結構飲んだはずの酒のアルコールは、それなりに回ってきている。本当ならこの酩酊感の中で、気持ちよくソープのお姉さんの柔らかい肌に埋もれていたはずだった。なのに何故かトムは、自分より背が高く、それにしては幅のない骨ばった硬い体を愛撫している。 普段は無機質だと感じるほどに白い肌が上気して、かすかに汗が浮いている。せめてシャワーを浴びたい、と言い出した静雄の意見を却下したため、肌に顔を埋めると、石鹸ではなく静雄の匂いがした。たまらなく興奮する。 首筋から鎖骨を舐めて、その鎖骨の窪みを強く吸い上げる。どうせシャツで隠れる位置なのだから、とトムは躊躇わずに痕を残した。 「…っ、ァ」 さすがに感じるものがあったのか、静雄が吐息を跳ねさせた。人の域を超えた力を持つ静雄の、人間そのものの反応がもっと見たい。そう思いながらスラックスと下着を脱がし、直接下肢を愛撫する。 「う、ぁあ、」 緩く反応を示し始めていた性器を扱くと先走りの液体が零れて、同時にやはり感じているらしき声が洩れる。 「いっぺん、イッといたほうがいいな」 硬度を増していくそれを扱く速度を上げ、先を促すと、静雄は喘ぎに混じったほとんど泣きそうな声で「いやです」だか「ダメです」だか取りあえず拒絶の意を示した。当然ながらそれを無視してぐっと握りこむと、静雄は自分の腕で顔を隠す。 「こーら静雄、顔隠すなって」 「む、無理っす…」 仕方ねえなあ、と笑いながら、静雄の殆んど力の入っていないその腕を外させる。あらわれた、欲に潤んだ瞳が綺麗で、自然と眦に唇を寄せる。そのまま、するりとした肌を伝って、唇同士を合わせた。歯列を割って舌を差し入れ、絡めあう。 「…ッ、――!!」 握った性器を強く扱くと、逆らいきれず静雄はぶるりと体を震わせた。トムの手のひらと静雄の白い腹に白濁が散った。ああ、キスしたままイかせたせいで、そのときの顔もよく見れなかったし声も聞けなかった。次はきちんと堪能しよう、と思いながら唇を離す。 間近で見る静雄は、それでも十分、快感に溶けた扇情的な顔をしていた。まだ理性の戻っていないのがありありと分かる口調で、「トムさん…」と名前を呼ばれる。それが甘えているような、それでいて色っぽい声でどくり、と下半身が疼いた。 ローションなんて便利なものはなかったし、代替品を探し当てるほどの余裕もなかったので、静雄の出した精液を十分に指に絡める。脱力している静雄の足を持ち上げて、奥まったそこに触れた。 「ト、トムさんっ」 「悪ぃな静雄、俺も結構キてんだわ」 さすがに暴れるきざしを見せた静雄の手を取り、自分の高ぶりにもって行く。着衣越しにも硬度を増しているそれを感じた静雄が、今更ながらに顔を赤くする。 大人しくなった静雄を横目に、トムは後孔に濡れた人差し指を差し込んだ。静雄が息を飲んだ気配がある。慣れない感覚に締め付けてくる中をかき回し、すぐにその指を二本に増やした。 「…っ、ん、…ア!」 初めは異物感と引き攣るような痛みに耐えているばかりの静雄だったが、トムの指が感じるところを擦ったのか、一際高い声を上げた。そこを重点的に攻めると、一度達したはずの静雄の性器がまた力を取り戻してきた。 「ヤ、ぁ、トムさ、そこヤ…!」 リズムをつけてそこばっかり擦ると、普段の声よりはるかに高い声が訴えかけてくる。そんな声で拒絶の言葉を示されても、煽られるだけだ。さらに指を増やして追い詰める。 なんとか濡れて指に馴染んだそこに、そろそろいいかと指を抜くと、その感覚にさえ静雄は体を震わせた。 トムは静雄からいったん体を離して、ベッドサイドの収納ラックからゴムを取り出し、口と手を使って強引にパッケージを開けた。それを見ていた静雄が、荒い息を吐きながら、口を開く。 「ん?」 「トムさん、カッコいいっす…」 心底そう思っていると分かるような声だった。喧嘩人形の二つ名に似合わず純真なこの男は、素でこういうことをいうからタチが悪い。トムは急いで薄いゴムを装着し、長い足を抱えてから「静雄」と呼びかける。欲にまみれたトムの声に、静雄が潤んだ視線を合わせる。 「挿れるぞ」 声を掛けてから、答えを待つ余裕もなくさっきまで指で弄くっていたそこに、十分昂ぶった性器を押し込む。 「…ッ! あ、ぁぁあ!」 静雄が悲鳴と喘ぎの中間のような高い声をあげた。トムも、内部のきつさに小さく呻きながら腰を進める。 「静雄、静雄、ほら息吐け」 あやすような声が出る。静雄はきつくぎゅっと目を閉じて、掌を握り締めていた。その様が哀れで、「痛いか、ごめんな」と言うと、静雄は薄く目を開けた。 「…、あ、ぁあ、…っ、トム、さんっ」 「…ん?」 「もっと離れて、くださ、」 「…はあ?」 まさに体の奥で繋がっているこの状況で、離れろというのは物理的に相当無理がある。抜けってことか? 尋ねると、静雄はふるふると首を横に振った。 「肩とか、つかんじゃいそうで、こわ、いから」 上半身だけでももっと離れろ、と言いたいらしい。本当にこいつは、と哀れさと悲しさと愛しさと切なさが混じったような、なんともいえない気持ちになった。 「だいじょーぶだから、こっちに腕まわせ。な?」 嫌がるそぶりすら見せる静雄の夜目にも白い腕を取り、背中に回させる。おずおず、といったように、静雄はトムの背に掌で触れた。熱い手だった。一瞬トムは、もうこのまま壊されてもいいな、なんてらしくもなく、しかし本気で、思った。 欲が抑えきれそうになくて、少し萎えかけた静雄の性器に触れながら、差し込んだ性器で内部を突き上げる。 ようやく馴染んできた内部に持っていかれそうになった静雄が、幾度となくトムの背に力をこめようとして、必死にそれを押しとどめているのが分かる。トムはせめて今だけでも、真っ白な感覚に溺れさせてやりたくて、きつくて心地良い彼の中を押し上げた。ぎし、とベッドが鳴る。 「は、あ、トムさ、トムさん…っ」 「…は、っ」 「ひ、ぁああ!」 奥に身を沈めるたびに、静雄が舌足らずにトムを呼ぶ。それに答えるように静雄の性器を扱き、唇を合わせて、また彼が感じる部分を突き上げる。そんなことを繰り返して二度目の絶頂を迎えた静雄の声と顔を堪能しながら、トムもその内部で達した。 「トムさん、すきです…」 乱れた息を整える間さえ無く、熱に浮かされたように静雄が呟く。ああ、とトムは心の中で答えた。今の静雄の言葉について、考えないといけないことがあるようにも思う。それでも、今はまた湧き上がってきた欲情に身をまかせてしまうことにした。 結構長い時間抱き合って、いい加減体力が限界を訴え始めたとき、ベッドの周りには複数個の使用済みゴムの残骸が転がっていた。それを捨てて重い体に鞭打って、自分と、それから既に眠りの世界に落ちている静雄の体を拭く。そのまま考えることを放棄してベッドに入り、静雄の細い腰を抱きしめながら眠った。酷くしあわせな気分だった。 トムはものすごく酒に強い、ということはないが、けして弱くはない。酩酊しても理性を飛ばすことは滅多にないし、次の日に酒の名残をあまり残さない。 なので目覚めはすっきりしていたし、眠りに落ちる前まで自分が何をしていたのか、この上なくはっきりしっかり記憶していた。そしてその記憶を裏付けるように、隣りでは彼の部下が裸で眠っている。例えば二人でトムの家で飲んでいて、夜も更けたのでそのまま静雄を泊めることにしたところ、部下が風呂上りに裸のままで眠ってしまい、結果ふたりは健全な夜を過ごしました。というような、多少無理な、しかしありえなくもない可能性を、静雄の白い鎖骨の下に刻まれた赤い痕が完璧に否定している。 その結果、それなりに精一杯薄汚れながらも親に恥じないように、それでも多少顔向けできないようなこともしながら二十数年生きてきたトムは、その光景をありのまま受け止めることに成功した。つまり、静雄と一線を越えたのだと。 色々と思うところはあれど、それはまあ、いい。 だが問題は、この世界だ。 トムはぼんやりと周囲を見渡す。カーテンの隙間から朝日が洩れて、けして掃除が行き届いているわけではない部屋に光を差し込んでいる。それを浴びてキラキラと輝くのは埃だというが、それにしてもやけに綺麗だ。 その光の筋が未だ目覚めない静雄に届いて、白い肌と金の髪を透かしている。見慣れたそれが、やはりやけに、綺麗だ。 トムは起こさない程度に軽くその傷んでぱさついた、しかし指どおりのいい金の髪を梳いてから自分の頭を抱えて、別に信仰の対象としてはいない神に呼びかけた。 ジーザス。俺はいつの間に、この最強の部下に恋をしていた? 自覚の波に悶えるトムの隣りで、静雄が小さく身じろいだ。目覚めそうな気配に、じっと観察すると、間もなく静雄が薄っすらと目をあけた。 「…? トム、さん…?」 目を開けて早々に視界にあるトムの顔に、静雄は心底不思議そうな表情を浮かべた。あーこりゃまだ寝ぼけてるわ、とトムは考えながら、静雄の完全なる覚醒を待つ。 もともとそう寝起きの悪くない静雄は、すぐに自分がここにいる理由と経緯を思い出したらしく、差し込む朝日の中でそれはもう見事に、顔から首筋にかけて真っ赤に染めた。そんな反応もダメ押しのように可愛らしくて、トムは溜め息をつきたくなる。 「…あ、あの、」 「………静雄」 「は、はははい」 「とりあえず、煙草一本くれねえ?」 起きた瞬間から一服したかったのだが、自分の煙草は切らしたままだ。 静雄はベッドの下に落ちていたバーテン服をあさり、煙草のケースとライターを取り出してそれをトムに差し出した。 一本取り出して火をつけて、愛する煙を堪能する。 「その煙草、気に入らないんじゃないっすか?」 うまそうに一服するトムに、不思議そうに静雄が聞いてくる。昨夜トムがこの煙草を半分以上残して灰皿に擦り付けてしまったのを、まだ誤解しているらしい。 苦く、それ以上にメンソール特有の甘さを残す煙を深く吸い込んで味わう。これを吐き出したら、その誤解を解いてやらねばなあ、とトムは思う。 だがその前に、もっと伝えたい言葉があるのだ。この薄荷のような後味を堪能しながら、伝えたいことが。 つまりその、今朝、世界がこんなに美しく見える理由について、だ。 (プリズム・リズム2) (2010/06/14) |