ヘヴンリーブルーヘヴン | ナノ


※WEB用にレイアウトを変えています。



 臨也の手が、今度はスラックスにかかる。その段になって、静雄はようやく「臨也」とその名を呼んだ。
「……なに?」
「て、めえも、脱げよ……!」
 息が荒くなっているからか、思いのほか、切羽詰った声になってしまった。自分ひとり脱がされて羞恥を感じる今の状況を変えたくて言った言葉だったはずだ。だが、一度自分の唇から零れると、もっと明け透けで純粋な欲を含んだ切願のようにも聞こえて、静雄は自分の声に驚く。
 臨也も驚いたように目を見開いて、静雄を見ていた。意外なことに、みっともない切願を笑ったりはしなかった。ただ低い声で「言ってくれるよ」と呟いてから、自身が着ていた黒いシャツに手を掛け、さっさとそれを脱いで、ベッドの下に落とす。
 こんな至近距離で、その肌を見るのは、初めてだ。まだ日中で、しかも臨也がロールカーテンを開けているため、日差しが入ってきて明るい。そんな光の中で、しなやかに筋肉のついた細い体を目の当たりにして、自分が望んだことなのに思わず目を逸らそうとするが、それより早く臨也の腕に15センチほどの切り傷が走っているのが見えて静雄は動きを止める。血は止まっているが、そう軽い負傷とも思えない。新羅が看たのはこの傷だったのだろう。
静雄ならすぐに消える傷だが、他の人間にとっては痕が残りそうだ。静雄は、腕をあげてその傷に触れた。
「傷、いいのか」
「……ああ、これか。もう痛みもないよ」
 それが強がりなのかどうなのか、静雄には判断できない。確認するすべも思い当たらないので、静雄は黙って、近づいてくる臨也の瞳を見る。臨也は、一度軽く静雄の唇にキスをしてから、至近距離のまま「君こそ」と呟く。
「あ?」
「君こそ、具合はもういいの?」
 問われて、そういえば先日、発熱した状態で臨也に会いに行ったのだということを思い出す。それ以後、臨也は新羅から、静雄が肝炎を発症していたことを聞いたのかもしれない。
「具合、悪いように見えるか」
「……何も知らずに君みたいな規格外の体に入り込もうとしたウィルスには同情するよ」
 やはりよく口のまわる男だ。苛立って拳を振り上げるが、一瞬早く臨也の手に手首をとられる。次の瞬間、視界が回って、気付けばベッドのシーツの上に縫いとめられていた。普段静雄が使っているものよりもずっと柔らかなベッドが、ふたり分の重みを受け止めて小さく軋んだ。
 急な動きに文句を言おうとするが、思いのほか熱のこもった瞳で見られていて動きを止める。
「具合がいいなら、大丈夫だね」
「……何が」
「君を、抱くよ」
 耳元で、囁かれる。熱い吐息が耳殻をかすめた。
 この状況で、何をいまさら。そう言ってやりたいのに、自分の心臓がうるさくてそれも叶わない。仕方がないので、静雄は見下ろしてくる臨也の首筋に手を回した。

 唇が首筋を辿って、それがやがて鎖骨へとたどり着く。薄く弱い皮膚に歯を立てられて、静雄は瞼をきつく閉じた。視界を閉ざすと感覚が鋭くなるのか、臍のあたりを這う舌に、ぞわりと肌に震えが走った。
「ふ、う……」
 できれば、みっともない声は出したくない。そう思っているのに、熱い舌がすでに剥き出しになっている下肢にたどり着いて、体中を走った感触に否応なく吐息が零れる。
 臨也は、ほとんどためらいも持たずに、軽く熱を持ち始めている性器に舌を這わせる。強烈な感触に、たまらず静雄は臨也の肩を押して体を離そうとするが、臨也はそれを許さずに、性器の先端を強く吸い上げる。走り抜けた快感に、静雄は背を反らせた。
「あ、あぁ!」
 自分の声だとは思えないような、高い声が上がる。慌てて手で口を押さえるが、一度唇から零れた声が戻ることはなかった。
「いざ、や、離せ!」
 懇願が聞き入れられることはなく、臨也は性器をねぶり続けている。臨也が静雄の下肢の近くで顔を動かすたびに、まだ湿っている髪が、静雄の皮膚に触れる。その冷たさと、性器を包む舌の熱さに、眩暈がした。


(中略)


 あの時は静雄がろくに動けない状態で、ふたりとも傷だらけで走っていた。今は、互いにそれほど傷はないのに、それでもやはり、この手を離したら死ぬのだとさえ思いながら、走っている。
 そうしてやはり、同じところにたどり着いてしまうものらしい。
 逃げて逃げて、そうしてその先に、あの海にたどり着いた。


(ヘヴンリーブルーヘヴン サンプル3)






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