Last Scenes2 | ナノ


※R-15注意

○ First Sequence


喧嘩ばかりで荒んだ生活を送る喧嘩人形の手綱を上手く取るためには、どうするべきか。考えあぐねた挙句、臨也が出した結論は以下の通りだ。すなわち、力の制御が出来ず、未完成な高校生のうちに、静雄の弱点でも握って思う様いたぶればいい。幸いなことに今の臨也は、臨也がどう行動すれば静雄がどう返してくるのかのデータが残されている。

静雄とは、邂逅の瞬間から失敗したのだ。臨也はそう考えた。以前は、出会った瞬間に互いの殺意を剥きだしにして、それ以降互いを意識して憎悪し合い、結局あの喧嘩人形は、臨也を見るとパブロフの犬がごとく反射で戦闘態勢に移行するようになってしまった。戦闘モードになった静雄とは、自分に受けるダメージを最小限にすることは可能でも、何かをしかけるなんてできやしない。
そこで臨也は、静雄の姿を見るたびに疼く殺意に似た欲を必死に抑えこんで、入学当初は極力静雄に触れ合わないようにした。
「君は以前から静雄に興味を持っていたようだし、もっと何かのアクションを取るものだと思っていたけど」
と同じ中学出身の新羅は言ったが、「俺は極力、ああいう人間とは関わりたくないんだ」と軽く受け流し、その裏でひっそりと機会を窺っていた。

準備は周到に。自分で危ない橋を渡るのは必要最小限に。そうしてすべての用意は完成した。
その日臨也は、にこやかに静雄をバブル経済の遺物である人気のない廃ビルに呼び出した。単純な彼を呼び出すのは簡単だ。
帰宅の途につく静雄を呼び止め、「君によく似た黒髪の少年が、怪しい風体の男に囲まれて古いビルに入っていったんだけど、心当たりなんてないよね?」と心配そうな表情を作って聞いてやれば、臨也に話しかけられて思い切り不審げな表情を浮かべていた静雄は、ぴきりと顔をこわばらせて「どこのビルだ」と低く聞いてきた。今の静雄には、臨也が静雄を騙す理由など思い当たらないはずだ。ただのクラスメイトである臨也のことを胡散臭く思ってはいるようだが、互いに関わりあってはいないのだから。
静雄は臨也が示した廃ビルに猛進していった。
当然、廃ビルには静雄によく似た少年どころか、人影さえない。それでも懸命に「幽!」と叫びながら姿を探している静雄の腕を、臨也は背後から掴んだ。
「な…、んだよ」
存在感を感じさせずに臨也がすぐ近くにいたことに驚愕を示しながら、不信さをあらわす静雄に、臨也は己の携帯電話の端末を見せた。薄闇のビル内で不気味に光るディスプレイには、彼の溺愛する弟の姿が映し出されていた。
「…幽!?」
「これはただの録画だよ。定期的に送るように言ってある」
臨也の携帯電話のディスプレイには、まだ成長期の艶やかな黒髪の少年が、ただ淡々とどこかの路地を歩いている光景が映されている。おそらく学校からの帰路なのだろう。
すぐにまたバイブレーションが鳴り、新たなメールが着たことを知らせた。それを開くと、同じような動画が再生される。
「…どういうことだ、幽は…」
獣が危機を察して低く呻るように、静雄は声を押し出して問う。臨也は得意満面の笑みを浮かべた。
「見ての通り、まったくもって無事だよ。ただし、この先のことは君次第で分からないけどね」
「……手前、」
何を企んでやがる、と完全に臨戦態勢をしいて、静雄が牙を剥く。臨也は携帯電話のディスプレイに映る、彼と似通った顔立ちの少年に自身の顔を寄せ、「弟君が大切?」と問うた。回答の分かりきっている問いだ。臨也は、この兄弟がいかに互いを慈しみあっているかを知っている。
牙を剥いたまま答えない静雄に、臨也は笑みを深くしてゆっくりと語りかけた。
「弟君が大切なら、今聞いて欲しい条件は一つだけ。これから数時間、俺に何をされても抵抗しないで。これだけだよ」
言い切る前に、ふざけるな、とばかりに拳が飛んでくる。怖ろしくキレのある攻撃だったが、静雄の行動パターンを熟知している臨也ならば軽く避けられた。
「おっと、相変わらずシズちゃんは人の話を聞かないなあ」
「黙れ喋んな、気色悪い呼び方すんじゃねえ!」
「はいはい。でもさ、俺の話は聞いたほうがいいと思うよ。弟君をこのまま無事に家まで帰したいならね」
切り札をちらつかせると、静雄はぐっと動きを止めた。射殺すような視線を臨也に向けたまま、臨也の出方を窺っている。
「それなりに武道の心得がある知人複数に、幽君のあとを付けさせてる。俺がこの携帯電話の短縮番号を一つ押せば、そうだなあ、まだ成長期半ばの少年は、生涯ひとりでは歩けなくなる程度の怪我を負わされることになるかなあ。ああ、あと、俺が一定時間にある短縮番号を押さない場合も、少年は松葉杖がないと生涯歩けなくなるよ」
臨也が調子よく喋るに従い、顔の筋肉を強張らせていく静雄に、意図せずに臨也の唇の端が上がる。
静雄は逡巡したようだが、臨也が携帯電話のキーに手を掛ける素振りを見せると、すぐに振り上げた拳を下ろして、地を這うような声を出した。
「…何が望みだ」
「だから、君が大人しく俺の言うことを聞いてくれることだよ。まずは上着、脱いで」
何をされるのかまったく理解できないという顔をしながら、静雄は自身の上着に手を掛けた。見慣れた制服の上着が薄汚れた廃ビルの床に投げ出されるのを確認してから、臨也は静雄に近づき、シャツのボタンを外しにかかった。それをも床に投げて、その下に着込まれたTシャツの胸元をナイフで刻む。
「…手前…ッ」
「おっと、動かないでね。危うく短縮ダイヤル押しちゃうよ?」
「……ッ」
臨也の前で肌をさらすことの嫌悪感にか、静雄は眉間に思い切り皴をよせたが、もう抵抗はしなかった。臨也は自分の鼓動が興奮で逸ることを自覚していた。ついに孤高の化け物を捩じ伏せる瞬間が来たのだ。どうして冷静でいられようか。

それから臨也がしたことは、面白味も新鮮味もないことだ。ただ静雄を蹂躙して強姦してその様を録画した。そして常套句を持ち出したのだ。
「これ、バラまかれたくなかったら、これからも俺の言うこと聞いて欲しいな」
埃と血と白濁に汚れた白い体を見下ろしながら言うと、静雄はそれまで虚ろに彷徨わせていた瞳の照準を臨也に合わせ、ぎっと強く睨んできた。思い切り汚してやったはずなのに、まだ力のある視線に、眩暈すら感じる。
「…ざ、っけんな」
「そう? 残念。じゃあこの録画どこに送ろうかな。やっぱり最初は王道のゴシップ雑誌とかかなあ。最近、芸能事務所に出入りしている謎の少年に顔立ちが似てるから、いいネタになるよね」
彼が溺愛する弟のことを言外に滲ませると、静雄は手のひらを音がするほどに強く握り締め、きつく瞼を閉じた。その顔に諦念を見出し、臨也の心中には歓喜が沸き立った。



それからしばらくは楽しかった。気高く強い孤高の美しい獣が、憎悪を込めて臨也を見ながらも、自分の言いなりに行動することの快感と言ったらない。
目に付いた不良風の数人の集団を顎で示して、「あいつらをボコってきて」と頼めば、嫌悪感を丸出しに臨也を睨み付けてからもやる気がなさそうにその集団に乱入していったし、何よりも臨也がナイフでその肌を裂いても、それに応じて戦闘意欲を燃やすのはその鋭い視線だけ。じっと己の掌を握りしめて耐えていた。特異な体質のせいで臨也が肌を裂いたときも痛みは感じないかもしれないが、ギリリと音が聞こえそうなほどに握り締められたその手は、明らかに爪が皮膚に食い込んでいた。相当に悔しかったのだろうが、それでも静雄は臨也との誓いを守った。



だから臨也は失念していたのだ。この男は、臨也の思惑通りには絶対に動いてくれない化け物だということを。


最初の違和感は、むしろ臨也の内面に起因する。静雄に気まぐれに喧嘩をさせても、また気の赴くままに傷つけても、臨也の体内をうごめく熱がおさまる気配をみせないのだ。臨也の思うままに動き、臨也の望むままに跪く平和島静雄を手に入れたというのに、ちっとも満たされない。

「なんで手前は俺に突っかかるんだ」
ある日、気まぐれにその体を組み伏せると、かつて孤高の存在であった獣はそう聞いてきた。臨也にとってそれは愚問以外の何者でもないと感じたが、このシーケンスの静雄静雄が臨也に唐突に脅迫される背景を理解できなのも当然だろう。
「君が目障りだからだよ」
臨也は少し傷んだ彼の金髪に指を絡めながら言い捨てる。静雄はその感触を嫌がるように顔を背けたが、臨也がぐっと顎を掴むと、もう抵抗はしなかった。軽めの薬品を投与してあるので、どうせ大した抵抗はできないのだが。
「めざわりならほっとけばいいだろ。なんで俺にかかわるんだ」
薬の効果か多少舌足らずな口調で静雄が問いかける。臨也は一瞬動きを止めた。
「…何でだろうね。何でだと思う?」
「…知るか」
吐き捨てるように静雄が答える。臨也も、自分の行動の源に横たわり、ふとした瞬間に姿を垣間見せるその問いに、静雄が答えをくれるとは思ってはいない。どうして、無視できないのか。本当は静雄に何がしたいのか。
こうして無理やり跪かせても満足できないというのなら、このシーケンスで臨也がしてきたことは何だったというのだろう。思わず自嘲の息が零れた。
口元を笑みの形に歪めた臨也を見て、静雄は「おかしなヤツだな」と言い捨てた。今更な言葉だ。おかしくなければ、脅迫のネタを作る以外にどうして静雄を押し倒したりするというのか。
臨也は話を終わらせるように再度静雄の髪に触れた。静雄はその感触にぎゅっと眉根を寄せる。その嫌悪感あらわな表情を見て、臨也はまた満たされないという感情が自分の中で燻ぶった。



満足を得ないままのシーケンスの終わりは、あっけないものだった。それはあっけなくて、にもかかわらず憎々しいほど鮮やかなものだった。


幕切れの会場は、例の廃ビルだった。
臨也は静雄をそこに呼び出して薬を打ち、戯れにその体に触れていた。ここ最近の静雄はすべてを諦めたかのように、触れてくる臨也に対してただ目を伏せて時間が経つのをじっと待っているだけだ。
まだ日の高い時間帯なので、ガラスの嵌められていない大きな窓枠から青い空が覗いていた。綺麗に澄み渡った晴れの日だった。差し込む日の光が、伏せられた白い瞼を透かしていた。
そのすべてを諦め、それでいて拒絶する表情に苦笑して、臨也はその体から離れた。都会なのに辺りは驚くほど静かだった。その静寂に誘われるように臨也は、ガラスのない窓枠へと向かった。隙を作ったのは、この一瞬だ。ほんの数秒。だがそれは、このシーケンスの幕切れを招いた。
臨也が目を逸らした一瞬のその隙に、力なく横たわっていたはずの静雄が動いて、投げ出された臨也の鞄から先だけを覗かせていた携帯電話を掴んだのだ。
臨也がそのことに気付いたのは、静雄がそれを握りこんだ瞬間だった。薬が効いていたからろくに動けないはずだと踏んでいたのだが、いつのまにか多少の耐性がついていたのか、それともお得意の火事場の馬鹿力のなせる業だったのか。
静雄はそのままその携帯電話を握りつぶそうとしていたようだった。その携帯電話には、脅迫のネタとなる動画が入っている。少し冷静に考えれば、貴重なデータなど携帯電話から他の媒体に移している可能性が高い。だがそんな考えに、静雄は至らなかったようだ。
さすがに携帯電話を握りつぶすことはかなわなかったらしい。静雄は小さく舌打ちをした。
「シズちゃん、無駄だよ。さあ、それをこっちに渡して」
「…触んな!」
臨也が差し出した手を、静雄が跳ね除ける。やはり薬の影響があるのだろう、それは普段の喧嘩人形からは考えられないような弱々しさだった。だが、その視線に宿る光は、いつもの静雄のものだ。剣呑で、鮮やかで、見るものすべてを焦がすそれだ。
静雄は鋭敏さにかける動きで、それでもしなやかに臨也の脇をすり抜け、窓枠に縋った。強い光の中で、見慣れた制服の白いシャツを羽織った静雄の体が日に透ける。
窓から逃げるつもりなのか。臨也たちが今いるのは3階だ。普段の静雄にとってはどうってことのない高さかもしれないが、今は多少事情が異なっている。携帯電話を握り締めたままもう片方の手で窓枠を掴む静雄の姿を、臨也はごくりと唾を飲みながら見た。
「…さっきシズちゃんに打ったのは筋弛緩剤だよ。今のシズちゃんなら、ここから落ちれば多分、それなりのダメージは受ける。危うく死ぬかもね」
この裏は茂みだ。静雄なら死ぬことはないだろう。だがそう圧力をかけて、静雄の動きを封じたかった。だが、この男は結局、臨也の思い通りに動いたりはしないのだ。
静雄は臨也を睨みつけ、そのまま不敵に笑った。
――ああ、この場に留まるつもりなど更々ないのだ。そう悟る。
静雄は死を意識しているわけではない。死ぬ気なんてまったくないはずだ。だが、ここに留まるつもりもないのだ。
静雄は窓枠にほぼ腕だけで縋るように上がり、臨也を見た。静雄の姿が、馬鹿みたいに青い空に溶けそうで、急激に恐怖がわいてくる。無駄だと知りながら、臨也は呼びかける。
「ねえシズちゃん、待って」

「臨也。これからも手前にそんな支配者みてえなツラで見られるくらいなら」

静雄はいっそ冷静にそう言い、窓の下を見てから、不安定な体勢で空を仰いだ。

頭は真っ白で、ただ体勢を崩して行く静雄に向かって走り出した。ほんの数歩の間が、酷く長い。長くて長くて、もう永遠にこの距離は埋まらないのかもしれないと思った。それは、酷い、恐怖だった。


(Last Scenes2)
(2010/10/16)






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