03
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「ただいまさ〜!」
「おかえり、ラビくん。お疲れ様。」
報告書を片手に部屋へ入ってきたラビくんは、何か嬉しそうでどうしたの、って尋ねたらにっと笑った。
「ハルは?どこにいるんさ?」
ああ…君もか、なんて思った僕は思わずクスリと笑ってしまう。僕らは彼女が気になって気になって仕方がないみたいだ。
「仕事中だよ。まだラビくんには馴れてないだろうから、驚かしちゃだめだよ?」
「オレには、ってコムイは大丈夫なんか?」
案の定、目をまるくするラビくん。
僕だけじゃなくて科学班のみんなもだよ、って教えると面白くなさそうにへこむ。耳がついてたら確実に垂れてるね。
「きっとハルちゃんのことだから、ラビくんが後ろに立つだけで驚いてイスから落ちちゃうよ。」
冗談だったんだよ。このときは。
僕の言葉を聞いてそんなことない、と部屋を意気揚々と出ていったラビくん。あの調子だと今からやってしまうみたいだ。
大人だと思ってたラビくんもやっぱりまだ子供だったんだね。
今日も相変わらずバタバタと忙しそうな科学班。オレはそんな中小さな少女を探す。
小さくて小さくて消えてしまいそうだけど、琥珀色の明るい髪は消えることがなくて難なく見つかった。
オレを見つけるときもみんなこんな感じなんかな?
コムイの言うようにひょいっと後ろに回って手元をのぞいてみた。意味の分からない文字がごちゃごちゃと並んでいて、さすがに驚いた。
こんなちっこいくせにちゃんと"科学班"をしている。
ピタッと動きを止めた手。ゆっくり振り向く彼女はそのまるい瞳でオレをとらえたらしい。
『っ……!?』
イスから落ちると同時に積んであった資料を崩してしまったようだ。『ああ…』と嘆く彼女はオレの足を見るなり固まった。
コムイの言った通りになっちまった。
座りこんだ彼女の表情をうかがうようにのぞきこむ。目が合った瞬間そらされた。
傷ついたさ…。彼女の性格なんだからしょうがない。けどジョニーには笑みをみせて、触れられてもぴくりともしない。
そりゃコムイや科学班のやつらとはずっと一緒にいたわけだから、馴れてきたのかもしれない。
けどそんなこと言ってたら"エクソシスト"のオレらは任務で教団にすらいないことのほうが多い。
これじゃいつまでたっても笑顔が見れない。あのとき見せた嬉しそうにはにかんだ表情を。
初めて会った時、となりにいたオレは髪の隙間から目を細めて嬉しそうに笑う彼女の笑顔が見えていた。
それはとても綺麗で純粋で、汚れてばっかのオレにはすごく神聖なものに感じた。
――バンッ
手にした資料をデスクに叩きつけると、騒がしかった科学班の動きが止まった。オレは構わず目の前の少女を見下ろす。
驚いて桃色の瞳をきょとんとさせ、オレを見上げる少女を。
「オレ、決めた。」
「何を?」
ジョニーの問いにもオレは彼女から目を放さない。
「こいつから話しかけてもらえるまで…オレはこいつと話さねェ。」
ハル・ジュール。
名前はもちろんオレのメモリーに残ってる。けどまだ呼んではいけない。まだだめだ。
悲しげ表情を曇らせる彼女に、胸のあたりがちくりと傷んだけどもう引き返せない。慌てて目をそらして向きを変える。
彼女が何かを言おうとしたのはわかっているのに、待たない。
君がオレの元に来てくれないとだめだから。
新聞が散らばったままの部屋、ベッドに寝転んでいると、ジジイが入ってきた。視界に入らないよう寝返りをうつ。
目の前には壁、けどジジイの視線に背中が痛い。
「ラビ」
「…何さ」
「貴様、科学班で暴れたらしいな。」
相変わらず情報が早ェジジイだ。もう耳に入ってやがる。
「暴れてねェ……ただ…」
「ただ感情を露にしただけ、か?…ブックマンJr。」
「っ……!」
「わかっておるのか?貴様は後にブックマンぞ。やってきた女子に惑わされるでない。未熟者め…。」
知っている。そんなことずっと前から言われてきたことだ。リナリーやユウ、アレンともそれなりの距離で接してきた。
けどハルは違う。近づきたいと思った。もっと本当の自分を感じてほしいとも思った。
「…わかってるさ。」
ポツリと溢した嘘の言葉が冷たい部屋に大きく響いた。