たまにはお前も脱げ、と言ってみたのは、気の迷いのようなものだった。 ブレイクが性行為の際に着衣をほとんど崩さないのはいつものことで、それなりに多感な時期を彼と過ごしてきたギルバートは、そのことにやはり傷ついたり憤ったりもした。 自分はほとんど一糸纏わぬ格好で乱れているのに、ブレイクはその間も、息こそ乱すものの服は最低限しか脱がず、相変わらず奥底の見えない視線でギルバートを見ているのだ。 かつて、どうして脱がないのかと尋ねたこともあったが、色々とはぐらかされ、回答は得られずに終わった。だから結局、体を重ねても、虐めの一環なのだとか、遊ばれているのだとか、悪いことを思い始めればキリがなかった。 それでも構わないと思っていたのは、すべての諦めゆえだったのか、それとも、それでも触れて欲しいという恋慕ゆえだったのか。 いずれにせよ、ブレイクはけしてギルバートに肌を晒すことはなかったし、ギルバートもこの頃では、そういうものなのだろうと諦めてもいた。 気まぐれに、レベイユの外れにあるギルバートの持ち家を訪ねてきたブレイクは、また気まぐれにギルバートの体に手を伸ばした。普段は基本的に拒むが、それで拒みきれたことは一度もない。 ブレイクに逆らえないというのは刷り込みに近いが、その上最近では、触れて欲しいという自身の欲も理解している。どうしようもない関係を続けてきたどうしようもない男に、どうしようもない恋情を抱いている。 その夜も、ブレイクの冷たい指先が自身の肌を滑っていく感触に震えながら、ほとんど崩れていない彼の襟元を見ていた。 温度の低い指先が、ギルバートの頬を滑る。 まだ少年と呼ばれる時分から、ギルバートはブレイクを知っているが、彼は常に体温の低い男だった。ギルバートがまだ幼く、体温が高かったためだったのかもしれないが、20を超えた今になっても、やはりブレイクの指先は酷く、冷たく感じる。 体がかなり興奮していけば、おそらくその白い指先も熱を持つのだろうが、その頃にはギルバートの理性が溶けていて、そんなことを判断している余裕など皆無だ。だからギルバートの知っている限り、いつもブレイクの指先は冷たい。 その指先が今度はわき腹に触れた。その冷たさに、大きく身震いしてしまう。途端に、ブレイクが笑った。 「感じやすいですネ」 「違うっ、寒いだけだ!」 わき腹を撫で上げる手を抑えて反論するが、快感を感じていることも自覚している。驚くほどに冷たいブレイクの指先一つで感じてしまう自分が、何だか哀れだ。 意趣返しのように、その冷たいブレイクの指先を強く握って、自分の懐に持っていった。 それは、特に深く考えての行動ではなかった。おそらく、冷たいその指先を温めたいとほんの軽く思った末の行動だったはずだ。 しかし意趣返しとしては成功したようで、ブレイクは思いがけないギルバートの行動に瞠目した。 「何ですカ?」 「冷たいんだよ、おまえの指!」 自身の早い鼓動の上の温かな場所で、強くその指を握り締めても、ギルバートの熱がブレイクに移る気配はなかった。 「おまえ、体もこんなに冷たいのか?」 「…いつも、熱いと訴えるじゃないですカ」 紅いブレイクの瞳が、ギルバートを面白がるように覗き込んできて、さらに下半身を押し付けられる。 僅かに反応を示しているものが服越しに腰に当たり、ブレイクが何を示しているかを知らされた。 「……ッ! 馬鹿か! そうじゃなくて、上半身とか!」 顔を赤くしてギルバートが怒鳴る。ブレイクは楽しそうに笑うばかりだ。呆れて溜め息を吐く。 それにしても、欲情を示していてさえ、指先が冷たいということに、酷くアンバランスな危うさを覚える。 ぎゅっと再度ブレイクの指先を握ると、ようやく若干温もりを帯びてきたように感じて、ギルバートは安堵した。 「なんだ…温まるじゃないか」 「温めてくれたんですカ?」 「……」 まさにその通りだが、今更になって自身の行動が酷く気恥ずかしいものだとようやく気付いた。弁解する暇もなく、ブレイクが未だ冷たいほうの手を動かし、性器を愛撫してくる。 「……うぁッ」 急激な刺激に思わずブレイクの背中に縋るが、ギルバートの指は着衣の上を滑るだけだった。いつものことだ。 それでも、その着衣の下の体も冷たいのではないかという疑問と不安がよぎって、「たまにはおまえも脱げ」と口にしてしまった。 ブレイクは、手を止めてギルバートの顔をしげしげと見る。 「…キミが温めてくれるんですカ?」 「……それは」 そのつもりではあったのだが。 だが考えてみれば、そんなことを口に出来るほどに、甘い関係ではない。何度も体を重ねているのに、睦言を言い合ったこともないのだ。好意を望めるような立場ではないと理解していたはずなのに。 しかし、鼻で笑われるかと思っていたのに、意外なことにブレイクは、底の見えない紅い瞳を翳らせ、複雑そうな表情を見せた。 そんなに困らせるような会話の流れではなかったはずだが。よほど体を見せたくない理由があるのだと、ようやくギルバートは察する。 別に無理は言わない、忘れてくれ。そう言って行為を続けるつもりだったが、しばらくギルバートの顔を見ていたブレイクは、翳った瞳で笑って見せた。 嘲笑とは違う、どこか寂しげな笑い方だった。ギルバートは思わず息を飲む。 「それは、悪くない提案ですケドね」 今は、まだこのまま。 そう言ってブレイクは、話を終わらせるようにギルバートの顎に手を添え、口付けてくる。反射のように瞳を閉じ、絡み合う舌に酔いながらギルバートは、瞼裏でブレイクの寂しげな笑みを再生していた。 唇が離れて、陶然とブレイクを見上げる。 ブレイクはやはりどこか翳った表情でギルバートの頬を撫でた。 「…ブレ、イク…?」 「今は、何も考えずに、感じてなさい」 その言葉を合図に、ブレイクは、温もりを帯びてきた指先で胸から脇腹にかけて、そして下肢を愛撫し始める。 「……ッ」 ブレイクに触れられる箇所から、じくりと痛むような熱が体全体に広がり、体内に溜まっていく。 ギルバートはブレイクの肩に顔を押し付けた。 そうして縋っていないと、体内に溜まった熱に浮かされて、告げてはならない言葉を口にしてしまいそうだった。 だってあんな顔を見てしまったら。思わず、好きだと言ってしまいたくなる。 (低温火傷) (2009/08/14) |