04
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「……ハル?」
『だ、大丈夫…!拾ってくれてありがとうございます、ジョニーさん。』
揺れる瞳でお礼を言うハル。小さなからだはかたかたと震え、ジョニーは心配そうに見るが、普段は見せることのない乾いた笑みに戸惑っているようだ。
「…ハル、ちょっと来い。」
『リーバーさん…』
手にした資料を置いてとぼとぼと寄ってくる少女。普段からきゃぴきゃぴした性格でもなかったが、子犬のように駆け寄って来ていた。
にもかかわらず今の彼女はあからさまに元気がない。何かがおかしい。
腕を掴み歩きだすと、何も言わずに着いてくる。掴んだ腕はちゃんと食っているのか心配になるほど細い。彼女にはもっと休憩をやらなきゃいけないな、なんて考えながら室長室へ向かった。
「やっちゃったか〜。」
「やっちゃったか〜、じゃないッスよ…。やっぱりあんたが突っついたんすね。」
へらっと笑うとリーバー君は困ったように頭を掻いた。ハルちゃんはうつむいたままで、表情も見えない。僕がごめんね、と謝るとふるふると頭を振るだけ。
「ラビもラビだな…。ハルが引っ込み思案なこと知っててあんなこと…」
『いいんです…。』
リーバー君の言葉を遮ったハルちゃんに僕らは驚いて目をまるくする。だってあの彼女が人の言葉を遮るなんて、今までじゃ考えられない。
「何がいいんだい?」
尋ねるとやっぱりうつむいたまま言った。
『私が悪いんです…。ラビさんの気分を害しちゃったみたいで。』
そこでやっと顔をあげてくれた彼女の顔には、無理矢理作った笑みが貼り付けられていた。それに気づいたリーバー君も、悔しそうに表情を歪める。
「ハル…おまえはなんで、…」
「そっか、なら仕方がないね。リーバー君と仕事に戻っていいよ。」
どうしてそんな風に笑うんだ、って聞こうとしたんだろうけど、それは僕が遮った。
それを聞いたら君はあの瞬間を思い出しちゃうから。きっともっと悲しい顔をしちゃうから。
僕らは君の笑顔が見たいのに。
『ご迷惑をかけてしまってすみません…。失礼します。』
そう言って出ていったのはハルちゃんだけで、リーバー君はじっと僕を見る。君は鋭いから気づかないでいいことまで気づいて、僕は大変だよ。
「室長…。ハルに何があったんですか?」
「さぁ…僕も知らないなぁ。」
「室長!!」
リーバー君の声が部屋に響く。彼がこんなに声を荒げるなんて珍しい。
「あの子はここに来て、町にいたときのような本当の笑顔を見せてくれましたか?あの子にとってここはホームじゃ…俺たちは家族じゃないんですか!?」
「それは違うよ…」
違うんだ。
あの町で見せていた笑顔ですら本物じゃないんだから…。彼女はあの時から…、家族を失った時に笑顔をもなくしてしまったんだ。
「あの子にはまだ越えなくちゃいけない壁がたくさんあるんだ。」
それを越えたらきっと笑ってくれる。ホームだと、家族だと言ってくれる。
「ハルちゃんを信じて待っていよう。僕たちは。」
リーバー君はまだ納得のいかないようだったけど、その場は退いて部屋を出てくれた。
彼女はまだ"黒の教団"のことを知っていない。
僕らが世界を守るため、"AKUMA"を相手にしていること。
リナリーたちエクソシストがそれと命を懸けて戦ってくれていること。
もうここから出られないこと。
そして、"AKUMA"が家族を壊したそれだということ。
あの子は知らないのに、人一倍頑張ってくれている。
リナリーが怪我をして帰ってきたら、あの子はどうするだろう…。相手が"AKUMA"だと知ったらどうするだろう…。
突然知らない場所に連れてこられて、彼女は文句ひとつこぼさない。辛いことがあっても涙ひとつ溢さない。
君が安心して泣けるように、安心して心から笑えるように…
…そうなる日を僕は祈るよ。