フォエニケ・ラプソディー | ナノ


ふたりで山中を歩きながら、いろんな話をした。と言っても、静雄はあまりよくしゃべるタイプの人間ではないので、主に口を開いていたのは臨也だが。静雄は臨也の言葉にときおり相槌を打ったり、あるいは舌打ちしたりしていた。
だがひたすら歩き続けていると、人間やはり多少疲れてくるものだ。歩きはじめてどのくらい経った頃か、静雄がぽつりと呟いた。
「あとどんくらい、逃げてりゃいいんだ……」
「さあね。君が携帯を投げてきちゃうから、四木さんとも連絡とれないし。向こうがどうなってるのか、さっぱり分かんないよ」
「手前も携帯置き忘れたんだろうか」
同罪だ、と静雄は言う。情報屋が情報を入手するツールを手放したということは、実のところ静雄が武器として携帯電話を投げた、という以上に致命的に思える。だがその面白くない事実から敢えて目を背けて、「俺は四木さんの携帯の番号覚えてるけど、君は違うでしょ?」などと言ってみる。静雄は無言だった。
「あの店にもどれっかな……」
山中をだらだらと歩きながら、静雄がそんな声を漏らす。バーテンダーとして勤めていたあのバーに再び戻れるのか、ということだろう。
珍しいな、と臨也は思った。静雄と知り合ってからの時間はけして長くはないが、臨也の知る限りで静雄は弱音を零すような人間ではない。それを聞く相手が臨也とくれば、なおのことだろう。常とは異なる静雄の様子に、臨也は何故か、少しだけ慌てた。
「いっそこのまま粟楠会に入っちゃえば?」
馬鹿力しか取り柄のない君には天職じゃないの、と言ってやる。静雄が苛立ったような舌打ちを零す。臨也自身も、あまり気分はよくなかった。その理由を考えて、静雄が不安の声を零しても憎まれ口を叩くことしかできない自分への苛立ちだと気付く。馬鹿みたいだな、と思った。気付いたところで、慰める言葉も口にできない自分が、一番馬馬鹿みたいだ。
「……でも、君がカクテル作ってる姿は、……わりと、嫌いじゃないよ」
言ってから、何を言っているんだ、と自嘲する。脈絡もないし、慰めになるとも思えない。だが静雄は動きを止めた。はっきりと、驚いている気配が伝わってくる。
「ナイフの使い方はなってないけどね」
場を取り繕うようにそう憎まれ口を付け足すと、ようやく静雄は小さく「うるせえな」と答えた。
「あの店、長いの?」
「長いってほどでもねえけど」
静雄が続けてきた職歴としては一番長い、ということらしい。バーテンダーの仕事についたのはその店が初めてだということだが、弟がバーテン服を数十着贈ってくれたので、バーテンダーという仕事にそれなりに愛着を持っているらしい。
「あの仕事は、嫌いじゃねえな」
北極星を目印に歩きながら、静雄がぽつりとそんなことを言う。そうなのだろう、と臨也も思う。だから静雄は、あの仕事に戻りたいのだ。
「その辺は、何とか四木さんが融通きかせてくれるんじゃないの」
実のところ、まったくそんな保証はないのだが、気休めに言ってみる。まあ四木はあれでかなり静雄のことを気に入っているようなので、実際に取り計らってくれるかもしれない。
静雄は「これ以上あの人に迷惑かけんのもなあ……」などと言っているが、現在の状況に鑑みれば、もう少々我儘を聞いてもらってもいいくらいだろう。
「……なんとかなるんじゃないの。まだ俺も、君の作ったカクテル、まだ飲んでないし」
「あ! そうだ手前、結局あのカクテル飲まなかったのかよ!」
数日前、臨也が携帯電話を渡すため、静雄のバーに行ったときに注文したあのカクテルのことだ。
「誰かさんが携帯電話を置いて逃走し始めたせいで、カクテルを飲むような優雅な状況じゃなかったよ」
あのときは、静雄に差し出されたカクテルグラスを手にした瞬間に、例の組織の人間たちが闖入してきた。その後すぐに静雄は逃走に入り、臨也は置き去りにされた携帯電話を静雄に渡すために慌ただしく追った。だから、結局静雄の作ったカクテルは口にしていないのだ。
「だから、次こそは君のカクテル、飲まないとね」
「……そうかよ」
静雄の表情は暗くて窺えないが、声は満更でもなさそうだった。臨也はそのとなりで小さく自嘲する。
好きだ、と自覚してしまうと厄介なものだ。自分より背も高い単細胞なこの男のそんなちょっとした感情の動きが気になって、妙に可愛らしく思えたりもする。あのバーで静雄にカクテルを頼んだ時は、仕事とは関係ない場所で再び静雄の作ったカクテルを飲みたくなる日が来るとは、まったく思ってもみなかった。不思議なものだ。
妙な感慨を覚えながらもだらだらと歩いていると、ふと、近くで、暗闇の中、影が動いた気配がした。臨也は反射的に身構える。静雄もそれに気づいていたようで、動きを止めている。
「おい……今の」
「……狸じゃないの。……やつら、夜行性だし。あるいは、フクロウとかね」
気配からいって、少なくとも人間ではなさそうなので、追手という可能性はない。だが静雄は、警戒をゆるめなかった。
「あれえ? もしかしてシズちゃん、怖いのお?」
体を強張らせたままの静雄に嫌味ったらしく問いかける。この怪力男は、おかしなところで妙に人間臭い。
「……っせえな。んなわけねえだろ」
「ああそういえば、この辺って首吊りの自殺者多いんじゃなかったかなあ。……彷徨って出ちゃうかもね」
そんな事実はまったく確認していないが、適当に作り上げて言ってみる。案の定静雄は、更に体をぴきりと固まらせてから、「て、てめ、そんなことあるかよ!」と怒鳴る。声にまったく余裕がなかった。
どうかなあ、と臨也がからかいを帯びた声で言いかけたその瞬間だ。黒い影が、目の前を素早く走りぬけた。
「うわっ」
「…………」
「…………」
ふたりの目の前を横切ったそれは、またガサガサと音を立てて茂みに消えて行った。ネコよりも大きく、イヌよりも小さいくらいのそれは、彷徨う霊などであるはずもない。
「……狸だろ」
「……そうだね」
「……臨也くんよお」
「…………何かな?」
妙な沈黙を破って、静雄が重々しく口を開く。
「手前さっき、うわ、って……」
「気のせいじゃないかな?」
「じゃあこの手はなんだよ」
無意識のうちに、静雄の腕のあたりを掴んでしまっていたらしい。指摘されて離すのもなんとなく癪で、そのまま握った指先に力を込める。
「シズちゃんが怖くないように、と思ってね」
苦しい言い分だと思ったが、静雄は臨也の手を振り払わなかった。そもそも、臨也としては驚いて声を上げてしまったが、別に恐怖があったわけではない。断じて怖いから声を上げたわけではない、と言い訳する。
「……別に、俺は怖くねえよ」
静雄がぽつりと言った。若干強がっているようにも聞こえたが、実際に先ほどより幾分か落ち着きを取り戻しているように感じた。静雄は立ち止まり、夜空を見上げている。深い色に、いくつもいくつも星が瞬いている。「星も見えるしな」
それから静雄は少しだけ、星の見える帰り道について、話をした。夜道は苦手だったということ。冬は特に、日が落ちるのが早い。そんなとき静雄は、弟の幽から聞いた方法で北極星を探し、そればかりを見て歩いた。そうすると、弟が傍にいるように思えた、と静雄は語った。臨也はやはり、多少おもしろくない。
「今はこんなに東京から離れてて、君のその帰り道じゃない。それでも、弟が傍にいるって思うの?」
これは若干意地の悪い言い方だ。だがその奥に隠された嫉妬などに気付くはずのない静雄は、不思議そうに「あ?」と声を上げる。
「今は、幽が教えてくれた星が見えるし、手前がいるだろ」
「……は?」
「手前みたいにうぜえのが傍にいるのに、今更怖がるのも馬鹿らしいだろ」
怖がっていたのはひとり夜の道で迷っていたからだと静雄は言った。
「……ねえ、それって」
今は俺が傍にいるから怖くないってこと?
そう尋ねようとして、しかし臨也は口を噤んだ。聞いたところでどうせ静雄は否定するだろうし、せっかくそう悪くない静雄の機嫌をわざわざ損ねるのも今は避けたい。
言葉は続けずに、臨也は再び空を見た。どこまでも暗い夜空の中で、いくつも星が瞬いている。妙に心が浮き立っていた。
「星、きれいだね」
「あ? なんだ突然」
気持ち悪い、と静雄は大層失礼なことを言う。だがそんな暴言も今は気にならなかった。臨也が静雄のような男といて、こんな上機嫌で過ごすことができるというのだから、恋というのは偉大だ。
「こんな星空は、東京じゃなかなか拝めないからね」
「……胡散くせえ」
平和島静雄というのはしみじみとロマンティックを解さない男だ。もっとも、臨也とふたりきりのこんな山中で、甘い空気を読めと言うのも無謀な話なのかもしれないが。臨也は言葉を続けた。
「……このままずっと、この星空の下を歩いていくのも悪くないと思わない?」
あの星に向かってね、と言いながら、臨也は周りの星に比べてほんの少しだけ明るい星を指さす。静雄が臨也に示した星、北極星である。
「何、言って……」
さすがに妙に甘ったるい臨也の言い回しに、鈍い静雄も悟るところがあったらしい。戸惑っている気配があった。
「ねえ。このままあの星に向かって歩いたら、どこにたどり着くと思う?」
引かれてばかりでも困るので、多少声音を柔らかくして問いかける。静雄はやはり困惑したように沈黙してから、知らねえ、と答えた。臨也は呆れてため息を吐く。
「君はほんと、想像力が欠如してるよねえ。空気も読めないし、情緒のかけらもない」
「あぁ?」
さすがに怒り出した静雄を無視して、臨也はさらに言葉を続ける。「俺は」
「……んだよ」
「俺は、海があると思うよ。北の、深い色をした海。昼に見たあの海よりも、もっとずっと深い色の海だよ」
ここが島国日本である限り、東西南北いずれに向かっても最後にたどりつくのは海だ。それは当然のことだが、何故か言葉にしてみたくなった。臨也の言葉に同意することなど稀な静雄も、今度ばかりはだまって臨也の隣りで星空を見上げている。
「君はどうせ池袋からあんまり離れたことがないんでしょ? 北の海、見たいと思わない?」
「……それは」
「そこまで行ってみるのも、なかなか悪くないでしょ」
静雄はやはり、何も答えることはしなかった。だが折よく、臨也は先ほどから静雄の腕を掴んだままだ。その腕を引いて、北極星が示す方角に向かって再び歩み始める。すると、ややあって静雄が控えめに、「そこには酒、飲める場所あるか」と聞いてきた。
「は? お酒?」
「手前が前に飲まなかったジントニック。そこで作ってやるよ」
あのくらいなら、バーじゃなくても作れる、と静雄は言った。存外に楽しげな声だった。
「……ああ」
臨也は珍しいことに純粋に驚いて声を上げた。
静雄の働くバーに行ったときは、適当な酒をオーダーしただけで何のカクテルを頼んだのかさえ覚えてはいなかった。それでも、静雄はそれを覚えていたらしい。一介のバーテンダーとして客の好みを記憶していたのか、それとも何か臨也について記憶に引っかかるところがあったからなのか。
「いいね」
応じる臨也の声も、幾分喜色が混じっていた。夜空には星が瞬いていて、自分たちは北極星の明かりを頼りに地の果てを目指している。そしてその星明かりを頼ってたどり着いた果ての地で、静雄の作った酒を飲む。悪くない、と臨也は再度思った。


だから、北極星を中心に星がゆっくりと巡り、やがて夜が終わってあたりが朝日の光に染まってきたときは、少しだけ残念なようにも思われた。
だが、木陰で休んでいた静雄が顔を上げて、幼げで眠たげな顔でその朝の日差しに小さく目を細めているのを見ると、ああ朝も悪くない、などと思ってしまうからやはり臨也というのは自分が思っているよりずっと安直な人間だったらしい。
「たぶん、もうちょっとで国道にぶつかるはずだよ」
朝になって人も行動を始めているからか、車のエンジン音をかすかに聞いた。静雄もそれを感じているのだろう。目をこすりながら立ち上がる。
「行くか」
「そうだね」
眠たげに目を擦っていた静雄が立ち上がり、朝日が漏れる森を再び歩き始めてから、数十分も経っていない頃、静雄が小さく鼻をならした。野生の獣が危険を察知したときにする仕草とよく似ている。
臨也も、息を動きを止めて息を潜め、耳をそばだてた。複数の気配が、近くにある。
「……おい」
「わかってる」
背後からは気配はない。単純に、森と国道がぶつかるあたりに例の組織が人員を配置していたと考えるのが妥当だろう。少し冷静に考えれば、これはあり得そうな話だ。臨也と静雄の姿を捜して森をがむしゃらに歩き回るよりはその方がずっと手っとり早い。
臨也は小さく舌打ちをした。言っても詮無いことだが、こんな状況で敵を迎えたくはなかった。静雄と臨也はほぼ一晩歩き続けて疲労困憊だ。昨日のように撃退して逃げられるとも思えないし、何より人数が昨日よりも多い。ダンプカーよりも馬力のありそうな静雄をもってしても、この危機を乗り越えられるか。
だが止まっていても、明るくなってきた今、相手に見つかるのを待つばかりだ。
「突破できるか?」
幾分声に緊張をにじませて静雄が尋ねてくる。本当のことを言うなら、それは無理なように思われた。だが、他に打開策も見あたらない。
「シズちゃん、足速い?」
「手前よりは速いんじゃねえの」
「あのね、こう見えても俺、中学高校とずっとリレーの選手だったんだよ」
「…ああ。そうだな、手前、逃げ足だけは速そうだ」
お互いにまだ憎まれ口をたたき合うだけの余裕はあるらしい。顔を見合わせてから、互いに唇のはしを持ち上げて笑った。
「君はほんと、腹の立つ男だね」
「手前にだけは言われたくねえな」
「一度、腹を割って話し合わないとだめかな?」
「手前とか? はっ、殴り合いか殺し合いかになるだけだろ」
「それも悪くないね。ここを無事に乗り越えられたら、存分に殺し合いでもしようか。……ね!」
狙ったわけではなかったが、結果としてはほぼ同時に駆け出すことになった。
いたぞ、と知らない男の声が森に響く。止まれ、という怒声を無視して走り出すと、複数の人間が駆けだした二人に向かって走ってきた。臨也は懐からナイフを取り出し、ふたりの進路を塞ぐように立ちはだかる男たちに向かって投げる。小さく悲鳴を上げながら男たちが避けたその隙間を臨也と静雄は駆け抜けた。
どこかに車が停まっているなら、またそれを奪って逃げるか。もっとも、またキーがうまく刺さったままになっていたら、という条件付きだが。何とかなるだろう。楽観的にそう考えたそのとき、体が前にのけぞりそうになるほどの轟音を聞いた。銃声だ。反射的に動きを止めて振り返る。ひとりの男が、拳銃を空に向かって構えていた。今の銃声は、威嚇のために空に向かって撃ったのだろう。男はすぐにその銃口を臨也と静雄に向けてきた。
「動いたら次は撃つぞ!」
臨也と静雄が動きを止めたことにより、まわりにいた男たちが一斉に飛びかかってくる。
「あー、くそ!」
ここで捕まったらすべてが終わりだ。それを静雄も察しているらしく、腹立たしげに舌打ちしている。臨也はコートの内ポケットを探り、ナイフの柄を握りながら静雄の顔を見た。残るナイフは、二本。静雄と目がかちりと合う。
「ほんと、君といると何一つ思い通りにならないよね」
「手前の計画が杜撰なんだろ」
「言ってくれるよ…」
憎まれ口をたたき合ってから、一度だけ強い目線を送る。静雄は臨也の意図を察したようにほんのわずかに頷いた。それを確認して、臨也は思いきりそのナイフを、銃口をこちらに向ける男目指して投げた。男が慌てて避けるように転がる。その隙に、静雄は自分と臨也のまわりにいた男を全員なぎ倒していた。
それを見て、少し離れたところにいた男たちが慌てたようにこちらに向かってくる。幾人かは懐に手を入れて、拳銃を取り出そうとしているように見える。
照準を定められる前にと臨也と静雄が身を翻したその時に、エンジン音が聞こえてきた。見ると、黒塗りの車が臨也と静雄のいる森と車道の狭間に向かってきている。敵の加勢か、と舌打ちをしかけたが、フロントガラス超しに見えた運転席の男の顔に見覚えがあった。四木の側近の男だ。
「粟楠会の奴らだ!」
そう叫んだのは臨也でも静雄でもなく、例の組織の男たちだ。臨也と静雄は目を見合わせて、加勢に来たらしい車に飛び乗ろうとする。その時、臨也の視界の端で、いち早く一人の男が銃口をこちらに向けたことに気付いた。正確に言うなら銃口の先にいるのは臨也ではなく、静雄だ。
「――シズちゃん!」
反射的に彼の名を呼びながら、思いきりその身に体当たりをして銃口の先から逃そうとする。結果、銃声が鳴り響くと同時にふたりとも体勢を崩してアスファルトに転がった。チリッと臨也の左の腕に焼けつくような痛みが走る。弾がほんのわずかに掠めたのだろう。
「臨也!?」
すぐに事態を察したらしい静雄が焦ったような声を漏らす。腹立たしい男だが、この男の口から出る自分の名前というのは、悪くない。そんな場合ではないのに痛みをこらえながらそんなことを思っていると、ばたばたと他の男たちが臨也と静雄を確保すべくこちらに近づいてくる気配がした。粟楠会を前にして、ふたりを先に確保して人質にでもしようと思ったのだろう。
だがそれより先に、静雄が立ち上がっていた。一番近くにいた男を文字通り投げ飛ばし、臨也の傍から離れる。予想外の行動に目を見開く臨也をよそに、静雄はあの強い目線を、自分たちに近づいてくる男たちに向けていた。
「おい! 例の証拠の場所、知ってんのは俺だけだ!」
静雄がそう声を張り上げたので、臨也は目を見開く。ついで、鋭く舌打ちした。静雄の行為は、敵を臨也から自分に引き付けるためのものだったのだろう。そしてそれは見事に成功した。冷静さを失っていた組織の人間が、一斉に静雄に銃を向け、あるいは静雄の身柄を確保するために動く。静雄はそれらを一瞥してから臨也に視線を向け、そのままふいっと顔を動かして車道に出た。
丁度そのとき、一台のトラックが走ってくる。トラックの運転手は、不自然に道端に止められた黒塗りの車に気付いているのだろうが、その奥と森で抗争が勃発していることには気づいていないのだろう。そのまま通り過ぎようとする。静雄は軽く助走をつけて、その車を追い、曲がり角でトラックがスピードを弛めたその瞬間に、荷台に飛び乗っていた。
「あいつ……!」
組織の男が走り去るトラックに銃口を定める。臨也は腕に痛みが走るのを無視して、その男の腹に膝頭をめり込ませて射撃を阻止する。
「折原さん、とにかくこっちへ!」
強く呼びかけられて振り返ると、臨也のまわりに集まっていたはずの組織の人間が倒れ、代わりに四木の側近の男が臨也の肩を掴んでいた。注意が静雄に向けられたその隙に、黒塗りの車から粟楠会の男たちが出てきて組織の人間を地に沈めていたらしい。
「あのトラック、追って!」
「分かってます!」
側近たちが乗ってきた車に乗り込んで指揮する。車はすぐに発車したが、トラックが進んだ方向に向かうと、やがて交差点にぶつかった。フロントガラスから見回しても、トラックの姿はない。どの方角に向かったのか、分からないのだ。
静雄は携帯電話を手放している。連絡を取る手段はない。
このままふたりで進もうと、そんな話をしたのはほんの数時間前だ。それがこんな形で離れることになるというのは、想定外だ。想定外に悔しく、妙な不安に急き立てられる。
「……くそ!」
細かく震えが走る指先をぎゅっと握りしめて、臨也は低く吐き捨てた。


(フォエニケ・ラプソディー 7)
(2012/02/16)





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