○ 最初ほんの少しだけ若干性表現っぽいアレがあるので、義務教育中の方の閲覧は禁止いたします!! ○ ちょっとヘタレが過ぎている日々也さんとちょっと魔性属性なデリックさんのお話です。 ○ ほんのかるーく日々也以外のキャラ×デリックさんを匂わせるシーンがあったりします。 ○ 日々デリでパラレルのくせに何故かワゴン車のメンバーは普通にワゴン車のメンバーのまま登場します。(渡草さん除く) 1 さらりと軽く、衣ずれの音がした。一番深い闇に染まった空に光が射し、深い青に色を変えていく。朝にはまだ少し遠い薄闇の中で耳に届いた上質の布地が擦れる軽やかな音に、日々也は目を覚ます。 薄闇に目を凝らすと、彼が闇に浮かぶ白い肌にシャツを羽織っていた。 「…デリックさん?」 「あ? 悪い、起こしたか?」 「もう、行かれるのですか?」 思っていたよりも心細い声が出てしまった。それを恥じるように俯くと、その頬に彼が触れてくる。冷たい指だった。思わず、その手に自分の手を重ねる。その接触に、彼がくすりと笑った。 「お前が愚図るから、早めに出ようと思ってたんだけどな」 「…私はそんな真似は」 しません、と言いかけて、ふと口を噤む。徐々に薄くなって青に染まる中で、まだ開いた紅色のシャツの間から、彼の肌が見えた。 普段よりも青白く見えるその肌に、赤いあざがある。鎖骨の少し下。その他にも、上腕の内側の一番柔らかで滑らかな皮膚にも、同じようなあとがあるはずだ。間違えるはずもない。日々也が付けたものだ。自身の執着を見せ付けられた気がして、頬に熱が上る。 だがそんな日々也の対応も、今更なものだ。デリックは笑みを浮かべて寝台に身を乗り上げ、しどけなく日々也の首に腕を回してきた。そして、日々也に顔を近づけ、耳もとに息を吹きかける。 「…日々也」 吐息と共に彼の唇からこぼれたのは、自分の名前だった。甘い余韻を多分に残すそれは、否が応でも情事中の彼を思い起こさせる。夜の深い闇の中で彼は、日々也の腰に足を絡め、ゆらゆらと腰を揺らしながら、何度も何度も喘ぎに紛れながらもその名を呼んでいた。その様を鮮明に思い出してしまい、日々也は居た堪れない気持ちになる。 至近距離で、デリックが目を細める。形のよい唇の端を持ち上げて笑みを作ってから、薄い寝着を軽く羽織っただけの日々也の体のラインを細い指先で辿り、やがて下半身にも触れた。 「あーあ、夕べあんなに俺の中に出したのに、また固くなってるじゃねえか」 「…っ、これは、その…」 「いいから、ほら」 寛げた日々也の下肢に、彼は躊躇いもなく唇を寄せる。頬に掛かる長めの前髪を気休めにかきあげて白い顔を晒しながら、ぺろりと芯を持っている性器を舐めた。 「…ん…ッ」 固さを増していくそれを愛撫しながら、苦しげに漏らす声が、朝の清らかな光が力を増していく中で、それに反して淫靡に響く。だが、達する前にデリックはそれから唇を離した。 「デリックさん…?」 「しばらく、触ることもできねえんだ。どうせなら、こっちに出せよ」 せっかく羽織ったシャツに手を掛けて、肩から落とす。ぱさりと軽い音がして、デリックの素肌が晒された。 深い闇から薄闇の青へ。そしてそれさえも薄くなり朝を迎えつつある空間の中で、白い肌が浮かび上がる。ところどころ、赤い痕を残す体を、日々也は清らかだと思った。これほどまでに、清らかで淫らなものがあるのか、と。 重力に従うように、日々也は彼の頬に触れた。彼の言うとおり、この肌にしばらく触れられなくなるのかと思うと、絶望にすら似た虚しさが湧いてくる。 「一刻も早く、私のもとに戻ってきてくださいね、デリックさん…。あなたが私を忘れないうちに」 すると彼は、顔を上げて、笑って見せた。日陰で花弁をうっそりと開く花のように、美しい笑みだった。美しく、それでいて凄惨な笑みだった。だがその陰惨さすら、日々也にとっては甘い蜜でしかない。 「馬鹿だな、日々也」 2 よく晴れた暑い昼下がりのことだ。 三人の者が、ある都に足を踏み入れた。 この三人のうちの代表格である門田は、かつて、とある国の王に仕えていた。だがやがて王の圧政に嫌気が差し、自分を慕う二人を連れてその国を抜け出した。今は、他の安住の地を求めて旅の途についているのである。 通りがかった都の道からは、緩やかな勾配を登ったところにある城が見える。そんな都の中心に相応しく、道は美しい石畳で、道の端に立つ店も石造りの堅固なものだった。だが、その美しい街並みはどこか埃を被りくすんでいる様に見え、さらにその道を時折行き交う人間達の顔にもまた疲労の色が濃かった。 「…あの城の王は、愚鈍なのか?」 街の様子を見て門田がそう零すと、隣にいた狩沢が反応を示した。 「話に聞いた感じ、そんなことはないっぽいよー? 確かここの王は頭脳明晰で礼儀正しく、武道に長けて、容姿端麗。まさに絵に描いたような善良な王様だったはずだよ?」 「いっそ胡散臭いほどっすねえ」 遊馬崎が感心したように声をあげると、狩沢は楽しげに言葉を続けた。 「そう、胡散臭いほどに完璧な王様! ところがねえ、ここしばらくは、そんな華々しい噂もガタ落ちしているのよ」 「何があったんだ?」 「古来、王が堕落する王道の理由といえば?」 「…女か」 げんなりと門田が呟くと、逆に隣にいた遊馬崎が目を輝かせる。 「絶世の美女に化けたドSの妖狐が突如表れて、王を意のままに操ってるわけっすね!」 「ゆまっちってば古典的なの出してきたね! …でも、ちょっと違うかな」 「え?」 「王に道を失わせる傾国の美女はねえ、ここではなんと臣下の男なんだって!」 テンションをあげて喋る狩沢の隣りで、遊馬崎が明らかにがくりと肩を落としている。 門田もなんともいえない気分で空を仰ぎ、溜め息をついた。 「…いずれ、さっさと抜けたほうがよさそうな国だな」 3 同じ時刻、久々の政務に励んだ王が、休息を取ろうと王城のバルコニーに立ち、荒んだ雰囲気をかもし出す都の風景に愕然としていた。 美しい都だった。そう王は思う。神に祝福されたような、豊かな都だった。石畳の道を中心に、絶え間なく道を行き交う人々は皆笑顔で、朗らかに歌いながら歩く者さえいる。街の空を渡る小鳥さえ、繁栄を賛美するような高い声で歌っていた。 だが今は、それが見る影もない。石畳の道には殆んど人影はなく、街中も数人の人間が、倦みつかれたように座り込んでいる他に、不吉な漆黒の鴉が降り立っている。 日々也は悪政を布いたりはしていない。だが、しばらく政務を怠っていた。その間に政務を行っていた臣下が、悪政を布いたのならば、それは間違いなく日々也の責任である。政務を投げ出し、自身の幸せのみを求めていたことの代償を目の当たりにして、日々也は目の前が暗くなった。 日々也が携わっていない間の税制や法の変化について、急ぎ確認しなくてはいけない。決意にぎゅっと手を握り締めていると、ふと石畳の道を行く見慣れない風体の三人組が目に入った。着ている衣装から見て、他国の人間だと思われた。 日々也が臣下を呼んで、その三人について尋ねると、一人の臣下が、こう答えた。 「あれは某国の王の圧制に立腹し、王を見限った者たちです」 それを聞き、日々也はその三人を城に召すように命じた。 4 突然兵に囲まれ、城に来て欲しいといわれた門田は当然困惑し断った。すると今度は召すよう命じた王その人が直々にやってきて、どうぞわが城へ、と慇懃に招いてきたのでさすがに頷くしかなかった。 王は礼節を尽くして門田たちを城に迎え入れてから、日々也という自身の名を名乗った。 門田が初めて見る王は、狩沢が言っていたように美しい青年だった。いっそ冷たい印象を受けるほどに整った顔立ちだが、澄んだ金の瞳が理知的で、浮かべる表情はあどけない。そのあどけなさに、今は憂いが多分に含まれている。 「それで、なんの用だ?」 王という高い立場にいる人間に対する言葉遣いではない。だがそんな門田にも、王は咎めるどころか眉を顰めることさえしなかった。 「あなたがたは、自分が仕えていた王を見限ったと聞きました」 「…まあ、そうだな」 「ならば今度は、私に仕えて欲しいのです」 王は門田に言った。「あなたは私と国を繋ぐ楔だ」と。 「あなたは愚かな王を見抜き、見捨てることができると聞いています。今から、私は善良な王となるよう粉骨砕身尽くしましょう。あなたに私を見定めて欲しいのです」 王の瞳はこちらが気圧されてしまいそうなほどに真っ直ぐだった。門田が狩沢と遊馬崎を振り返ると、ふたりはそれぞれに軽く頷いてみせる。もとより門田を慕ってついてきている二人だ。門田の意思を優先させる、ということなのだろう。 「俺は、お前が王としての資格がないと思ったら、すぐにまた見限るぜ?」 「ええ、それで構いません。あなたは冷静に見定めてくれるだけでいい。私が、あなたに見限られないという目標のもと、まつりごとを行います」 きっぱりと言い切った王の澄んだ瞳を見て、門田は「分かった」と了承した。 5 それから王は、日々政務に没頭した。 自分が疎かにしていた間にさだめられた法や新たに課されていた税を見直し、徴税で私腹を肥やしていた一部の臣下を一掃し、新たに優秀な人材を探した。 夜の帳の中、それでも芳しい花の香りが絶えない中庭に、門田は佇んでいた。 「…すぐに持ち直したな」 「もともと優秀な王様だったそうっスからねえ」 ぽつりと零した門田の言葉に、遊馬崎が同意する。 門田たちが招かれて、そう月日の経たないうちに、王は腐敗し始めていたまつりごとを改め、沈みかけている国を立て直した。 「実際、真面目な人っスよね。一日ずっと仕事してて。とても傾国の美女にうつつを抜かしているような王様には見えないっス」 「違うよゆまっち、傾国の美女じゃなくてここでは傾国の美青年! それに、美女に夢中になって国を傾けてきた従来の権力者も、本を正せば優秀な王様だってことはよくある話じゃん」 門田と遊馬崎の間にひょこりと現れたのは、狩沢だった。門田は狩沢に、王の影に潜んでいる秘密について探りを入れるよう頼んでいた。 「狩沢。何かわかったのか」 「うんまあいろいろね。やっぱり、今はここにはいないみたいだよ、噂の傾国の美青年」 早く見てみたいんだけどなあ、と狩沢は残念そうに言った。 狩沢が調べてきた話を要約すると、つまりはこういうことらしい。 王のお気に入りの臣下、デリックは表立っての役職は、一部隊の統率者であり、今は隣国との領域紛争を抱える地域に赴いて、平定の任についているのだという。 「実のところ、この任務はとある臣下が、あまりにデリックさんを寵愛して傾倒していく王を危惧して、王からデリックさんを引き離すために任じたみたいなの」 日々也は当然、デリックを自分のもとから離すことに反対し、他の者を遣わそうとした。しかし、当のデリック自身が、自分が行くといってきかなかったというのだ。 「なんでそのデリックさんは、自分が行くって言ったんでしょうね。普通に結構危険そうな任務じゃないっすか」 「そうだよねえ。…国が荒んでいく様子に胸を痛めて、身を引いた、とか?」 それだったらすでに問題は解決だよねえ、と言う狩沢に、門田は小さく溜め息をついた。 「だったら、いいんだけどな」 仕えている期間が短くとも、今の日々也が心の底から民を思い、善良な王となろうとしていることは分かる。このまま、何事もなくこの国が立ち直ればいい。 芳しい匂いの絶えない中庭から、門田は夜空を見上げる。細い三日月が三人の姿を覗くように浮かんでいた。 薄ら笑いを浮かべる口もとのような月だった。 (天国より野蛮) (2011/03/19) |