おはよう。
柔らかな声で言われた言葉に頬が緩んだ。扉を開ければ正面奥に置かれた大きな机を囲む様にいた3人。航海士と船長と副船長。思い思いの場所から、簡易のスツールに腰をかけていたり立っていたりと地図を見ている。そのうちの1人、シャンクスさんがこちらを見てひらひらと手を振った。
「おはよう」
「おはようございます、これ、ザックさんから皆さんにと」
「お、ありがとな」
その会話を聞き、他の2人が机に広げられた地図をまとめてスペースを作ってくれた。それに軽く礼を言って、コーヒー、トーストと置いていく。ザックさんに渡されたコーヒーには何もついていないからみんなブラックなのだろうか...?と思っていたら顔に出ていたのだろうか、ベンさんがブラックで平気だ、と言ってくれた。机にコーヒー、朝食を置き、ザックさんに言われた通り渡せたので長居は無用とばかりにじゃあ、と呟く。これからの航海を決める大事な話し合いなのだ、わからない者が居ても仕方ない。
「じゃあ、後でまた食器取りに来ますね」
「おう、悪いな」
「いえ、じゃあ」
そう言って踵を返す。ほんの少し後ろ髪を引かれる思いなのは、私がシャンクスさんに頼りきりだからなのだろう。しっかりしなきゃ。自分に言い聞かせて数歩先のドアに向かい、ドアノブに手をかける。
「名前...?」
「へっ...!?」
それと同時にすぐ後ろで聞こえたシャンクスさんの声と、肩を掴まれた感覚にびっくりしてドアノブから手が離れた。振り返ると逆に驚いたようなシャンクスさんが掴んでいる私の肩あたりを、見ていた。
「え?どうかしましたか...?」
「あ、いや...」
「シャンクスさん...?」
「名前...、お前」
歯切れの悪い返答に、こちらが戸惑ってしまう。持って来たものに何かあったのだろうか、とも一瞬考えたが、シャンクスさんの表情が昨日の自分と重なった。そうすれば自然と頭に浮かんだのは、あれだった。昨日の夜、私だけが気づいた事。もしかして、また?気づかれた?
「あ...」
さっと血の気が失せた。それを見た彼は眉根を寄せた。思わず目が泳いで、部屋の中が見えると、奥の2人もまた訝しむような、驚いているような、なんとも言えない表情を浮かべていた。
「あとで時間あるか?」
「え、と...」
「時間は取らせねェから」
真剣そのものの視線。初めて会った時のような、鋭さすら感じられるそれに、震えも感じながらおずおずと頷く。すると彼はその表情を崩した。柔らかくなった雰囲気に思わずほっと息を吐いた。と同時にこの後の事を考えて気が重くなったのもまた事実だった。
(彼に知られたかもしれない恐怖、安堵、戸惑い、全部が混ざって今私はどんな顔をしているのだろうか)