夏の灰 | ナノ


何故か、嫌悪しあう相手と、殺し合いに近い喧嘩をして、その後なだれ込む様にセックスをしている。

静雄に負わされた打撲を、近くを通りかかったついでに旧知の闇医者に診せた。
「あーあ、これは腫れるよ。せめてもう少し早く処置できなかったの?」
新羅は溜め息混じりにそう看たてた。幸いそれは利き腕に負ったものではなかったが、それにしても結構痛む。
「俺はさっさと手当てしたかったんだけどさあ、シズちゃんがなかなか離してくれなくてね」
ここにはいない金髪の化け物への嘲り混じりに言ってやる。お互いの体に残った打撲だの切り傷だのをそのままに、ホテルになだれ込んでいつものようにセックスをした。
臨也の言葉の意味を悟った新羅が、あきれ果てた深い溜め息をつく。
「君たちのその不毛な関係は、ここまで来るともう永劫に続くんじゃないかって気もするよね」
「冗談だろ。さっさとアイツを殺して終わらせるよ」
どうにもおざなりに湿布を貼って包帯を巻く闇医者の言動に、即座に言い返す。だが新羅は、笑いながら首をすくめて見せた。
「もし臨也が首尾よく静雄を殺せたとして、そのあとはどうするんだい? 僕は静雄と殺しあわない君を想像できないな」
「…まるでアイツを殺すことだけが俺の人生の目的みたいな言い方だね」
若干瞳に険悪な色を浮かべて闇医者を見ると、新羅は「そういうわけじゃないんだけどね」と肩を竦めてから、治療に使った用具を片しながら首を巡らせる。
「ああそう、例えばあの向日葵」
新羅が視線で示したのは、豪華なこのリビングの窓際に置かれた花瓶だった。涼しげな薄い青の陶磁の花瓶には、この季節に見合った小ぶりの向日葵の切花が生けられている。
「夏の盛りに咲くから向日葵だろ。夏が過ぎてしまっても咲いている向日葵って、妙に寂しいと思わないかい?」
「…はあ?」
「俺から見たら、静雄が死んだ後の君は、夏が過ぎたあとの向日葵のようだってことさ」




闇医者の妙に詩的な比喩に辟易してから数日後。
相も変わらず臨也は静雄と殺し合いに程近い喧嘩をして、本日は喧嘩現場に近かった静雄の家でセックスに明け暮れている。
喧嘩人形の無駄に長い足を肩にかけて、パクパクと物欲しげに開閉を繰り返す後孔に性器をあてがい、半ばくらいまで埋めた。一度中で精を放ったので、抵抗はない。
「…ッ、アァ!」
「はは、ぐちゃぐちゃ…。女の膣みたいだね」
わざと音を立てるように腰を動かす。静雄の喘ぎに混じって、濡れた音が響いた。結合部にまとわりつく精液が泡立つ。
「やらしー音。ねえ、聞いてる? シズちゃん」
繋がったまま、ぐっと顔を近づける。体勢を変えたことでより深いところを刺激された静雄が、一度快感に高い声を上げてから、臨也を睨みつけた。
「…っせーんだよノミ蟲ッ」
相変わらず可愛らしさの欠片もない。この男にそんなものがあっても気色悪いだけだが。しかし、可愛くないことを言いながらも、静雄の内壁は臨也の性器に絡み付いてくる。
数えるのも馬鹿馬鹿しいほど体を重ねてきた間柄だ。どこをどう刺激すれば快感が強まるのかなんて分かりきっている。なので臨也は、ノミ蟲と不愉快な呼称で罵倒された意趣返しに、彼の感じる前立腺を強く抉った。
「ン、んあっ、…ひ、あ…ッ」
触ってもいないのに、静雄の性器は勃ち上がって、ぬめりのある液体をたらしている。それを強く掴んで「やらしい体」と耳もとで囁いてやれば、それすらも快感なのか、静雄はふるりと体を震わせる。それにあわせるように、また内壁がきゅっと締まった。
まだ日の高い時間帯で、窓からは明るい夏の光が差し込んでいる。型の古いクーラーは故障中らしく、室内は蒸し暑い。どうしてこんな場所で侮蔑する男とこんな行為をしているのか、その答えはだいぶ昔に見失ったまま、現在はすでに探すことさえ放棄した。
ただ、室温の高さだけではなく、強い欲情から湧き上がる汗を拭いもせずに、縋りつくほどの必死さで、憎むべき相手の体内を抉り続けた。



熱気と特有の精の匂いを気休めにも逃がそうと、ベッド脇に取り付けられた窓を開ける。昼下がりを過ぎて少しは日差しも弱まったようだが、運ばれてくる風は未だに生ぬるい。灼けたアスファルトの匂いが部屋の中に入って来る。
鋭く舌打ちする音が聞こえたので振り返ると、静雄が裸のまま煙草のパックを引き寄せていた。
「ゴムしろっつってんだろ」
どうにもいつにも増して苛立たしげな理由はそれらしい。
「気持ちよさそうだったくせに」
言い返すと、逆鱗に触れたのか、静雄のこめかみに血の筋が浮き上がるのが見える。その今にも失われてしまいそうな静雄の理性など意に介さずに、狭いベッドに投げ出された体に近づいて、どちらが出したともしれない白濁の液体に濡れた彼の内腿に無遠慮に触れた。
「…っ、手前、」
気だるい中にも快感の余韻があるらしい静雄が、臨也の手の感触に一瞬息を詰める。その快感の余韻に顰めた顔に、臨也もちりちりと治まったはずの熱を煽られる。すでにこの熱が、この男を殺したいという欲望なのか、それともただの性的欲求なのかの区別をつけることは不可能だ。
「こんな暑い中で、無意味に動いて無意味に遺伝情報吐き出して、何やってんだろうね俺たちは」
「今更だろ。嫌なら手前がさっさと死ねばいい」
「俺がいないと困るカラダのくせに」
静雄の剣呑な瞳の奥にも、欲の焔が燻ぶっているのが分かる。指摘してやると、妙に正直なこの男は、それを否定することなく「今すぐ殺す、死ね」と剥き出しの腕を振り上げた。
それを軽々と避けると、繊細なつくりの顔立ちの中で、欲に濡れても燦然と光を放つ静雄の瞳が臨也を睨みつけた。それは出会ってから変わることなく、臨也の欲を燻り続けている。
「駄目だよシズちゃん、俺が死ぬよりシズちゃんが俺に殺されるほうが早いから」
笑顔でそう言ってやる。ふとそのときにふと数日前の闇医者の言葉が胸をよぎった。夏に置いていかれた向日葵の喩えだ。
臨也は、ちりちりと欲を灼かれながら、照りつける太陽の下、このうだる様な暑さの中で、忌々しいほどに花弁を伸ばした花を想像した。
夏と花。互いに欲を燻り合う存在。成程、新羅の喩えもけして的外れではない。酷く愉快な気分になった。
「…夏に置いていかれた花も憐れなものだけどさ、花のない夏も虚しいものだと思わない?」
「…? 何言ってんだ手前?」
とうとう完全にイカれたか、と半ば嘲りながら言ってくる静雄の、その不愉快なぬめり気を残す腿を、手のひら全体でなで上げる。刺激にふるりと体を震わせた静雄の耳もとで、臨也は欲を隠さない掠れた声で囁いてやった。
「燃え盛るモノ同士なら、焼き尽くして一緒に灰になればいいって話だよ」
薄く笑ってから、臨也は無粋に夏の空を覗かせる窓をぴしゃりと締め切り、取りあえず手っ取り早く、灰になりそうなほどに燃えられる行為に再度没頭することにした。


(夏の灰)
(2010/08/01)






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