙草を携帯灰皿に押し入れたギルバートが、心底不思議そうな顔をしてブレイクの顔を見た。
「何でだ?」
「ハ? だから、喫煙所ができるのでショウ?」
それなら彼がここに来なくなるのは自然な流れのように思われるのだが。
「別に、喫煙所が出来ても俺はここに来るぞ」
「何をしに?」
煙草を吸う以外に、ギルバートがこの何もない屋上に用があるとも思えない。率直な疑問である。
「だってここならお前とふたりきりに、」
言いかけて、そこでようやくギルバートは、自身がどれだけ恥ずかしいことを言おうとしていたのか気付いたらしく、瞬時に顔を真っ赤にした。
「ふたりきりに、なんですカ?」
何を言おうとしたか当然察しはついたが、ブレイクは尋ねた。顔がにやけるのはとめられそうにない。
ギルバートは授業がない時間は人の多い職員室にいるし、ブレイクがいる保健室も結構人の出入りは絶えない。ふたりが二人だけで会えるのは、確かにこの場所しかないのだ。
ここでのささやかな邂逅を楽しみにしていたのは、ギルバートも同じらしい。
顔を赤くして、ふてくされて新しい煙草に火をつけたギルバートをにやにやと見ていると、この屋上に来るまでの荒んだ気分がすっかり消えてしまった。

馬鹿馬鹿しいほどに澄んだ青空の下、清々しい風が運んでくる彼の紫煙は、不思議なことにブレイクには少し甘く感じられた。


(グローリア・グローリア)
(2010/05/07)




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