紅色果実 | ナノ


化け物と言えどセックスで体力を消耗するところは人間と同じらしい。
しばらくシーツに沈んでいた静雄だが、そのうちもそもそと動き出してベッドからでていった。それなりの広さを持った居住空間だが、都会のそれなどたかが知れている。静雄は全裸のまま、無駄に長い脚で臨也の寝室を闊歩して、バスルームへと消えていった。
ピロートークなど望むのも馬鹿馬鹿しい間柄だが、さすがに一度も視線さえ合わせずに置き去りを喰らったことに一抹の苛立ちを覚える。上半身を起こすと、口を縛ったコンドームをゴミ箱へと投げ捨てて、床に落ちていた煙草のソフトケースを取り上げた。
自分の所有物ではないそれを勝手に一本失敬して咥え、軽く吸いながら火をつける。漂う紫煙は、当然ながら見知った化け物の身体に染み付いたそれと同じ匂いがした。それすら癪に障って、臨也はまだ長いそれを、転がっていた空き瓶に投げ込むと、さっさと何も身に着けずにベッドから抜け出した。

シャワーの軽い水音がする。気にせずにブースへと続く扉を開けると、湯気とともに、静雄の不快げな顔が飛び込んできた。
「…んだよ」
「俺も浴びたい」
眉根を寄せる静雄に構わず、それなりに広さのあるブースへずかずかと入る。
「俺が先だ」
「ここ、俺の家なんだけど」
「待てもできねえのかよ、駄犬」
底冷えのするような声で罵られる。静雄にここまで、怒りも憤りもなくひたすらに冷たい声を出させる相手というのは、自分だけだろうと臨也は断言できる。聞き流すこともできたが、やはり多少癪で、静雄が手にしていたシャワーヘッドを取り上げた。
「何しやがる」
「ねえ、俺が洗ってあげるよ」
「…余計汚れんだろ」
「それは、どういう意味で?」
空いている手で、濡れた静雄の肌をなぞる。肩から腕のラインを撫で、わき腹を辿る。それに合わせて、ぬるま湯の迸るシャワーヘッドを下腹部へと移動させると、静雄は刺激に身体を震わせた。軽く水で肌を流してみたところで、所詮セックスの快感を拭えてはいないのだ。
「…待て、も、できねえ、犬だからな…っ」
ボディソープを泡立てて、手のひらで喧嘩人形の腹部に広げると、息を乱しながら静雄が言う。臨也は口の端を持ち上げた。この単細胞の化け物も、ここでどういったもので汚されるかは一応、理解しているらしい。その上で大して抵抗しないのだから、それなりに乗り気なのだろう。分かり難いことだが。
ソープの泡でぬるつく手で緩く欲望を兆している性器を握りこみ、腿の内側に指先を伝わせる。刺激に静雄が息をつめる気配がした。
「あーあ、すぐ硬くなっちゃって」
「…手前のも当たってんだよ、死ね!」
張り詰めていく性器をゆるく扱きながら耳殻に息を吹きかけると、すぐに言い返された。なるほど、臨也のそれもすでに熱を孕んで静雄の身体に当たっている。身体を密着させているので隠しようもないし、そもそも隠す気もあまりない。
臨也は薄く笑って、濡れた静雄の白い背を押し、タイルの壁に手を付かせた。シャワーブースに設置されていた大きな姿見に、静雄の顔が大きく映る。これはいいな、と笑みを深くする。
思う様に乳頭を引っ掻き、性器を愛撫したあとで、後ろの窄みに指を這わせる。ソープのぬめりを帯びた手で皴を伸ばすように刺激すると、目の前の白い腰が揺れた。
「まだ緩そうだね。ひくひくしてる」
「…ふ、あ…っ」
指を差し込むと、くちゅ、とシャワーの水音とは異質な粘着質な音が響いた。先ほどのセックスではゴム越しにしか出していないが、潤滑剤の名残か、もともと滑りはいい。そこに更にソープの泡を塗りこませた。
「ほら、ぐちゃぐちゃ」
「ん、あぁ、…っ」
もう構っている余裕のなくなったシャワーヘッドを高いフックに戻すと、浴室に響く声を抑えようともがく手を掴んで、しっかりタイルに縫いとめる。シャワーヘッドから迸るぬるま湯が二人の頭上から降り注いだ。少しだけ息苦しさを覚えるが、それが顔面を流れる水のせいなのか、それとも欲のせいなのか、判別できない。
ただ、じりじりと神経が焼かれるような衝動が、体を突き動かしている。
差し込んだ指を幾度か動かし、本数を増やして十分に焦らしてから抜き、代わりに自分の反応した性器を当てる。それに反応するようにびくりと腰を揺らした静雄の耳もとに、「欲しい?」と聞いた。だがこの化け物は、結局のところ臨也の思い通りにはならない生物なのだ。
「…てめ、えが、欲しいんだろ…」
「……」
「待てねえ、んだろ? 駄犬…っ、ひ、あ、ああっ」
曇り止めを施してある鏡越しの、生理的な涙の膜が張った瞳で挑発されて、臨也は舌打ちをして、後ろから乱雑に腰を進めた。ぬめりを借りて隘路に性器がおさめられる感覚に、くらりと眩暈に似た感覚に襲われる。
静雄は高い声を迸らせて、ぐっと爪をタイルに立たせた。壊れなきゃいいけど、と思ったのは一瞬で、持っていかれないように必死に快感をやり過ごす。
荒い息とシャワーの音だけがしばらく続いたが、臨也はすぐに静雄の体内に納めた性器を動かした。粘着質な音と、静雄の高い声がシャワーよりも響く。
「ねえ、ほら、鏡見てよ」
がつがつと奥を突き上げながら、静雄の顎を掴んで無理やり姿見に顔を向けさせる。そこには唇からひっきりなしに声を上げ、眉根を寄せて感じきった蕩けた顔を見せる静雄が映っている。それを見たくないとばかりに、静雄は頬に朱を走らせて瞼を伏せ、顔を背けた。
すると今度は、臨也の顔が鏡に映し出された。随分と必死な顔をしているものだな、と嗤いたくなった。
腰を打ち付けて、揺れている静雄の肩に唇を寄せる。肩甲骨の少し上、静雄には見えない位置に、赤い痕があった。先ほどのセックスの最中に臨也が吸い付いた痕だ。
「ふあ、っん、」
深いところをぐりぐりと刺激すると、鼻にかかった甘い声が零れる。それにまた欲を煽られて、赤い内出血の痕にまた歯を立てて吸い上げた。
その鮮やかな赤は、ずっと残りはしない。次第に色が鈍くなっていくものだ。静雄は特に、体の治癒能力が高いのでそれが顕著である。痕が赤いのは一瞬で、すぐに色が悪くなって消えてしまう。
これが消えるたびに、また痕をつけたくなる自分を、臨也は自覚している。あんな必死な顔で貪って、すぐに消える痕を残す。本当に、必死な獣そのものだ。
「あ、あ、あ…っ」
ひっきりなしに上がる声とと荒い息の感覚が早くなって、臨也はぐっと静雄の反応しきっている性器の根元を握りこんだ。高い声が上がるのと同時に、内壁がまた締まる。
「…イく、イキたい、いざや…!」
「ん、いいよ…、…っ!」
既に理性を失い、恥もなく懇願する静雄の性器を強く扱き、射精を促してから、臨也も静雄の体内の深いところに吐精した。

絶え間なく続くシャワーの音の合間に聞こえていた荒い息が落ち着くと、静雄はタイルの床に膝をつき、臨也を睨んだ。
「…手前、何中に出してんだよ」
「また洗ってあげるよ」
臨也は不快そうな静雄に顔を寄せながら笑む。多分、余裕のない笑い方になっただろう。仕方がない。静雄が蔑んだとおり、待つことができない獣のように欲に歯止めがきかないのだ。
「どうせまた、汚すけどね」
断言して、噛み付くようなキスをする。馬鹿馬鹿しい話だが、ベッドに置いていかれて癪だったのは、結局のところこの男を、もっと欲しくて仕方なかったからに他ならない。
じりじりと体内を焼くようなこの熱のままに、臨也はまたこのからだを汚して、その背中に欲の痕を刻み付けるだろう。鮮やかさを失わないよう、何度も繰り返し。


(紅色果実)
(2010/11/26)






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