庭火の花2 | ナノ


※ 色々と捏造が酷いです。
※ 四木さんの口調と性格が割りと行方不明です。
※ 臨也さんは不在です。


一度止みかけた雨は、大門が開く頃にまた激しさを増した。軒下にずらりと並ぶ提燈のほの灯りが、雨に烟って揺れている。
これからの時間帯が稼ぎ時だというのに、この雨では客の意気も削がれそうだ。四木は物憂く息を零し、気を紛らわそうと楼の二階へと上がった。特に目的があったわけではないので、気の赴くままに足を進める。
楼の深いところにある座敷に進むと、べん、と異様に大きく、それでいて無骨な音が聞こえてきた。琵琶の音だ。四木は思わず顔を顰める。この敷居の高い妓楼で、ここまで不器用に琵琶を弾く人間など、一人しか思い浮かばなかった。
「邪魔するぞ」
声を掛けて、返事もまたずに琵琶の音を零した襖戸を開ける。奥座敷に設えられた粋な丸窓の傍で、金髪の男が琵琶を抱えて座っていた。
「四木さん」
「相変わらず、上達してはいないようだな」
入って早々に率直な感想を口にすると、男は頬に朱をのぼらせた。怒りというよりは、多少拗ねているような表情だった。
「…弦を切らなくなっただけ、ましになったと思いますよ」
頬を赤らめたまま、目線を外して反論すると、男はもう一度撥をかざし、抱いている琵琶をならした。雨音が物憂く続く夕闇の座敷に、不器用な琵琶の音が後をひいた。
眩い金の髪をもつ長身の男は、黙っていれば人目を引く器量なので、濃い飴色の漆塗りに螺鈿の模様が美しい琵琶を抱えて座るその姿は様になっている。だが、奏でられる音がこれでは、見かけ倒しもいいところだ。
この金髪の男、静雄に琵琶を与えたのは、この楼の主人である四木に他ならない。花魁には高い教養のほかに琴や琵琶などの楽の腕も要求される。表に出ることが少ない男娼であってもそう変わりはない。それゆえ四木は、静雄がこの妓楼の門をくぐった日に、琴と琵琶を与えたが、残念なことに琴はその日のうちに修理不可能なまでに壊された。曰く、「こんなちまちま指を動かすことなんてできません」。
「これを壊したら、お前の前借金にこの代金を加えるぞ」
と脅したためか、琵琶については幾度か弦は切ったが、琵琶自体は壊さずにいるようだ。その代わり、あまり精を出して練習はしていないようで、いつまでも不器用な音しか出せないでいる。
「弦は切らなくとも、曲が弾けないようじゃ意味がないだろう」
静雄の腕から琵琶と撥を取り上げ、四木はそれを自身の腕に抱く。撥を幾度か振るうと、琵琶は嫋嫋と音を響かせた。もとより質のいい琵琶だ。音に濁りがない。
気付けば、目の前の静雄が目を輝かせて四木を見ていた。
「すげえ」
彼が零した、明快で裏がない感嘆の声に、四木は思わず苦笑する。静雄は怒りやすく一度理性の箍が外れれば辺り一面に破壊をもたらすような男だが、一方でやけに素直な性質だ。
「四木さん、琵琶なんて弾けるんすね」
「まあ、お前よりはな」
実際、弾けると胸を張れるほどの腕前ではない。教養の一部として、弾き方を知っているという程度だ。
四木は目を輝かせている静雄の腕に琵琶を戻し、撥を握らせる。
「まずお前は撥の持ち方からなっていない。…ほら、この指は、こっちだ」
静雄の肩越しに彼の指先を己の手で動かし、指導する。持ち方を正したところで、静雄の手の上から力を込めて、琵琶の弦を撥を手前から向こうに払った。雨音の沁みる座敷に、嫋、と澄んだ音が響く。
「そら。音が変わっただろう」
「…ほんとだ。すげえ」
静雄は四木の腕の中で、嬉しげに目を輝かせた。そして吐息が触れ合うほどに近くにいる四木を振り返ってみて、ありがとうございます、と礼の言葉を口にする。四木は答えずに笑った。どこかしら皮肉の色を含んだ笑みになってしまったのは自覚している。あるいはそれは、自嘲かもしれない。
静雄の四木に対する態度は真っ直ぐで、そこになんの打算もない。だからこそ四木は、らしくもない自嘲の念を抱く。
静雄は、人の域を超えた膂力を有するが、一方で日のもとで笑うのが似合う明け透けな男だった。その彼を、どこを見ても技巧を凝らした美しい内装の、しかし昼でも薄暗いこの楼に縛り付けたのは、四木に他ならないのだ。


静雄をはじめてみたのは、実はもう何年も前のことだ。
冬の初めだった。いつになく雪の降り出すのが早く、師走のはじめにして誰もが厳冬を予感した。そんな頃に四木は、この楼を出て北に旅立った。羽を伸ばすついでに、北でいい子供を買えれば、と思ったのだ。
その当時から四木はこの楼主を務めており、馴染みの女衒も少なくはない。だが四木は、良い花魁に育つ子供を見分ける才に関しては、そこらの女衒よりもよほど自信があった。だからよく、旅に出たついでに子供を見繕う。その冬も、そのつもりだった。
北では不作が続いている。寒さが増すとともに、人々の失望感をも増していくこんな季節は、子供を売りに出す親が増えてくるのだ。案の定、吉原からだいぶ離れた北国の宿場で、四木の噂を聞きつけて、まだそこそこ若い夫婦が人目を忍びながら深夜にやってきた。見劣りのする身なりをしていたが、どこかしら気品の感じられる、姿の良い夫婦で、ある程度の身分の者が敢えてみすぼらしい格好をしているようにも思えた。いずれ、子を売りに来る親に相応しく、悲しみに暮れた顔をしていた。
その夫婦の後ろにいたのは、十になるかならないかという程度の黒髪の子供だった。美しい子供など見慣れているはずの四木が、思わずはっと目を見張るほどに、美しい子供である。氷が張る寸前の水面のような、静かで怜悧な雰囲気があった。一目見ただけだと少女かと見紛うが、顔の線や身なりから、その子供が少年であることを悟る。
少年の美しさに驚きを隠せずにいる四木に、両親と思しき夫婦が、わけあってこの子を売りたいのだという旨だけ話した。まだ幼いが聞き分けの良い子だと言う。なるほど、自身の前で親が自分を売ろうとしているのだと知っても、眉を顰めることさえしない。
「…名前は?」
「幽です」
明らかに堅気ではない四木にじっと見つめられても身じろぎ一つしなかった少年が名乗ったのは、珍しい名だった。四木はすぐに気に入った。
四木の楼は吉原では珍しく陰間も売るが、男よりは女の方が広く受け入れられることに間違いはない。加えて、少年は多少年を食っていた。吉原に売るなら、まだ六つや七つの子供の方が、躾けやすい。十を過ぎると扱い難くなるのだ。だがそれらの点を考えても、その少年の美しさは際立っていた。
この子供なら、破格の値をつけよう。そう思い、愈々苦しげに己の子から顔を背けた夫婦に四木が視線を投じたそのときだ。宿の外の喧騒が突如険しくなり、悲鳴に混じって色々なものが破壊される音が聞こえてきた。何事かと身を構えた四木たちの座敷に、小柄な影が飛び込んできたのはそのすぐ直後だった。
「静雄…っ」
夫婦が揃って声を上げる。その目線の先にあったのは、少年だった。年の頃なら十をいくつか過ぎているだろう。酷く険しい目をしているが、よく見ると、幽と名乗った少年に面立ちがよく似ている。だが四木が驚いたのは、それよりもこの少年がこの座敷に入ってきた、というその事実だ。
四木は自分の立場をよく弁えている。まだ若い域だが、とっくに堅気からは足を踏み外し、恨みもそれなりに買っている。それゆえ、羽を伸ばしに旅に出ると言っても、けして一人では出歩かない。今回の旅でも、腕に覚えのある者を数人引き連れてきており、この宿の入り口や座敷の外に配置していた。つまりこの少年は、それらの手下どもを退けてきたことになるのだ。
この細身の少年が? 驚愕に目を見張る四木など気にも留めず、入ってきた少年は、相変わらず無表情の幽の肩を抱き寄せて、両親と思しき夫婦を睨めつけた。
「幽じゃなくて、俺を売れって言っただろ!」
それは、耳の膜を裂かれそうな、悲痛な叫びだった。第三者として事情を探るだけの四木ですらそう感じたのだから、夫婦にとってはどれほど辛い声だっただろう。母親らしき痩せた女は、「ごめんなさいね、静雄、幽」と泣き崩れた。

結局、子供を売る話は立ち消えとなった。涙を堪えながら幽を売ろうとしていた夫婦は、静雄の声に子供の愛おしさを痛感したのだろう。いい商売品を逃がしたと四木は溜め息を吐く。だが、いずれ金が夫婦のもとに入らないのだから、この一家の行く末は希望に満ちたものではない。
四木は、何度も非礼を詫びる夫婦の横で、まだ幽の肩を抱いている栗色の髪の少年を見た。並んでいると、やはり幽とよく似ている。静雄と呼ばれていたが、こちらが兄であることに間違いはないはずだ。
この少年は、自分を起こさないように幽を連れて出た両親に深夜に気付き、慌てて「人買い」のくると言われる宿に来たのだろう。力自慢の四木の部下たちは、この少年に文字通り投げ飛ばされたのだという。弟よりも険があり、きつい顔をしているが、やけに人の気をそそる瞳をしている少年だった。
夫婦が幽の方を連れてきた理由は、おそらく次男よりも長男を残そうという意思と、少しでも年少の方が受け入れられやすいという考えによるのだろう。実際、静雄よりも幽の方が、女衒には評価が高いはずだ。だが、四木は違う。
四木はなおも頭を下げ続けている夫婦に「もう結構です」とだけ告げて、静雄と呼ばれた少年の方へと歩みよった。こちらをぐっと強く睨みつけてくる視線の強さを確認して、笑みを零す。さぞ悪人らしい笑みになったことだろう。
「お前なら、その弟が生涯金に困らずに暮らせるだけの値で買ってやろう」
身を屈め、他の者に聞こえないよう、少年の耳もとで囁く。静雄は顔をこわばらせて四木を見上げた。
細いばかりの体に信じられないほど怪力を有する、乱暴者。だがその圧倒的な存在感と視線の強さは、人の気を引き、心を乱してやまないものだ。これを欲する者は多いだろう。四木は確信していた。
少年は、明らかに視線に迷いを生じさせていた。その手を、強く幽が握っている。それだけの仕草で、結びつきが強い兄弟なのだと知る。だからこそ、静雄はいずれこの誘いに乗るだろう。
もう一度少年の耳もとに唇を寄せ、四木は己の妓楼の名を呟いた。好きなときに訪ねて来い、という意図を込めて。好きなときに、自身を売りに来い、と。

背も伸びて、髪が栗色から金へと変化した静雄が四木の妓楼を訪れたのは、それから十年近くも経ってからだった。

*

静雄はまた撥を振るってみせた。四木の手ほどきのお陰で先に比べれば幾分まともになってはいるが、これでは突き出しまでに曲を弾くことは無理だろう。廓言葉も覚えなければ、教養を覚える兆しもない。碁を打たせても、行き詰ると碁盤を投げる始末だ。てんで花魁たる風格はない。
それでも、この妓楼で職を張る花魁に負けることのない程度に、静雄は売れるだろう。それを見越して、四木は静雄にかける金も手間隙も惜しまなかった。

まず四木は、この二間続きの座敷を静雄に与えた。ゆえに静雄の格付けは、座敷持ちとなる。これは、太夫という存在が廃れて久しい今の吉原では、相当に高い位階である。破格の待遇だ、と何故か愉快そうに笑いながら言ったのは、同業者の赤林だった。
「二十を超えて入ってきた野郎に、座敷を持たせるとはまた随分と思い切ったことをしますねえ。旦那がそんなに酔狂とは知りませんでしたよ」
赤林の言うことはもっともである。六つや七つの頃から廓で育ち、美貌も教養も身に着けた花魁でさえ、はなから座敷を持てる者などほとんどいない。買い手の限られる陰間ならなおのことだ。だが四木は、己の判断を少しも疑っていなかった。
「そんなに別嬪さんなんですかい?」
からかいの色を濃くして聞いてくる赤林を無視して、四木は己の杯に口を付けた。もうこれ以上こたえる気はない、という意思表示のつもりだったが、愉快げな隻眼は追撃の手を緩めない。
「旦那がそんなに入れ揚げるくらいなんだ、よっぽどなんでしょうねえ。一度お相手願いたいもんですよ」
「…しばらくの間は、あれにつける客は私が見繕います。男に興味があるようでしたら、他の陰間を宛がいますよ」
勿論それなりの揚げ代と見返りは要求するが。きっぱりと言い切ると、赤林は大げさなほどに肩を竦ませた。
「とんだ過保護だ。旦那がそんなに惚れ込む相手なんて、なんとしても抱きたくなっちまうねえ」
「…このお話は、もうこのくらいで」
本気とも冗談とも知れない赤林の言に振り回されることに嫌気が差し、四木は会話を打ち切った。それなりの財力も実力も持つ赤林に、本気で静雄に相手をさせろと言われるのは厄介だ。静雄に、赤林のような危険な男の敵娼をさせるつもりなどなかった。

実のところ、まだ静雄の突き出しの相手は決まってはいないが、候補者数人の目星はつけている。いずれ劣らぬ財力を持ち、それでいて廓遊びに長けた男を見繕った。金も手間隙も惜しまなかった大切な初物の相手だ、下手に危険な相手など絶対に選びたくはない。
そう思ってきたのに、ここに来て、赤林以上に厄介な相手が、静雄に目をつけているようだ。ここ数年、この界隈で幅をきかせている情報屋である。
静雄は売れる、と踏んだのは四木に他ならないが、予想に違わずもう男の気を引いてしまったらしい。それも、極力静雄に関わらせたくはない面倒な男の気を。

静雄は、気まぐれに弾いていた琵琶の撥を置き、障子窓から通りを見下ろしていた。吉原の大門が開くと、冷やかしの客が多く流れてくる。この楼の一階に設えられた張り見世の総籬の周りにも、すでに男が数人集まっていた。
男娼は張り見世には出さないが、そう遠くない日には静雄目当ての客が見世の前を横切るのだろう。静雄のような男にとって、それはどれだけ苦痛だろうか。今は何の裏もなく四木への感謝の言葉を口にする静雄も、そのときがくればこの苦界に自身を引きずり込んだ四木を憎むのだろう。この楼の主となって何年もたつのに、今更一人の商品に対してこんなことを考えている自身に、四木は自嘲する。赤林は、四木が静雄に「惚れこんでいる」と表現したが、それはあながち冗談ではないように思える。
突き出しの日取りも、もう少し静雄がこの楼に慣れるまでは、と先延ばししてきた。だがそれも限度がある。そろそろ本格的に、静雄が客を取れるよう用意をしなくては。そう思いながら四木が座敷を見渡したときに、ふと床の間に見慣れないものを見つけた。粋な藍色の陶器の花入れに、小さな花が一輪挿してあったのだ。
「この花はどうしたんだ」
濡れたような濃い青紫のそれには見覚えがあった。今が盛りの苧環の花である。苧環には多くの種類があり、花の形も色も多様だが、花入れに心もとなく挿されているそれは、この楼の中庭に咲いているものに相違なかった。顎で苧環を指し示すと、静雄はありありと「しまった」という表情を浮かべる。
「…えっと、茜が摘んできてくれたんです」
それは嘘だな、と即座に四木は思った。茜というのは、この辺りを取り仕切る地主の一人娘だが、少し変わったところのある少女で、禿の格好をしてこの楼に居座っている。何故かやけに静雄を慕い、「静雄お兄ちゃんの面倒は私が見るの!」と言い出した。
だが茜は、やはり吉原で育った少女なので、高級な廓のあり方をよく理解している。この絢爛な床の間に、苧環のような寂しげな風情の花を一輪だけ飾ったりはしない。茜に限らず、四木の楼で働く者ならば皆そうだ。ここに飾る目的で、誰かが摘んだとは思えない。
「お嬢ではないだろう。…お前が摘んだのか?」
静雄が、この座敷から出るなという四木の言に反して隠れて楼の中を歩き回っていることは知っている。どこかに留まっていることなど性に合わないのだろうと、四木も大目に見てきた。その静雄が中庭で見かけた花を摘んだ、というなら分からなくもない。だが静雄は、少し戸惑ってから顔を横に振った。
「この前、夜に中庭で会った男が取ってくれたんです」
すんません、と静雄は続ける。勝手に座敷から出たことへの謝罪のようだ。だが四木は、静雄の言葉に思い当たる節があり、静雄を咎める余裕などなかった。
「…それは、赤い目をした男じゃないか?」
「知ってるんですか?」
静雄の返答に、四木は思わず溜め息を零した。脳裏に、あまり快く思ってはいない情報屋の影がちらつく。
子供じみた部分の多い男だが、色事には酷く冷めた男だと思っていた。その男が今日、執着を滲ませて、静雄の水揚げを自分にさせろ、と言ってきた。どこかで静雄の顔を見たのだろう、と検討をつけてはいたが、厄介な話だ。
「その男、お前はどう思った」
「…気に食わない野郎っすよ」
その静雄の返答に、四木は思わず唇を噛む。本当に、厄介な話だ。
静雄は、怒りで理性を手放しさえしなければ、普段は名の通り物静かな性質だ。だが今、情報屋のことを思い浮かべたらしい静雄は、瞳に光を宿らせた。一見すれば怒りの焔にも似て険しいが、一方でそれは、見るものを惹きつけてやまないものだ。もう十年近く前のあの夜、四木がはじめて静雄を見たときにも浮かべていた、強い光。四木が二十を過ぎた静雄を高額で買い、破格の待遇で迎えた理由はこの視線の強さにある。あるいは、赤林の言葉を借りるならば、四木が静雄に「惚れこんでいる」のは、この視線の強さに魅せられたからかも知れない。
あの情報屋の存在が静雄の瞳に光を宿らせるという事実は、酷く厄介だ。更に言えば、気に食わないと言いながら、静雄は臨也が摘んだという花をこうして花入れに挿して生かしている。
「その男は、お前に興味を持っているようだったぞ」
告げると、静雄はそれまでのどこか不機嫌そうな表情を一変させ、きょとんとした。
「…ありえないですよ」
正直な性質のこの男は、動揺を悟られないようにか、一度は脇に置いた琵琶を持ち上げた。撥を振るうと、酷く不器用な音が零れる。
「あれ?」
濁った音に驚いて、静雄がまた撥を振るう。せっかくまともに響くようになった音が、もう出せなくなっているようだった。
「…何をやっている」
四木はもう一度、静雄の手の上から撥を持ち直させ、弦を払った。琵琶の澄んだ音が、やまない雨音に混じって、廓に酷く物憂く響いた。その音の物悲しさに酔ったのか、静雄が視線を伏せる。
その様が、夜の中庭で花を取ったという臨也に思いを馳せているように思われて、四木は思わず、間近にあった静雄の首筋に額を寄せた。
「っ、どうしたんすか四木さん」
驚いた静雄が声をあげる。四木自身も、己の行為に驚いていた。
四木は、自身の商品に手を出すような真似はしない。だから、誓って静雄に触れようという気はなかったはずだ。
だが、怪力を有する割りに薄い静雄の肌の感触に、眩暈がするほどの心地よさを感じていることも事実だ。

静雄の水揚げをさせろと言ってきた情報屋、臨也の顔が脳裏に浮かぶ。怜悧な顔に、確かな執着を滲ませていた。突き出しの話はすげなく断ったが、あの様子ではそう簡単に諦めはしないだろう。子供じみた男だが、下手に力を持っている分厄介だ。
あの男に触れさせるくらいなら、このまま自分のものにしてしまおうか。そんな不穏な考えが、物憂い雨音に混じっていつまでも心中に残った。


(庭火の花 2)
(2010/12/30)

続きを書くかどうかは未定です。






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