甲板に直座りでも、気候が暖かいからか寒さは感じない。時折、波で静かに揺れるのが心地よかった。2人しかいない甲板はやけに広くて、シャンクスさんから飲めるか?と差し出されたカップに、注がれたお酒を見つめると、カップの中に上手い事月が映り込んでいて、それを見た彼は良い酒が飲めそうだと笑った。一口飲むも、飲み慣れない度数の高いお酒に喉が熱くなり、お酒独特の苦みで眉が寄った。
「...さっきの続きだが」
彼もまた、盃のような器に手酌で飲みながら、ぽつりと呟いた。私は少し、肩に力が入ったがそれ以外には何もなかった。
「最初はもちろん、怪しい奴だと思ったぞ」
「でしょうね...」
出会いを思い出し少し顔が青ざめた気がした。それくらい、見知らぬ私に対する彼らは恐ろしかったのだ。私の言葉にシャンクスさんは悪かったなと笑っていた。その差が、私と彼の差なのだろう。あれを笑ってやり過ごすのに、私は色々なものが彼らと比べると足りていない。
「まァ...、でも反応見ても何聞いても要点を得ない。終いにゃ違う世界かもしれないときたもんだ。怪しさは満点だが、微妙に納得しちまう部分もあった」
「............」
「うちの船の奴らは、基本的には温厚だからよ。島に着くにも時間はかかるし、この様子なら監視さえ付けとけば大きな問題にならねェだろ、って思ってよ」
「え、私監視されてたんですか?」
「ははっ!そういう所が、無害だろうってなったんだよ」
新たな事実に驚いて声を出してしまうと、シャンクスさんは笑って私の肩を叩いてきた。
「島に着くまで監視付けてどっかに閉じ込めといても良かったんだが、どっから見ても普通のお嬢さんにそこまでするのはって部分もあってな。まァ...何人かは閉じ込めとけって言ってたが...」
苦笑い混じりでさらりと怖い事を言われながら、そうならなくて良かったと1人胸をなで下ろす。言葉が途切れ、横を見ればシャンクスさんは顎に手を当て少し考えてる様子だった。数秒の間の後に、はーっと息を吐き、頭をかいた。
「おれが名前に興味を持った」
少し、言い淀んでいたものの、はっきりと聞き取れる声量だった。気まずそうな雰囲気が、少しだけ彼を小さく見せた。
「もしそれが本当なら、すごいと思ったし色々と聞きてェとも思ってたんだが、そう思うのも悪いと思った」
「どうして...、」
「そりゃ...、一人きりは辛いだろ?」
シャンクスさんは目を泳がせながら言った。あんなにもしっかりと目を見て話すのに、そんな彼は初めてだった。ちらりと横目で私様子を確認し、私は続きを促すように口元を引いた。上手く笑えてるかわからないけれど。
「でだ、何かしら身体動かしてりゃ気分転換にもなるかと思ってたら、思った以上に良い働き具合だってなってな」
「私がですか...?」
「あァ、おれも含めてどっちかつーと大雑把なのが多いからな。細かい所に気を使う、なんてのが苦手なのが多いんだ」
確かにここ数日、多少雑務をやらせてもらって助かる、なんて言われる事がままあったがお世辞だと思っていた。今も半分は疑っている。
「特に繕い物は助かってるって言ってたな...。雑な奴がやると訳わかんねェ事になるからな」
「あァ...」
それは確かに記憶にある。力が強い事もあってか、洗濯で痛んだ数々の服は、補修できれば使えても、その補修が上手くないようで手間取っていた。だから少しでも出来る事を、と探していた私は進んでやった。とはいってもすごく立派に直したわけでもない。ボタンを付けるとか破れを縫うとか、本当に簡単な事だ。それでも量が量なので、得意な人の方が少ない船内では捌ききれず、結局手の空いた人がやって、何これ?な状態になる事も少なくなかったみたいなのと、単純にそう言った作業が嫌いな人は助かったみたいだった。
「それに加えて、何日か様子を見てても何も変な動きはなかったから今に至るってとこか?」
「私はてっきり、ここで降ろされるかと...」
「なんだ、降りたかったのか?」
冗談のように聞いてくるシャンクスさんに、まごまごと中途半端な返事しかできなかった。なんだろう、この不思議な気持ちは。
ここは違う世界で、私の存在はとても脆い。多少、役に立つとは言っていても、彼らにとっては船に乗せるメリットの方が少ないはずだ。
それなのに、気にかけてくれていた人が居て、私の存在を少しでも認めてくれた人が居た。
空は青々と広がって、海は美しく、島に降りれば活気があって、そこの生活があって。
私が来てしまったこの世界に、私の気持ちはあまりにも矛盾している。
ここに来て、涙が止まらないくらい優しい人達と出会えて、目が霞むほどに美しい世界を目の当たりにした。
帰りたいと強く願う私は確かに居るのに、この世界でしか出会えない美しいもの、見た事の無い物を見てみたいと思う自分も居る。
「わかんないなァ...」
「ん?」
「すっ...ごく、複雑です」
すとん、とあまりにあっさりと納得できた答えは、やはり複雑で、泣き笑いの様な顔をしてしまう私を見て、彼もまた難しい笑みを浮かべるのだった。
(この笑顔が、何よりも私達の気持ちを表しているのだろう)