結局、臨也が調べてみてわかったことは大きく分けて4つだ。 四木の部下の男二人はなんとか無事だったこと。このレンタカーのナンバーが相手の組織にばれているということ。あの遊園地の駐車場が粟楠会の取引に使われている場所だということが、この組織に知れてしまっていたということ。そして相手の情報能力はなかなか侮れないということである。 今回は、おそらく臨也たちの車に追いつけなかったためにあの取引場に踏み込んできた組織の人間が少なかったから逃げられたが、もしもう少し多くの人間が攻撃してきたなら、今こうして無事にいられたかわからない。 そのことを理解しているのかどうなのか、静雄はぼんやりと窓から外の景色を見ていた。雨粒が、ガラスをたたいている。この男は、本来はおとなしい性質のようだが、それにしても緊張感が足りない。 いずれにしても、ナンバーを知られている以上、この車を使い続けることは危険だ。とにかく新しい車に乗り換えねばならないだろう。 「で、これからどうすんだよ」 静雄が尋ねてくる。今後のことを言っているのだろう。確かに、いつまでもこの駐車場にいたら例の組織に捕まるのを待つだけだ。臨也はギアをドライブに入れて車を発進させた。多少急な発進となったが、今度は静雄は文句は言わなかった。 「とりあえず、もう少し離れてから車を換えるよ」 「四木さんとは連絡したんだろ? 俺のことは、どうするんだ」 「今は粟楠会の方もまだ混乱してるみたいだからね。後でまた連絡してくるでしょ」 思い切りハンドルを切って、細い道に入る。高速道路では、ジャンクションを例の組織の人間が張り込んでいる可能性があったので、一般道の方が安全だと踏んだのだ。 雨はだいぶ小降りになってきている。この分ならまもなくあがるだろう。 車の通りの少ない道を、さらに人里から離れた方角に向かっていくと、窓から見える景色も緑ばかりでずいぶんと寂しいものになる。景気付けにラジオでもつけようかとしたところで、静雄がふ、と息をついた。 「早いうちに、俺と離れた方がいいんじゃねえのか」 「君を粟楠会に渡すかどうかは、あとで四木さんと連絡してから決めるよ」 「一緒に行動してると、やべえんだろ」 また先刻のように命が危険に晒されるということだろう。静雄は単純で単細胞だが、それがわからないほど愚かではない。 「今更だよ。どうせ俺も、もうターゲットとしてロックオンされてるみたいだしね。それに、目を離すと君は何をしでかすかわかったもんじゃないし」 だから別に急いで離れる必要性もない。そう主張していると、なんだか無理に傍にいる理由を探しているような気分になった。 「別に、もう無茶しねえよ」 「信用できないね」 「しねえっつってんだろ!」 いらだったように静雄が怒鳴る。臨也は「どうだか」と大げさに肩を竦めた。「手前」と静雄は低い声を出したが、一つ大きく息を吐いて気を落ち着かせたようだった。 「……手前の仕事の邪魔になることは、しねえよ」 その言葉に臨也はちらりと助手席に座る静雄の様子を窺う。彼は、気まり悪げに窓の外を見ている。 殊勝な心がけだと笑ってやろうとして、失敗する。 それは臨也が、静雄を守ると言ったことに対する雄なりの誠意の言葉だったのだろう。むず痒いような、嬉しいような、それでいて少し切ないような、そんな感覚に襲われて戸惑う。 妙な沈黙に耐えかねて、臨也は再び、車のナビ画面の下に手を伸ばし、ラジオを付けた。今走っているのが山の中のためか、電波状態が悪いらしくノイズばかりでなかなか音が入らない。何度もチャンネルを回しているうちに、ふとそれまで山ばかりだった道が開けた。 「海だ」 呟いたのは、静雄である。見ると、確かに左側に海が見えた。深い青が、向こう一面に広がっている。ずっと小降りだった雨も上がり、日が差し込んで、水面がきらきらと輝いて見えた。静雄が窓を開ける。潮の匂いのする湿った風が入ってきた。 「海だね」 意味のない会話だ。それでも言わずにはいられなかった。 道が開けたためか、電波状態がよくなって、ノイズばかりだったラジオの音が若干クリアになる。流れてきたのは、よく知られた洋楽だった。世界的に有名な映画の主題歌だ。リズムの良い音楽に合わせて、ベン・E・キングの少し掠れたような中低音が、サビであり曲名にもなっているフレーズを綴る。スタンドバイミー、と甘みの少ないハスキーボイスが何度も繰り返していた。 間がいいのか悪いのかは分からないが、とにかく今のこの空間に、この名曲がとても合っていたことは確かだ。 静雄を粟楠会に引き渡さずに、このままふたりでどこまでも逃げてしまうのも悪くない、と思ってしまう程度には。 ○ それなりに甘ったるい雰囲気は、しかし長くは続かなかった。 緊張が走ったのは、もう日もすっかり傾いて、あたりが暗くなり始めた頃だった。くねった山道を進んでいるうちに、ふとバックミラーに後ろを走ってくる不穏な影が映りこんだのだ。ハンドルを握る手に力が入る。他に車の影がないこの道は、左側は崖になっている。できればここでカーチェイスを繰り広げたくはなかった。 「なんか、来てるな」 さすがに静雄も若干声に緊張がこもっている。臨也はアクセルを踏み込むが、くねった山道だ。それほどスピードは出せない。長らくペーパードライバーを続けてきた臨也が、その車に追いつかれるまでそれほど時間はかからなかった。すぐ真後ろを、黒いスポーツカーがつける。あからさまに、敵意を向けられていた。乗っているのは例の組織の人間と考えて、間違いはないだろう。 「マセラティで国産車追いかけるとかさあ、ちょっと大人気ないよね!」 文句を言いながらアクセルを踏み込むが、イタリア製の高級スポーツカーがこの車に速度で劣るはずもない。 「おい、もっとスピード出ねえのかよ!」 横で静雄が怒鳴る。それに「このまま崖から落ちてもいいなら出すよ!」と答えたその瞬間、車全体が凄まじい衝撃を受けた。バッグミラーで確認するまでもない。マセラティに追突されたのだ。 体勢を立て直す暇もなく、また衝撃が車を襲う。それにハンドルを取られ、たまらずブレーキを踏んだ。急ブレーキの嫌な音が響く。臨也が急ブレーキをかけたことにより、もともと車間距離がほぼ0だったマセラティがまた車の後部にぶつかって、どちらの車も止まった。 「シズちゃん! 逃げるよ!」 相手の目的は、臨也と静雄の車を破壊して二人の足を止め捕まえることだろう。車はもうほぼ動かせない状態なので、走って逃げるしかない。静雄は頷いてシートベルトをむしるように外した。 左側が崖なら、右に逃げるしかない。右側はうっそうと木の生い茂る山の中だったが、崖よりは幾分ましだろう。 当然、マセラティに乗っていた人間もばたばたと降りてくる。乗っていたのは、どうやら3人だったようだ。うち2人が拳銃を手にしている。残りの一人も、懐あたりに銃を持っているのかもしれない。 「とまれ! 撃つぞ!」 銃を構えながら追っ手の一人が怒鳴る。臨也と静雄は同時に舌打ちして、とにかく太めの木の影に隠れた。 「おいノミ蟲、手前は飛び道具持ってねえのか」 「ナイフならあるけど。投げれば飛び道具だよ」 「もっとこう…銃とかよお」 「贅沢言うなよ。シズちゃんこそ、持ってないの?」 「何で俺が銃なんて使うんだ?」 「……そうだったね」 この男はそもそも自身の体が最強の武器なのだ。飛び道具など必要がない。だが近距離での肉弾戦が厳しい今の状況では、静雄もどうしようもない。 会話をしている間も、追っ手の男たちが近づいてくる。臨也は懐のナイフを一本取り出した。静雄は足元に視線を向けている。恐らく、手軽に投げられる石などを探しているのだろう。だが、石というのはどこにでも転がっているようでいて、いざ探していると手ごろな大きさのものはなかなかないものだ。 山中に、似合わない銃声が響く。恐らく威嚇で当てるつもりは端からないのだろう。それは、臨也と静雄がいる木の影とは別の方角に飛んで行った。だが、安堵している余裕はない。臨也は木陰から躍り出て、即座に狙いを定めてナイフを投げた。それは過たず、銃を持っていた男の肩に刺さり、短い悲鳴があがった。急所は一応外したし、浅手のはずだが、これでしばらく銃は持てないだろう。だが別の男が、臨也に向かって銃を構える気配がした。 舌打ちしながら身を翻らせると、今度は静雄が木陰から躍り出てきて、何か手のひらを丸めたくらいの大きさのものを投げた。人間離れした静雄の腕力で投げられたそれは、臨也の優れた動体視力でも追えないほどの速さで飛び、銃を構えていた男の脇腹に当たる。うめき声を上げて、男が倒れた。この男も、しばらく起き上がることはできないだろう。 残る1人は多少ひるんだ様子で固まってから、慌てて銃を構えようとしたが、すでに臨也と静雄は木陰から飛び出していた。瞬発力のある臨也が、男の後ろに回り込んで銃を持つ手をひねりあげる。そして次の瞬間に静雄が、その男に頭突きを食らわせていた。これはひとたまりもない。男は声もなく意識を飛ばした。 臨也が最初にナイフを刺した男がまだ意識があるが、構っている暇はない。恐らく、別の追っ手がすぐに来るだろう。 「戻るよ!」 「分かってる!」 声を掛け合って、先ほど離れた車のある車道に戻る。 ぶつかった状態で止まっている二台の車を見て、臨也は迷わずに、ここまで乗ってきた国産車ではなく、後ろのマセラティの運転席に飛び乗った。乗ってきたレンタカーは後部が大破していたからだ。 静雄も遅れずに助手席に乗り込む。スポーツカーの運転席に乗るのは初めてのことなので多少戸惑ったが、臨也はなんとかエンジンをかけて車をバッグさせ、ここまで乗ってきた国産車をよけてからギアをドライブに移して前進させた。いくら高級車と言えど、先ほどのカーチェイスでフロント部分がかなり傷ついているため、街中は目だって走れないが、幸いしばらくは山道が続きそうだ。人通りがある場所に行きついたら、この車を乗り捨てて別の交通手段に頼ればいい。そう考えながら、臨也は思いきり高級車のアクセルを踏み込んだ。 しかし愉快な気分でアクセルを踏み込みスポーツカーを運転できたのは、ほんの短い時間だった。ほんの数分にも満たなかったかもしれない。 「最悪……」 「なんだよ」 「ガソリンがない……」 どうやら追手もかなり無理をして山道を飛ばしてきていたらしい。そうすると、どうしても燃料の消費が激しくなる。臨也と静雄を捕まえたら、その場で待機して仲間が来ることを待つつもりだったのかもしれない。だから体当たりという強硬策に出てまで臨也たちの車を停めたかったのだろう。いずれにしても、残りのガソリンの量では、あと15キロほどしか走れなそうだ。この車にはナビが搭載されていないのではっきりとは分からないが、今走っている道からして、あと15キロで人通りがある道に行きつくのは難しい。当然だが、こんな他に車の通りのない山の中にガソリンスタンドはない。 「……シズちゃん、ちょっと四木さんに連絡とってくれる?」 このままでは、山中で車が停まることになる。一応、どの道を通ってどこに向かうか、大雑把には四木にも伝えてあるので、あるいは臨也たちが敵に捕まるよりも早く拾ってもらえるかもしれない。だが、静雄は動こうとしなかった。 「ちょっと、シズちゃんってば」 「あー…、携帯、ねえんだ」 「は? どうして」 「……投げた」 「…………」 深いため息が零れる。先ほど追手と林でやりあったときに、静雄が何かを投げて応戦していたが、あれが携帯電話だったのだろう。森に転がっているにしては、ずいぶんと大きな石があったものだと思っていた。 「君の馬鹿さ加減には、呆れるばっかりだね」 「うるせえな!」 「人がせっかく君のために用意したものを、なんだと思ってるのかな?」 しかし言い合っている場合ではない。あたりはすっかり日が暮れて真っ暗になるし、ガソリンは底を尽きかけている。臨也は片手でハンドルを握りながら、もう片方の手で自身のコートを探る。そしてそのまま、しばらく同じ体勢で固まった。あるはずの携帯電話が、そこにはない。指先は虚しく布地に触れるだけだ。 臨也は冷静に考える。普段は携帯電話はコートのポケットに入れている。だが今日は、遊園地の跡地から飛び出して四木に連絡をいれたとき、四木から連絡が来た際に取りやすいよう、携帯電話をレンタカーのサイドボックスに入れたような気がした。レンタカーから降りた際はかなり焦っていたので、残念ながらそこから携帯電話を取り出すという考えには至らなかった。 「おい、手前まさか……」 平和島静雄というのは妙に察しのいい男だ。固まった臨也の様子に、今の状況を悟ったらしい。 「まあ、そういうこともあるよね」 「手前、散々ひとのこと馬鹿だのアホだの言っておいて……」 「アホとは言ってないよ。思ってはいるけどね」 「人のこと言えんのかよ!」 静雄が怒鳴る。完全に日が落ちて、フロントガラスの向こうに星が光り始めたのが見えた。 ○ 人工的な明かりのまったくない山中の日没後は、暗い。分かってはいたことだが、それはもうしみじみと暗い。暗い上に、若干肌寒い。 動かなくなった車に留まっていても、敵が追いついてくるのを待つばかりなので、臨也と静雄は車を乗り捨てて森へと入った。もう夜と言ってもいい時間のことである。 「ほんと、君といると何一つ計画通りに進まないんだけど」 「携帯に関しては手前にも責任があるだろ」 雇い主とは連絡が取れない。その上、都会に慣れきった人間が夜の森を歩くというのは、相当な困難を伴うだろう。だが、それでも何故か鬱々とした気持ちにはならなかった。こうなったらもう、とにかく進むしかない。 夜のうちなら、敵方も森の探索になど乗り出さないだろうから、できれば暗いうちに山を抜け、人里にたどり着きたい。 「マジで何にも見えねえなあ。どうすんだ」 「北に向かえば、国道にぶつかるはずだよ。その先に、街がある」 マセラティにはナビがなかったが、レンタカーにはあった。臨也はそれで地図を何度も確認している。その後マセラティに乗り換えて数十キロは走ったが、それでも今自分たちがどのあたりにいるかは分かった。 「手前よお」 「何」 「北ってどっちか分かんのか」 右を向いても左を向いても、鬱蒼とした木々があるばかりだ。だが、捕まる可能性があるのでマセラティを乗り捨てたあの道からは離れねばならない。ふたりとも、GPSが搭載された携帯電話は手放してしまった。本当に、何もかも思い通りには進まない、と天を仰いだときに、ふと活路を見出した。 木々の合間から仰ぎ見た空には、人里から離れているからこそ見える、満点の星が瞬いている。昼間に降っていた雨が嘘のような、見事な星空だ。 「北極星を目印にすればいい」 「……北極星」 「そう」 北限の近くに位置するその星は、地上から見るとほとんど動かない。そのために、大昔から旅人の道しるべとなる星として見られてきた。原始的だが、今はそのほかに手立てがない。 「で、手前、どれが北極星か分かるのか」 「それは」 臨也はもう一度天を仰ぐ。北極星は明るい星に分類されるが、おおいぬ座のシリウスやこと座のベガなどに比べると、地上から見た際の明るさはかなり劣る。一見して分かる星ではないはずだ。 「…こぐま座の尾の部分にある星だろ」 分からない、と素直に言うのが悔しくて、とりあえず知っていることを口にする。静雄はすぐさま、「で、どれがこぐま座だよ?」と尋ねてきた。やけに楽しげな声である。 「……君は、知ってるわけ」 「ああ、知ってるぜ。あれは見つけ方にコツがあるからな」 その楽しげな声音から、恐らく知っているのだろうとは思ったが、静雄に物を教わるというのは正直なところ、とても悔しい。だがそうとばかりも言ってはいられない。 闇の中で静雄が、天を見上げた気配が伝わってきた。臨也もつられて天を仰ぐ。暗い木の影の合間に、きらきらと瞬く星が無数に見える。暗い水底から、水面を見上げたような気分になった。 「今の季節ならカシオペア座が見えるな。カシオペア座なら、分かるだろ」 それは、Wのかたちに明るい星が並んだ、特徴的な星座だ。軽く顔を動かすと、すぐにそれは見つかった。静雄がその方角を指で示す。 「あの星座の、Wの字の下がった部分の二つの星を伸ばしてぶつかった点と、カシオペア座の真ん中の星を結ぶんだ」 普段はなかなか聞くことのできない穏やかな声で静雄が説明する。臨也は何も言わずにその声を聞き、静雄の指先が示す星空をじっと見上げていた。 「それで、その線をずっと延長させると、その先にある」 静雄の指先が、すっと動く。 その先を目で追うと、他の星よりも幾分明るい星に行きついた。 「ほら。あれが北極星だ」 ちかちかと、その星は静かに瞬いている。一度それと分かると、もう見失ったりはしないだろうと思われる程度には、明るい星だった。 「ふうん。シズちゃんにも知識ってもんがあったんだ」 「手前……」 素直に感心するのが癪で、馬鹿にするような声で言うと、静雄が苛立ったような声を上げる。それを無視して、歩き出す。静雄もすぐに隣を歩きだした。 「で、誰からの受け売りなの」 「……幽。弟だ」 「へえ」 「ガキの頃、引っ越ししてからはよく駅から迷子になってよお。改札を出て、北にまっすぐ進めばいいって教えてくれたんだ」 とくに夜、目印となるいろいろなものが見にくくなる時間に、静雄はよく迷子になった。 だが夜なら、春と夏なら北斗七星、秋と冬ならカシオペア座の位置から、北極星を探すことができる。都会でもそのくらいの星は見えるものだ。 駅から新居までは細かい道が左右に分かれるが、とにかく北極星を見つけて、それに向かって進めばいい。そう、賢い弟は兄に教えたという。自分が隣にいるときは、手を引いて一緒に帰ればいい。だが、一人きりのときにも迷わずすむようにと、弟はその方法を兄に教えたのだ。静雄はそれから、迷うことはなくなった。 暗い夜に、幽から教わった方法で北極星を見つけて、とにかくそれに向かってひたすら歩いていくと家がある。自分の家の灯りを見つけると、ずっとずっと探し続けて、ようやく目的地にたどり着けた旅人のような気分になったという。 それを語るときの静雄の声は、穏やかだった。ずっと先には、北極星が輝いている。臨也は、妙に悲しく、腹立たしかった。レンタカーの中で四木の話を聞いたときと同じような気持ちだ。静雄の心を占める別の人間の影に苛立ち、一方で彼の中の自分の存在の小ささに腹を立てる。 「おいノミ蟲、何してんだよ」 急に立ち止まった臨也を、静雄が不思議そうに振り返る。暗くてその顔は見えないが、ここ数日ずっと傍にいるため、今どんな表情をしているのかは、すぐに思い浮かべることができる。 「ねえ、シズちゃん。ちょっと俺の名前、呼んでみて」 「あ? なんでだよ」 「いいから、呼んで」 懇願を繰り返す。少しの間を置いて、彼は小さく息を吐いた。 「……臨也。行くぞ」 それだけ言うとすぐに静雄が歩き出す。臨也も、無言で歩き出した。歩きながら、暗い木々の合間から見える北極星の位置を確認する。きっともう二度と、その星の見つけ方を忘れることはないだろう。 隣を歩く静雄を感じながら、その星を見上げる。たぶん、もう否定することはできない。この男が、好きなのだ。そんなことを、思っていた。 (フォエニケ・ラプソディー 6) (2011/12/14) |