ワールズエンディング | ナノ


君達が殺し合いをやめたら、世界が終わる気がするな。
と、かつて闇医者が言ったことがある。大した理由もなく始まり、不鮮明な終わりを目指してひたすら繰り返される殺し合いは、人の善意も悪意もあまり信用していない闇医者がこの世界で唯一信じられる不条理のように思えるのだという。ろくでもない闇医者のろくでもない世迷いごとである。

闇医者のたわ言を真実と仮定するなら、どうやら世界の終わりが近いようだ。
「ねえシズちゃん」
世界の終わりにしては妙に澄んだ声が、しかしどこかに切羽詰った響きをのせてそう呼ぶ。その呼び方は気に食わないので眉根を寄せるが、当の本人はそれどころではなさそうだ。
「シズちゃん、俺を殺したい?」
「愚問だろ」
「じゃあ、殺されてあげてもいいよ。ねえ、今なら殺されてもいい」
この男がこんなことを言うなんて。どうやら本格的に、世界の終わりが近いようだ。
横たわる静雄に覆いかぶさるような体勢で、臨也はじっと静雄の出方を窺っている。そういえば、こんな角度から見上げることはかつてなかった。性格も普段の行状もこれ以上にない程度に最悪だが、顔だけは無駄に整っている。

深夜に程近い時間帯に、静雄の部屋を唐突に訪れた臨也は、明らかに様子がおかしかった。条件反射で戦闘態勢に突入した静雄を見ても、お得意のフォールディングナイフを取り出すこともしない。それどころか、静雄と視線をあわせることさえ避けているように思えた。よくよく観察すれば、なんということはない。ただの酔っ払いの症状である。
酔っ払いをまともに相手にすることほど時間の無駄なことはない。静雄は体よく追い払おうとしたのだが、ずかずかと静雄の家の猫の額ほどのリビングに入ってきた臨也は、妙な距離まで近づいてきたかと思ったら、ぐいっと体を押してきた。
二十数年生きてきて、男に押し倒されたのは初めてだな。静雄は冷たいフローリングの上でそんなことを思っていた。人間、突発的に脳の許容量を超えた怖ろしいことや不思議な出来事に遭遇すると、やけに冷静になったりするものである。
しかし冷静だったのも一瞬で、すぐに、酔っ払いだと思って甘やかせば付け上がりやがって、と多少理不尽な怒りが湧いてくる。のしかかってくる体をぶん殴って突き飛ばそうとしたところで、ようやく臨也と視線が合った。
静雄ははた、と動きを止める。酔っていると思っていた臨也の視線が、やけに真剣な色を湛えていたからだ。
真っ直ぐな視線を静雄に向けたまま、臨也は少し苦しげに眉根を寄せた。顔が整っていると、苦しげな顔をしてもやはり様になるものだ。妙なところで感心する。
苦しげな顔をした男は、切羽詰った声で「シズちゃん」と呼びかけて、それから「俺を殺したい?」と問いかけてきたのだ。

「酔ってんのか」
今更問うと、目の前の男は目を見張ってから、苦笑した。
「…そうだね、酔ってる。酔ってるよ。おかしいよね、ほんと俺、酔ってる」
「手前がおかしいのはもとからだけどな」
「それ、君にだけは言われたくないけどねえ。でもまあ、今の俺は相当おかしくなってる自覚はあるよ。だってさシズちゃん、おかしいんだ。今ね、俺はすんごく、シズちゃんが抱きたいんだよ」
よく回る口が何事かほざいている。脳からシャットアウトしてしまいたいが、残念ながらそうもいかず、特に最後の言葉辺りが脳内に残る。
「…女抱きたきゃよそ行けよ」
「女の子じゃなくって、シズちゃんが抱きたいんだよ」
さすがに二度言われると、この体勢と相俟って、この男の言わんとすることも理解できてきた。これが、瞳に嘲笑と侮蔑を浮かべたいつもの臨也ならば、静雄は死なない程度に殴って部屋の端まで飛ばしていただろう。だが、臨也の表情には切羽詰った真剣みさえ感じられているから対処に困る。
「でもさ、強姦は趣味じゃないし、そもそも俺のスペックじゃちょっとシズちゃんを強姦するのは無理だから、選択肢を与えているわけだよ」
「………」
ストレートな物言いに呆気に取られている静雄など関係なく、臨也はぐっと静雄の身体に乗り上げてくる。完全に固めの姿勢である。静雄がその気になれば簡単にどかせるだろうが、やけに真剣な臨也の顔を見ていると、そんな気も削がれてしまった。
「俺を殺すか、俺に抱かれるか。シズちゃんでも分かる簡単な二択だよ」
にこりと笑いもせずにそう言いながら、臨也は静雄のシャツに手を掛けている。明らかに熱をもった指先がわき腹を辿り、静雄はふるりと身体を震わせた。
つまり、これはアレだ。大した理由もなく繰り返し殺し合いを行ってきた二人の関係の、終焉に立たされているわけだ。さすがに静雄も理解する。すなわちそれは、新羅の言葉を借りるならば、世界の終わりを意味している。

「ねえ、殺さないの。シズちゃんが俺を殺さないなら、このまま抱くけど」

それで構わないの、ねえシズちゃん。切羽詰った様子ながら、それでもよく回る口が、酷く不条理な究極の選択を迫ってくる。理不尽にもほどがあるだろう、と思いながらも、問答無用でぶん殴るという第三にして明らかに最善の選択をしない程度には、静雄もそれなりに腹を括っていた。つまり、世界のフィナーレを受け入れる覚悟だ。
ねえ、シズちゃん。透明な声が、今日は熱を孕んでいる。一度腹を決めると、なんだか愉快な気分になってきた。臨也の首に片腕を回して、ぐいっと引き寄せる。突然の静雄からの接触に近づいた顔は、驚愕に染まっていた。その顔も、非常に愉快だ。だが、まだ足りない。
「殺さねえ。でも抱かせねえ」
「…あのね、俺の話聞いてた?」
「るせえな。うだうだ言ってねえで、簡潔に言えよ」
「…は?」
「俺を抱きてえなら、もっと短くて分かりやすい言葉があるだろ」
言えよ。
促すと、臨也は一度眉根を寄せたあとで、溜め息を一つついた。勝利を確信して笑う静雄に、秀麗な顔が近づいてくる。

世界の終わりは、意外に甘い味がした。

(ワールズエンディング)
(2010/11/26)






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