コーヒー豆の入った瓶は二つ。いつもは右側の瓶から豆を出している。 なので、左側の瓶に入った豆は、同じものの買い置きなのだろうと思っていたのだが。 ふらりとやってきて、当然のようにお茶を出せと要求したのはブレイクである。 ギルバートは、ぶつぶつと文句を言ってはいたが、それはすでに形式的なものなのだろう。 文句を言いながらもすぐに立ち上がったギルバートは、コンロにケトルをかけた後で、すぐにコーヒーミルを取り出した。 どこか楽しげにさえ見える仕草でいそいそとコーヒーを淹れる準備をするギルバートを、手伝うでもなく見守っていたオズだが、ギルバートが並んで置かれた二つの瓶の左側に手を伸ばしたことに驚いた。 「あれ、こっちの瓶じゃないの?」 「ん?」 思わず声をあげたオズの指先を追って、ギルバートは右側の瓶に目をやる。 「いつも淹れてるのってこっちの豆だよね」 ギルバートがコーヒーを淹れている仕草は、毎日よく見ている。見間違うはずがなかった。 「ああ。こっちはブレイク用だ」 「ブレイク用?」 「オレはブラックで飲むが、ブレイクは砂糖をかなり入れるだろう?」 「そこで、砂糖入りでも合う豆をわざわざギルバート君が選んでくれたんですヨ」 「うわっ」 つい今まで壁しかなかったはずのスペースに、いつの間にかリビングでくつろいでいたはずのブレイクが出現していた。 驚いてコーヒー豆の入った瓶を取り落としそうになっていたギルバートの肩に、にやりと笑った顔が寄せられる。 「ねえ、ギルバート君?」 「…っおまえが! いつもオレが飲むコーヒー豆だといちいち文句を言うからだろ!」 至近距離にあるブレイクの顔をぐいっと押して、ギルバートはミルのハンドルを回し始める。ガリガリと音がして、コーヒー豆の香ばしい薫りがふわりとあたりに漂った。 「そのお陰で、豆の種類も粗さも私好みのものを完璧に淹れられるようになったんですよネ」 そんなことを言うブレイクの顔は、オズに向けられている。必要以上ににやけたその口元が癪に障った。 安い挑発だが、それを聞き流せるほどにオズは大人ではなかった。 「…へえ。ブレイク好みの?」 「……オ、オズ?」 常より随分と低いオズの声に、さすがのギルバートもオズの異変に気付いた。見るからに不機嫌そうな主人の様子に、びくびくと震えている。 「ギル、今度オレにもコーヒー豆選んでよ」 「いや、だっておまえコーヒー飲まないだろ?」 確かにオズは紅茶派で、コーヒーがさして好きではない。ミルクを入れても砂糖を入れても苦いし、「成長期にコーヒーは体によくない」と忠告する従者の言に従っていた。 「いいから! ミルク入れても砂糖入れても美味しいやつ」 「それならブレイクと同じ豆でも」 「駄目! 別の豆にして、別の瓶用意してその棚に並べて。それで完璧にオレの好みを覚えて」 「はあ?」 わけが分からない、という顔をしている従者の隣りで、ブレイクが肩を震わせている。 「こんな些細なことで妬くなんて、大人気ないネェ」 「うるさいよブレイク」 これでもかというほどのからかいを込めて囁くブレイクを押しのける。 ギルバートは明らかにオズとブレイクの会話を理解していないようで、不思議そうな顔をしてふたりを見比べている。相変わらず鈍い。 自分でも器が小さいとは思うが、ギルバートのプライベートな空間にブレイク専用のものがあることはやはり少しばかり気に入らない。まして、ブレイク好みのものを作り上げるためにそれを真剣な目で見つめるギルバートを目の当たりにして、平気でいられるはずもない。 自分がいない10年間、ギルバートとブレイクが培ってきた、けして浅くない関係を見せ付けられるようだ。オズはキッとギルバートをにらむ。 「な、何だオズ。さっきからどうしたんだ」 従者は相変わらず何も分かっていない。そんなところもいとおしいのだが。 眉尻を下げて困った顔をしているギルバートの様子に、つい毒気を抜かれてしまう。仕方なくオズは、取りあえず先刻からカタカタと鳴っているケトルを火から外す。 オズのその動作に、ようやくギルバートは自身がコーヒーを淹れる最中だったことを思い出したらしい。真剣な表情に戻って粉状に挽いたコーヒー豆をフィルターに移した。 「ああ、いい匂いですネ」 私のために、ありがとうございます。とわざとらしくブレイクがにやけ顔で言った。ギルバートは不思議そうな顔をしたが、真顔でフィルターに適温になったお湯を注ぎ、蒸らしている。オズは、お茶の時間が終わった後すぐにでも、コーヒー豆を選びにギルバートと街に出る計画を立てていた。 (b i t t e r s w e e t *) 少年の指先が、この身体を愛撫する。それにいちいち大げさに反応してしまう自分を、主人は浅ましいと思わないだろうか。ギルバートはそれが不安だった。 オズは、戸惑いがちにギルバートのわき腹から下半身にかけてのラインを何度もなぞった。その拙さに、思わず笑みが零れ落ちる。情事に慣れていないのだ。彼の年齢を考えれば、当然なのだが。 「ちょっとギル、今笑った?」 「…笑ってない」 「嘘だ。絶対笑った」 悔しげにオズが頬を膨らませる。こんな場面にはそぐわない幼さだが、それが愛しくてギルバートは彼の頬を撫でた。オズは、ギルバートが触れた頬を赤く染めて、それを隠すようにギルバートの肩に顔を埋めた。 「…どうせ初めてで緊張してますよ。悪かったな」 「別に悪くないだろ。それより…いいのか?」 「何が?」 「相手が、オレで」 むしろ一番の懸念はそこだ。考えると多少複雑な思いはあるが、主人にはもっと相応しい相手がたくさんいるだろう。 「……あのさあ」 「ん?」 「いまさらそれ? っていうかギルはさ」 「何だ?」 「ああ、もう!」 「え?…ンッ」 互いの唇がぶつかる。歯列を割ってオズの舌が入ってくる。 散々舌を絡め合わせた後で、くちゅ、と悩ましい水音をたてて唇が離れた。 「は、ぁ…オズ?」 「オレがどれだけ、ギルのこと好きか分かってる?」 至近距離で囁かれた言葉に、思わず息を飲む。そんな透き通った綺麗な翠の瞳で、そんなまっすぐな言葉を告げられると、どうしていいか分からなくなる。 「赤くなってる。かーわいー」 「うるさいっ」 頬辺りが熱くなるのを自覚して、それをオズから隠すために、主人の肩を力をこめて引く。オズは逆らわずギルバートの首筋に顔を埋めた。そのまま、オズは止めていた愛撫を再開する。 たどたどしかった指先が、少し大胆にギルバートの身体のラインをなぞって、胸の突起をつまんだ。どうやら意図せずして、主人の緊張をほぐせたらしい。しかしそんなことを悠長に考えている余裕はなかった。 「…ア、ッ」 オズは突起を捏ねながら、首筋を食む。むずがゆいような刺激が走り、また大きく身体を震えさせてしまった。恥らう間もなく、すぐにオズの手が下肢に伸びる。知らず出てしまう甘い声を、ギルバートは己の手で口を塞ぐことによって抑えた。 「……ッ、ン、」 「駄目だよ、声殺さないで」 「そ、んなこと…ッ」 「命令」 そんな命令なんて。ギルバートは反論したかったが、オズの瞳が思いのほか真剣な感情を湛えていて、結局何も言えなくなってしまう。 10代も半ばの主人に、20代も半ば近い自分の喘ぎ声など聞かせたくないのだが。それでも、「声が聞きたいんだ」などと真摯な表情で言われてしまうと、ギルバートに抗うすべはなかった。 ゆるゆると性器を撫でられて、さらに後膣にも指を這わされる。自分の先走った体液を塗りこまれる感覚に、ぎゅっと瞳を閉じる。主人の指が、そこに一本、二本と入れられて、ギルバートはなすすべもなく喘いでいた。 「ねえ、どこが一番感じるか教えて?」 傷跡に添って胸を舐め上げてからオズが問う。 ギルバートは吐息を跳ねさせながら、瞳を開けてオズを見た。オズは、至高の宝石のような瞳を欲にまみれさせて、まっすぐにギルバートを見ていた。 ギルバートはそんな主人の肩に腕をまわし、引き寄せる。 「ん?」 「おまえが、…自分で、確かめろ…」 どんな声を出すのか、どうされるのが感じるのか。 それは酷い羞恥を伴うことだが、オズに確かめて欲しいと、素直に思ったのだ。 オズは一度驚いたように瞳を見開いた後で、またギルバートに口付けた。 「すごい口説き文句」 確かに、恥ずかしいことを言った自覚はある。それを改めて主人に言われて、ギルバートは顔をまた赤く染めた。しかし次の瞬間、オズの熱い欲望を後膣に当てられて、身を捩る。 「…ッ、待っ、て、オズ!」 「なに? もう我慢できないよ」 幼かったはずの声が低く掠れていて、その声にさえ感じてしまう。だがこれ以上理性を失ってしまう前に、言いたいことがあった。 「オズ、…オレにも、おまえが感じてる顔を、確かめさせてくれ」 「…いくらでも」 小さくやさしく笑んだオズが、すぐに鋭い捕食者の顔をして、ギルバートの体内に身を沈めた。 待ち望んだ甘い苦痛に声を漏らしながら、それでもギルバートは、少年から瞳を逸らさなかった。 (How wonderful life is) (2009/09/04) |