05
「今夜は冷えるな」
「三蔵」
場所は変わって宿屋に着いた一行は二部屋に分かれ休息をとっていた。
「…僕らが出会ってからもう三年経つんですねェ」
「何だ、あれからまだ三年か?あきれる程に長く感じるけどな」
「あははは、言われてみれば」
窓から外を見る八戒に声をかけた三蔵は、窓枠に背を預ける。同室となったハルはあれからずっと目を覚まさない。
「……ちょっと色々思いだしちゃったんで。…別に忘れてた訳じゃないんですけどね」
「…八戒」
おどける八戒に容赦なく告げる三蔵。
「お前がもしあの時の事に復讐という形ででも決着付けたいと思っているなら…、無理にこの旅に付き合うこともない。お前はお前の思う道を進めばいいんだ」
「そうですね…だけど、今ここにいるのもちゃんと僕の意志です………それに」
―――ばんッ
「さんぞーっ!やっぱ俺こっちの部屋がいいッ!!」
八戒の言葉を遮り部屋に飛び込んできたのはぎゃあぎゃあ喚く悟空と悟浄で、あっという間に部屋の雰囲気が変化する。
「コイツ寝てる間に足の裏に落書きしやがったんだぜ!?」
「こっちゃテメエのイビキがうるさくて寝れねーんだよ!!」
「俺ゼッタイ悟浄と同じ部屋はヤダかんな!」
「こっちから願い下げだ、サル!」
「サルってゆーな!!」
「じゃあ何だ!?バカか?バカだな!?」
「るせんだよッ!二日酔いに響くじゃねーか!黙らせるぞ、てめえら!!」
「「八つ当たりだーッ」」
騒がしい二人にズキズキ痛む頭を抑えながら怒鳴る三蔵。二人の言う通りただの八つ当たりだ。
『……は…かい』
「…?ハル?起きちゃいましたか?」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ彼らの声に目を覚ましたのか、ハルがぽつりと彼の名を呼ぶ。目を擦る少女はベッドに腰を掛けた八戒の服をきゅっと掴んだ。
「ハル?」
『あたしね、ただ…悲しそうだったの、覚えてる。』
「え?」
『あのとき窓から見えた八戒、悲しそうだったの』
とん、と頭を彼の胸に預ける。八戒は目をまるくしながらもハルの頭を撫でた。
「……」
『それがイヤで…でもどうしていいか、わからなくて…』
ぽつりぽつりと話すハルの言葉。それは八戒の胸にじわっと溶けていく。
『あたし、どうすればいい?』
見上げる蘇芳の瞳は不安定に揺れて、隣で話を聞いていた三蔵はぐっと息をのむ。普段のハルなら一喝して終わりだが、こう不安定な相手には滅法弱いのだった。
「大丈夫」
『……』
「大丈夫ですよ」
そう言い聞かせながらハルの背を優しく叩く。心地よいリズムに、再びうとうとし始める少女。八戒は嬉しそうに微笑み「ありがとうございます…」とお礼を告げた。
たった少しの変化に気づいてくれた少女。
彼女は過去を知っている。だからなのかもしれないが、それだけで心が軽くなったのは確かなことだった。
「三蔵」
「……どうした」
「この子たちのことも含めて…、……やっぱり"保父さん"がいた方が育児は楽でしょ、"保護者"さん?」
にこりといつものように微笑む八戒に、三蔵はフッと安心した笑みを浮かべた。
「……まったくだ。」