ユアズ・シンシアリ | ナノ


※性描写がありますので18未満の方の閲覧を禁止します。
※いろいろととても都合がいいです。


酷い抱き方をした夜に、彼がやってくる。彼に会いたくないのに、優しく抱くこともできない。

ろくにほぐれてはいないその場所にローションを塗り込んでから指を引き抜いて、背中から腰を掴む。何をされるのか察して、恐らくほぼ無意識で逃げを打とうとした体を押さえつけ、そこにペニスを押し当てた。
「っ、あ……! ま、て……!」
「待たないよ」
唇を釣り上げて、まだしっかりと窄まっているその穴に、反応したペニスを突き入れる。きつい内部を無理に犯していく瞬間だけは、何もかもを忘れて快楽に溺れることができる。
「あ、やぁ……! ひっ」
馴染むのも待たずに内部をがつがつと抉りながら、首筋に歯を立てる。痛みに静雄が悲鳴に近い声を上げた。
「……っ、痛いのが好きなのは知ってるけど、あんまり締めないでよ」
「ちが……」
「何言ってんの? あーあ、前、だらだらこぼしてるじゃない。はしたないなあ」
いったん動きを止めて、シーツに擦りつけられている静雄の性器に指を絡める。そこに触れた記憶はないのに、しっかりと熱を持ち、硬くなってカウパーを零している。
挿入時には痛みもあったのだろうが、その痛みすらも静雄の脳は快感にすり替えているようだった。
「後ろいじられるだけで反応するとか、本当にどうしようもないね」
淫乱、と低く詰ってやると、それだけで静雄の体が小さく震えた。先端の割れ目を軽く引っかくと、普段は低い静雄の声域から随分と外れた、高い嬌声が零れた。
これでも、静雄は必ず行為の最初の頃は声を抑えようとする。だが今では、すでにその努力を放棄してしまっているようだった。と言うよりも、ほとんど理性が残っていないのだろう。本当に、薄弱な理性だ。
もっとも、普段はまっすぐな背をそらし、高い声を上げて喘ぐ静雄を見て、彼の内部に突きいれたままのペニスをさらに固く反応させている臨也も、相当いかれているのだろうが。
「っぁああ、あっ、あっ」
背中から腰を掴んで静雄の体を自分の方に近づけ、そのままがつがつと突き上げる。静雄はシーツを掴み、無意識のうちに腰を揺らめかせながら声を上げていた。
その行き過ぎた快楽に救いを求めるように曲げられた指先が、シーツに爪を立てるのを見て、臨也もこのシーツもゴミにするしかないかな、とぼんやりと思った。それが、臨也がセックス意外のことに意識を遣った最後だ。
突き上げるたびに、静雄の尻たぶと臨也の腰の骨が当たって、人の肌と肌がぶつかる特有の音がする。内部に塗り込めたローションと臨也の先走りが、ぐちゅ、と濡れた音も響かせた。
「あう、ん……、あ、あ……!」
体内のおくまった位置にある前立腺を突き、ぐりぐりと動かすと、静雄がびくびくと身を震わせ、限界が近いことを知らせた。隘路がきゅうっと狭まって、それに絞られるような快感に臨也も眉を寄せるが、それでも奥を苛むことはやめなかった。
セックスというのは捕食行為に似ていると常々思っているが、静雄とのそれに限っては、殺人に近い。これでもか、これでもかとまるで呪うように内部を抉り、自分を刻み付ける。
「っ、あああ……!」
一度ペニスを入り口まで抜いてから、再び強く奥を打ち付けると、ぎゅっと今までになく静雄の内部が狭まった。その感触に持って行かれないよう歯を食いしばって耐えてから、臨也は、脱力してシーツに沈み込んだ静雄の耳たぶを軽く噛む。
「……っ」
「シズちゃん、もうイっちゃったの? 前は触ってないはずなのにね。……ほら、へばってないでよ」
精液を出して、ぬるりと強い滑りを帯びている静雄のペニスを軽く掴むと、敏感になっている静雄の体が大袈裟に跳ねる。
「やめ、もう……!」
「無理だって? 冗談じゃないよ、俺はまだイってないんだから。ほら」
ぐっと腰を進め、奥を突く。静雄は辛そうに背を反らせ、生理的な涙をこぼした。



酷い抱き方をした日には、彼が来る。
行為後シーツに沈んだ静雄の体を軽く清めて、その頬を撫でていると、すっとその瞼が開いた。ライトの薄明りの中で、眠たげな焦げ茶色の瞳が臨也を見ている。
「……臨也?」
「……やあ、シズちゃん」
ああ、会いたくはなかったな、と臨也は思う。自分のことを、こんなに澄んだ瞳で見つめてくる彼になど、会いたくはないのに。
臨也は小さくため息を吐いてから、微笑を作って静雄に向けた。
「今夜の君は、何歳かな?」



こんな夜には、高校生の静雄がやってくる。正しくは、記憶や思考が高校の頃に戻ってしまっている静雄が、意識の表に出てくるのだ。何故かはわからないが、そうとしか言いようがない。
はじめの夜に出てきたのは、高校入学当初の静雄だった。やはり臨也が静雄をひどく抱いた夜のことだ。深夜、唐突に目覚めた静雄は、臨也を見て思いきり眉を顰めて額に血の筋を浮かべながら、「折原?」と尋ねてきた。それは、高校に入ってほんのわずかな期間しか静雄が使わなかった呼び方だった。

そうして警戒心あらわな彼と話をするうちに、臨也は先の結論を導き出した。つまり、夜の間だけ、静雄の脳は高校時代に戻るのだ。次の朝になると、静雄はまったく何も覚えてはいない。
夜に出てくる静雄も、出てきている間のことは、まるで夢の中のことだと考えているようだった。これは現実味のまったくない深夜の夢で、その中に自分の知っている姿よりも幾分年月を重ねた折原臨也が出てくる。静雄にとってはその程度の認識なのだろう。
夢遊病の一種か、あるいは解離性同一性障害の一種なのか。そちらに明るいわけではない臨也にはそのあたりのことは分からない。だが、新羅などにもそれとなく聞いてみたが、臨也以外の人間といるときは、静雄にそんな不思議な変化が起きることはないという。
いずれにせよ、夜にやってくるかつての静雄が、臨也に苦痛をもたらすことには、間違いがなかった。


あの頃から静雄は仏頂面だったと思っていたが、それでも二十代半ばになった今からすれば、随分と感情が豊かだったらしい。夜にやってくる静雄の表情は、今のそれに比べると幾分やわらかい。もっともそれも、今の自分の状況を現実として受け入れていないからなのかもしれない。彼は、夢心地の気分で臨也に接しているのだ。
今夜の静雄は、17歳で、今は高校3年の夏だと答えた。
「……手前は、大学行くのか」
「……そうだね」
どうやら今日は、進学に関する教師との面談があった日らしい。
本当のことを言うのなら、臨也はとっくに大学を卒業している。だがそれを言ってもどうせ静雄には理解できないので、適当に話を合わせると、静雄は沈んだ表情を見せた。本当に、この静雄は表情が豊かだ。
「じゃあ、高校を卒業したら、もう会うことはねえんだな」
「さあ、どうかなあ」
「会わねえだろ」
生きる場所が違うんだから、と静雄は言う。臨也は苦笑した。今の静雄は知らないことだが、その程度のことで終わるような縁では残念ながらなかった。
「……君は俺に会わなくなるのが、悲しいのかな?」
「んなこと、ねえよ」
そうは言いながらも、静雄の顔は晴れない。分かりやすいな、と臨也は思う。本当に分かりやすい。
今、25歳の静雄の体を借りて出てきている17歳の少年は、分かりやすく、同年代の折原臨也に恋をしていた。
「……大丈夫だよ。俺は、そう簡単に君の前から姿を消したりはしない」
そう言ってやると、静雄の頬が少しだけ緩む。その言葉は嘘ではなかったはずなのに、臨也は自嘲した。君にとっては、消えてもらった方がよかったはずだ、と内心で嗤う。高校時代の、どこまでも青く、羨望も好意も、憎み合うというまっすぐな方法でしか表現できなかった高校時代の記憶だけを残して臨也が消えた方が、きっと静雄は幸せになれたはずだった。


静雄が臨也に恋をしたのは、どうやら高校1年の頃だったらしい。それを語ったのは、もうずっと前の夜に、臨也の前にあらわれた彼だった。
夜にあらわれる静雄は、高校入学当初から始まり、少しずつ年月を重ねている。高校一年の夏が冬になり、二年の春になり、ゆっくりと四季を巡って、今日は三年の夏になった。だから、静雄が臨也に恋をした最初のきっかけを語ってくれたのは、かなり前の夜に臨也のもとを訪ねた彼だ。
「何で、今日は俺を助けたんだ」
その日、臨也のもとにやってきた彼は、自嘲と切なさと熱の混じったような顔をして、そう言った。手前は俺のことを嫌っているし、喧嘩ばかりしている。それなのにどうして今日は助けてくれたんだ、と静雄は言ったのだ。
その日のことを、臨也は覚えている。その日、珍しく臨也が差し向けたのではない生徒たちと、静雄が校舎裏で喧嘩をしていた。臨也はそれを屋上から見ていたのだ。
どうせ静雄のことだからすぐに片を付けると踏んでいたのだが、相手が頭を働かせて、石灰の粉を静雄の顔めがけて投げつけた。いわゆる、目つぶしだ。それを避けきれず浴び、視界を奪われた静雄の腹を、男が蹴りかかる。それを見た途端に、臨也は屋上から階下に向かう扉に走り出していた。
「大した理由じゃないよ」
その頃のことを思い出して、臨也は苦笑する。静雄はじっと、臨也を見ていた。その視線に、特有の熱が混じっている。
本当に、大した理由ではなかったのだ。ただ、自分以外の人間の思惑にはまって、自分の計算から外れたところで静雄が膝を折るのを見たくなかった。自分の計算から外れたところで、自分以外の人間に静雄が傷つけられることが許せなかった。それだけだ。
そんな思いが生じるその感情の名前を、当時の臨也は知らなかった。
「……傷、痛かったか……?」
静雄が臨也の肌に触れる。この静雄は、本当に素直だ。
「全然。君の馬鹿力で殴られるときの方が、万倍痛いよ」
これも、事実だ。当時のことを思い出しながら答える。確かに、ほとんど視力が戻っていない状態の静雄を庇って乱闘に入った時、生徒の一人が持っていたナイフで上腕を軽く切り付けられたが、浅い傷で痛みはほとんど感じなかった。
むしろ、そんな傷のことを、静雄が気にしていたことの方が驚きだった。あの時の静雄は、視力を戻した後も、特に何も言わずに足早に臨也から離れて行った。だから、あの時の出来事が、静雄にとって意味のあることだなんて、臨也はその時まで知らなかった。たったあれだけのことが、この一途な少年の心を引いてしまっていたなんて、知らなかったのだ。
臨也の答えに、静雄は心底安堵したような顔をして見せた。それを見たときに臨也は初めて、静雄がかつて、臨也に恋をしていたことを知ったのだ。

それからずっと臨也は、高校時代の彼に会うたびに、どこか熱を帯びた視線で見つめられている。どうして高校生だった頃に、この視線に気付かなかったのか、謎なほどだ。こんなにまっすぐに、お前に恋をしていると告げられているのに。もっとも、そんなことに気付けるほど、臨也に余裕はなかったのだろう。
今の静雄は、もうこんな目で臨也を見ることはない。セックスをするときも、静雄の目に宿るのは熱ではなく、ただの性欲と諦念だけだ。
あの頃、この視線に気づいていたら、今こんな状態にならずに済んだのだろうか。そんな詮無いことを、臨也はたまに考えてしまう。



「つうか、手前いつまで起きてんだ」
17歳の静雄が、不意にそう問いかけてくる。
「は?」
「手前、夏に弱いんだから、さっさと寝ろよ」
その言葉に、臨也は動きを止める。目の前にいる静雄は、17歳の頃の夏からやってきているが、現実では今はまだ浅い春だ。だが、臨也の動きを止めたのは、そんなことではなかった。
「どうして、俺が夏に弱いって思うの?」
「あ? 手前、夏だと顔色悪いだろ」
見てりゃ分かる、と静雄は言う。臨也は、は、と小さく渇いたため息を吐いた。
確かに、今でこそほとんど克服したが、臨也は体温の調節がしにくい体質で、極端に気温の上がる日は、体調を壊すことがあった。寝不足の日は特にそうだ。だが誰かに告げたことはない。新羅でさえ、知らない事実だ。そんなことに、静雄は気付いていたらしい。
はは、と乾いた笑みがこぼれる。笑っていないと、なんだか瞳の奥が痛みを訴えてしまいそうだった。本当に、どうしようもない。
「馬鹿だね……」
「あぁ?」
さすがに静雄が怒りの表情を見せる。それでも臨也は、小さく「本当に、馬鹿だ」と呟いて見せた。
「なんでもないよ、君のことじゃない。ねえ、シズちゃん」
呼びかけて、その頬に優しく触れる。夢心地の幼い静雄は、嫌がることはせずに、照れたような瞳をして目を逸らす。
静雄はこうやって、かつての臨也には見せることのなかった表情をして話すことのなかった話をして幼い表情を見せる。それを見ていると、心臓を直接爪で捩じられているような気分になった。静雄の視線はどこまでもまっすぐで、熱い。
ぐっと、何かとてつもなく痛く、切なく、愛おしくて悲しいものがこみあげてきて、臨也は静雄の肩を抱き寄せる。だが、シャツ一枚羽織っただけの静雄の首の付け根に傷を見つけて、ぎくりと体が強張った。臨也が、先ほどのセックスの最中につけた歯形だ。
「……臨也?」
動きを止めた臨也に、静雄が不思議そうな顔をする。それに応えずに、臨也は自嘲した。
時々、これは復讐なのではないかと臨也は思ってしまう。幼い慕情を壊されて、意思に関係なく抱かれる静雄の復讐ではないかと、そう思うのだ。この静雄は、臨也に抱かれた日にしか出ては来ないのだから、なおさらだ。
そうだとしたら、これ以上に効果的な復讐はない。最初に薬物を用いて抱いてからというもの、抱かれなくてはうまく性欲を処理できないように仕向けた。喧嘩人形を抱ける人間なんて臨也の他にいない。だから静雄はいつも諦念をもって、臨也とのセックスに応じている。
臨也が静雄を抱くことをやめれば、恐らくもうこれ以上、高校生の静雄が現れることはなくなるのだろう。だが臨也も、殺し合いのような喧嘩をして、殺人行為そのもののようなセックスをする以外に、この感情をあらわすすべを知らない。そしてそのたびに、この高校生の静雄が現れて、純粋な瞳で臨也を責め立てるのだ。
「臨也。おい、どうかしたのか」
「……なんでも、ないよ」
もう、出てこないでくれ。そう言いたい。もう、会いたくはない。そう言ってしまいたい。それでも、それは半分は嘘だと気付いていた。今の静雄はもう、臨也をこんな熱のこもった瞳で見ることはない。この静雄は、復讐のために静雄が見せる幻だ。
臨也が静雄を初めてレイプしたのは、高校三年の冬だった。自分の胸に渦巻く凶悪な欲が、恋慕から来ているなんて知らなかった。だからあの行為に出たのだ。恐らくそのときに、静雄は臨也に対するこの痛いほどまっすぐな熱を失ってしまったのだろう。
次に会いにくるときは、きっとまだ、その前の静雄だ。だがその次は?
「シズちゃん、ねえ……」
困惑している幼い静雄の肩に、額を預ける。何度も貪ったはずの体温が、臨也を苛み続けている。
「臨也」
何故か追い詰められている臨也を慰める術など知らない静雄が、困惑しながら、それでもどこかやわらかく臨也の名を呼ぶ。
臨也はどこかで間違ってしまった。もう戻れない過ちの道をたどってしまった。それなら、もう高校生のこの静雄がずっと眠っていられるよう、静雄を抱くことをやめればいい。それなのに、静雄に触れることをやめられない。それに。
「……シズちゃん」
他に言葉を知らないかのように、その名を繰り返し呼ぶ。
不器用な静雄は、どうすればいいのか分からずに、臨也の髪を軽く撫でた。そのしぐさに胸が熱くなり、目の奥がぐっと痛んだ。
ああ、本当に馬鹿なことだ。臨也は思う。もう戻れないと知っているのに、もう先もないと知っているのに、それでも、またあの熱のこもった瞳で見て欲しいと、そう願っているなんて。


(ユアズ・シンシアリ)
(2012/04/02)






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