※Last Scenesシリーズ派生の短編集になります。そちらを読んでないと意味不明かと思われます。 ※最終話以降で基本的にゲロ甘ラブラブ路線。 実はこういう関係になる前から知っていたことだが、静雄はアルコールに強くはなく、しかもビールが飲めない。これでよくバーテンダーとしてやっていたものだと思うが、本人は強くはないがアルコールの類はけして嫌いではないようだ。これは最近知ったことだが、静雄の自宅にはカクテルを作るための器具が一通り揃っている。 シェイカーなどは勿論、有名なリキュールもいくつかあるし、カクテルグラスもある。本人曰く、バーテン時代に購入したもので、これでひそかにカクテル作りの練習に励んでいたらしい。 「結構、意外…」 というのが正直な感想だったが、そういえば静雄は弟にバーテン服を贈られて以降、やめないようにそれなりに真摯に職務を全うしていたはずだ。 驚愕を隠せない臨也に、静雄が少し照れたように視線を逸らしながら、「何か作るか?」と聞いてきた。 「え…作ってくれるの」 「材料少ねえから、簡単なヤツしか作れねえけどな」 静雄が臨也に酒を作ってくれるという。いまだかつてなかったことだ、と考えて、あの幾度も静雄との関係を繰り返した月日の中で、バーテンだった静雄に作ってもらったことを思い出した。夕暮れの、殆んど人のいないショットバーで、静雄と向かい合っていた。切り取られたあの時間の中で、静雄への接し方を間違えたとは思わない。ただ触れ方を知らなかった、愛しくも悲しい日。 あの時、静雄が作ったカクテルを、そういえば一口しか飲まないままに席を立ってしまった。 「じゃあ、ギムレットがいいな」 それはジンとライムジュースをシェイクした有名なカクテルで、あのショットバーで頼んだものと同じだ。静雄は、ライムジュースがあんまりない、と文句を言いながらも、慣れた仕草でシェイカーを振った。 そう時間を待たずに差し出された、白にほんの淡く緑の入ったカクテルに口付ける。ドライなカクテルに、あの時と同じ苦味がこみ上げてきた。臨也が、彼に触れる方法を知らないままに、彼から自分が消えていく虚しさに立ちすくんだ日。切り取られたあの日々は、臨也の中でけして消えてはいない。 苦味から逃れようと静雄を見ると、彼もじっと臨也を見ている。思いついて、臨也は口を開いた。 「おいしいよ」 すると静雄は、ちょっと驚いたように目を開いてから、頬を緩めた。臨也の前ではほとんどしない、珍しい表情だ。 「なんでか知らねえけど」 自分が飲むためなのか、コーヒーリキュールの入った瓶を手繰り寄せながら、静雄が呟いた。「ずっと、その言葉が聞きたかった気がする」。 そんなはずはないのに、ああそうか、と臨也は思った。そうだったのか。あの日、味の感想など言わずに席を立ってしまった。バーの中に残された彼は、その言葉を待っていたのだろう。 「おいしいよ」 もう一度、あの日の静雄と今の静雄、両方に告げるつもりで言葉にすると、彼は照れたように顔を背けて、グラスで牛乳とコーヒーリキュールをステアしながら「もういい」と言う。 「シズちゃんも飲んでみる?」 「飲まねえ。…それ、からいだろ」 確かに、カルーアミルクを好む彼には、このカクテルはかなり辛いだろう。臨也は口角を上げて笑った。それを見て、何を企んでいるんだ、とこわばる彼の肩を掴む。 「結構甘いよ」 「嘘つけ…っ」 瞳を閉じるのがやっと、という一瞬のうちに唇を重ねる。舌を絡めて吸い上げて、しかしそう深くしないうちに離した。甘ったるいコーヒーリキュールの味が、口内に残った。 「…ね?」 「……馬鹿か」 そんなことを言う静雄の耳たぶが赤い。ゆっくりとカクテルグラスを傾げて、苦い中でも甘く感じるそれを、また一口飲んだ。 (ギムレットの楽しみ方) 厚顔無恥で不遜なくせに、おかしな話だ。そのとき臨也は、震えていた。 静かな夜のことだ。何度かキスをして、予想外に静かな雰囲気のままにベッドになだれ込んだ。ああこいつ慣れてるんだな、となんとなく寂しくも腹立たしくも思いながら、それでいて静雄は酷く緊張していた。気恥ずかしい、ありがちな初めての夜のことである。 臨也が女性と過ごしている姿など、高校の頃からよく見ていたし、まあ慣れているのだろうと思っていた。一方で静雄は、正直、自分の腕をどうすればいいのかもよく分からない。なので、こうかな、と迷いながら、覆ってくる肩に手を回す。そのときに、気付いた。薄い肩が、細かく震えている。 「おい」 「なに」 「寒いのか?」 「…ムードないなあ」 そんなにがたがた震えられて、ムードもへったくれも、と言おうとしたが、臨也の顔を見て口を閉ざす。思いつめたような顔をしていた。何事だ、とじっと見ると、臨也はばつが悪そうに、ふいと顔を背けた。 「…自分でも驚くけどさ、ちょっと今、今更なんだけど後悔したり、それなのにシズちゃんが自分から腕回してきたりして、感慨が湧き上がってきたりして」 「……何言ってんのかさっぱり分かんねえ」 「早い話が、泣きそうなわけだよ」 なおも何ひとつ理解できない静雄に、君は分からなくていいよ、と自嘲を浮かべて臨也が言う。 「…やめるか?」 「やめない」 これは即答だ。じゃあどうすればいいんだ、と思っていると、臨也が甘えるように鼻先を首筋におしつけてきた。随分と重症だと思いながら、宥めるように頭を数度軽く叩いた。 「痛い」 「知るか」 「痛いし、シズちゃんは優しいし」 ほんとに泣きそう、と言った声はもう既に震えていたが、すぐに臨也は身を起こし、静雄の手を取った。そのままその手の甲に口付けるので、驚きと気恥ずかしさでその手を離そうとするが、意外にもしっかりと握りこまれている。 「な、にしてんだよ」 「…嫌だったら、離れていい。でも、ねえ、シズちゃん、これだけは聞いて」 手を握ったまま、こつりと額が当たる。珍しい接触に距離感をはかりかねる静雄に構わず、臨也はちょっとだけ悲しげに笑ってから、言葉を続けた。 「今度こそ、優しく触るから。だから、もう逃げないで」 「……今更、逃げねえよ」 臨也が何を言っているのが、正直なところ今なお理解できていない。けれど、なんだか必死に縋るような様子に、今なら許せるような気がした。何をなのか、分からないけれど。 それでも顔を上げずにぎゅっと静雄の手を握ってくる臨也がおかしくて、いとしくて、壊さない程度の強さでその指先を、握り返した。 (Wherever you are) (2011/01/29) |