雨に濡れてブレイクのもとにたどり着いた彼は他に縋りつくものをもたず、仕方なくブレイクの袖を掴んだ。そのことをブレイクは正しく理解していた。 夜に沈み込むようにひっそりと、レインズワース家にあるブレイクの部屋を訪れたギルバートは、雨に濡れていた。 どうしましたか、とたずねても、俯けた視線を上げる気配も無い。水分を十分に吸い込んだ服は、もとの黒さを更に濃くし、今にも夜に溶けてしまいそうだった。 仕方なくタオルを用意し、漆黒を塗りこめたような髪に被せてやるが、やはり動く気配は無い。ブレイクは心中でためいきを吐いて、そのタオルでいささか強引に髪から落ちる雫を拭った。 「ただ立ってられると邪魔なんですけどネェ」 「……ブレイク」 ようやく開いた重い唇が呼んだ名に、ハイ、と返事をするが、それ以上彼は言葉を紡ぐことをしない。 その表情を隠す漆黒の濡れた前髪を書き上げてやると、満月にすら似た黄金の瞳が、翳りを帯びながら濡れている。本人は気付いていないのだろうが、それはいっそ凶悪なまでに、扇情的に艶めいている。 また、くだらない任務で誰かに抱かれてきたのか。 ひどく低俗な考えが浮かんだ。低俗だが、しかしそれは、きっと間違ってはいないだろう。 雨に濡れた体は寒そうで、もう少し彼が幼ければ、ただ抱き寄せて温かく甘い飲み物を与えて寝かしつければそれでよかったのだろうが、本意ではなく誰かに抱かれてきた青年をどう扱えばいいものか。 ブレイクの答えは、既に決まっていた。彼が望むなら、望むままに体温を与えればいい。もう何年も前から、そうしてきたのだから。 「抱かれに来たのなら、まず上着を脱いで、こっちに来なサイ」 極力優しく言ってやると、ギルバートはゆるゆると翳った瞳を持ち上げてブレイクを見た。その瞳をひたりと見返すと、ギルバートは鈍い仕草で自分の上着に手を掛けた。 実際に、ギルバートが、誰かに抱かれた後にブレイクのもとを訪れるのは初めてではなかった。 最初は2年ほど前だっただろうか。おざなりに黒服を着込み、ひどく傷ついた顔をしてブレイクの部屋を訪れた彼は、か細く「抱いてくれ」と呟いた。 馬鹿なことを、と諌めればよかったのだと、今になって思う。諌めるのが、少なくともギルバートよりはずっと長く生きているブレイクの務めだったのだろう。 それでも、彼の誘いに乗ってそのいまだ薄いからだに手を伸ばしたのは、滲み出るような色香に惑わされたからなのか、それとも彼の境遇に同情したからなのか。あるいは、彼をナイトレイ家に送り込んだ張本人としての責任を後ろ暗い欲で隠したかったからなのか。 どれでもあって、どれも違うように思える。今となっては、もう考える意味もない問題だ。 ベッドに押し倒した体に乗り上げる。ギルバートは、抵抗もせずにぼんやりとした瞳でブレイクを見上げていた。 その体にまとわりつくシャツまでしとどに濡れている。白い肌が透けて見えて、それがまた扇情的だった。 ボタンを外して、あらわれた素肌に唇を寄せる。途端に、ギルバートはびくりと体を震わせた。 「肌、冷たいですネ」 「…雨に濡れたからな…」 首筋に顔を舐め上げると、鼻先に花のような匂いがかすかに漂う。シャワーを浴びてきたのだろう。 どこで、と聞くほど野暮ではないつもりなので、何も言わずに肌に張り付いた服を剥ぐ。 鎖骨の下あたりから、胸の傷を辿って点々と赤い鬱血痕が散らばっていた。汗や体液は流せても、肌に直接刻まれた情事の痕跡は消せない。 それを見た途端に、胸を苛立ちのような焦燥が過ぎる。衝動のままに、その痕の上に噛み付いてから吸い上げる。 「イ…ッ、アアッ」 その痛みに悲鳴にさえ似たような声を上げたギルバートを無視して痕を辿る。乳首を強めに食んでから下肢を露にすると、足の付け根にまで赤い痕が付けられていた。 今晩の彼の相手は、随分と執着心の強い相手だったようだ。嘲笑ってから、その痕も上書きする。 「ん…っ、…ッ」 そのまま下肢に顔を埋めると、耐えかねたようにギルバートが吐息を漏らす。息が弾んで、気だるく冷めていた肌が上気している。口淫を続けると、さらに切なげな声を上げた。 「ブレイク…ッ、…もう…っ」 「まだ、駄目ですヨ」 「アァ!」 爆ぜそうな性器を強く握ってせき止めると、高い声を上げ、それからようやく赤みのさした顔でブレイクを睨んできた。 「なん、でッ、ぁア…」 「もう少し、我慢しなサイ」 上気した頬に口付けてから、その唇に指を差し出す。すぐに意図を理解したらしいギルバートは、少し躊躇いを見せたあとで、おずおずとブレイクの指を口に含んだ。 「んん、」 「ホラ、しっかり咥えて」 「…ん」 命じると、ギルバートは控えめにその指に舌を絡ませてきた。もういいだろうと指を唇から引き抜くと、唾液が銀の糸を引く。それを物欲しげな瞳で見つめたギルバートを再びベッドに沈めて、足を開かせた。 唾液に濡れた指で、後膣を濡らしながら開く。ギルバートはふるふると首を振っていたが、やはり抵抗はなかった。 赤く色づいたそこは、さして抵抗もなく指を飲み込んでいく。2本突き入れた指で、ある一点を突き上げると、ギルバートは高く声を上げて広げた足をびくりと震わせた。 「ア、ァッ! ブレ、イク、そこ、ヤ…ッ」 「堪え性がないですネェ」 びくびくと震える性器をまた強く握り、せき止める。体内を逆流する快感に、ギルバートは思い切り眉を寄せて耐えている。その扇情的な表情を、少し前には他の男にも見せたのかと思うと、嗜虐的な気分になるのを抑えられない。 性器を解放しないまま、彼の感じる場所を指で攻め立て、思う様喘がせる。 イかせて欲しいと途切れ途切れの声で懇願するギルバートの声を無視して、指を抜いてから、間髪いれずに自身の性器をそこに押し当てる。 本能的に逃げを打つギルバートの腰を掴んで、一気に貫いた。 「ヒ、アァ!」 「…っ、いれただけでイったんですか? っとに、貪欲ですねえ!」 「待…っ! ッア、ブレイク、もっと、ゆっくり…!」 貫かれた衝撃に欲を吐き出し、この上なく敏感になった体の奥を抉られる衝撃に、ギルバートは、着衣のままのブレイクの背中に縋りながら懇願する。 「何言ってるんです? 気持ちイイんでショ? ホラ…ッ」 一番奥を執拗に突き上げると、ギルバートは幾度となくブレイクの名を呼んだ。その扇情的な声に答えるように彼の瞳を覗き込むと、快感に生理的な涙をためた金の目が、震えながらブレイクを映していた。 「なんですか?」 「…、…てくれ…ッ」 何かを訴えたいらしいギルバートの口元に、ブレイクは耳を寄せる。それによって体内を穿った性器の角度が変わり、それにさえ敏感に体を震わせたギルバートだが、必死にブレイクの頭を抱えてくる。 「ブレイク…ッ」 「ええ、なんですか?」 「……キス…して、くれ…ッ」 搾り出すように高い声が懇願する。なんとも可愛いことを、とブレイクは思った。確かに、こんなに体を深くつなげているのに、キスはしていなかったが。 答えるように唇を合わせ、熱い舌同士を絡ませる。ギルバートは自身の足をブレイクの体に絡ませて、必死に口付けに応じてきた。卑猥で、それでいていじましい対応だった。 「んん、んぁッ」 また反応し、ふたりの体の間でギルバートの性器が震え、また限界を訴えている。 幾度となく舌を絡ませ、ギルバートの奥を抉ると、ぐっと締め付けられる。 「…ッ」 「あ、アアッ、ブレイク、もう…っ」 「分かってます、ヨ!」 「アァ、ァッ」 ギルバートは震わせた性器から、また熱い液体を迸らせた。ブレイクもすぐに、最奥で精を放つ。 そのまま、ギルバートの裸の胸に自身の着衣のままの胸を合わせ、呼吸を整える。汗ばんだ皮膚同士が、ブレイクのシャツ越しにさえ熱い体温といまだ激しい鼓動を伝えた。 少しの間をおいてブレイクがギルバートの顔を見下ろし、シーツの上に投げ出されたその手に自分の手を重ねる。少し意識を飛ばしていたギルバートは、その感触に薄く瞼を開いた。 情事の跡を色濃く残す濡れた金の瞳が、ブレイクの顔を映してゆるんだ。恍惚とした表情で、ブレイクの名を呼ぶ。 「…ん、…ぁ!?」 彼の内部で、また自身が硬度を取り戻した。それを感じたギルバートが、瞼をきつく瞑って刺激に耐える。 「ブレイク、…おまえ…ッ」 「君が煽るからですヨ」 「だ、誰が煽った…、ヒ、ァッ!」 抗議の声を無視して手を強く握ったまま、腰を動かす。放った体液のせいで濡れた彼の体内は、ひどく心地いい。 「ん、んあッ、ブレ…クッ、もう無理…だッ!」 「まだ、イけるでショウ」 灼熱に怯えるようにふるふると首を振るギルバートの耳に囁く。もっと目茶苦茶にされたいのだろう、と。 彼はもっともっと、意識を飛ばしてしまいたいはずなのだから。 体力の限界を超えて、気を失うように眠ったギルバートの体を軽く清めてから、彼を残して湯を浴びる。 ブレイクが湯から上がったとき、ギルバートは同じ体勢のまま眠っていたが、物音を聞いて薄く目を開けた。 「…ブレイク?」 「もう少し寝ていなサイ」 ほとんど覚醒していない状態のギルバートに言うと、彼は逆らわず顔をシーツに埋めた。 その横にブレイクが体を横たえると、まだ眠ってはいなかったらしいギルバートが、身を寄せてくる。 ギルバートが他の誰かに抱かれたあと、ブレイクのもとを訪れる理由を、ブレイクは知らない。 怖い夢を見た子供が、親の体温を求めるようなものなのだろうと検討をつけてはいるが。 そして限界まで抱き合ったあとのギルバートは、普段は絶対に見せないような甘えた仕草を見せることがある。 擦り寄ってきたギルバートは、ブレイクの胸に顔を寄せた。 「お前にもちゃんと心音があるんだな」 そんなことを言って、珍しくギルバートはブレイクに笑いかけた。 「失礼ですネェ」と応じると、可笑しげに声を上げて肩を震わせながら笑い、彼はシーツに顔を埋める。ギルバートがこんな風に、皮肉も自嘲もなく笑うことは、今ではもうめったにない。 未だ雨が止んでいないのか、室内に、密やかな雨音が紛れ込んでいる。 ひとしきり笑ったギルバートは、浅く溜め息を吐いて、瞼を閉じる。その瞼は、すぐに動かなくなった。 「ギルバート君、」 小さく呼びかけるが、返答はかすかな寝息ばかりだった。静まった部屋のせいか、雨音が大きくなる。 その瞼に、ブレイクはそっと口付ける。親が愛しい子供にする仕草のようだと嗤って、今度は薄い唇に自分のそれを合わせた。音のない口付けだった。 乱れた黒髪に指を絡ませてから、ブレイクも瞼を伏せる。体はだるいのに、雨音に邪魔されて、まだ眠れそうな気配はなかった。 浅く穏やかな寝息を立てるギルバートは知らないだろう。 ブレイクは、楽しげに笑ったギルバートをこのまま閉じ込めてしまいたいと、気の迷いのように短い時間、しかし狂おしいほどに深く、願っていた。 (Perfect Innocence) (2009/08/10) |