ありきたりで、擦り切れるほど使い回された言葉だが、目が覚めたら病院だった。ただ、ほぼ無傷だった。目を開けたのは2日ぶりと短期間。事故に遭ったかと思ったが、遭っていないらしい。信号を見落とした車が青信号の横断歩道に進入、運転手は気づいてとっさにブレーキを踏み、その音に驚いた私は降り始めの雪に足をとられ転倒。打ち所が悪かったようで失神してしまったため、救急車で搬送されたものの、頭にたんこぶが出来た以外の目立った外傷もなければ異常も見当たらず、恐らく驚いて気絶した事と日常の疲れのせいかただたくさん眠っていただけという恥ずかしい状態だった。
「何ともなけりゃ退院だよ。手続きしてくるからね」
「お手数おかけします」
へらっと笑うと、じとっと見られた。それもそうだろう。娘が病院に運ばれたと聞き急いでくればこの有様なのだから。母が受付に手続きをしている間に少ない荷物をまとめつつ、無くなった物がないかを見る為にベッドから起き上がる。
夢だったのか。
母に向けていたへらりとした笑みが消えた。なんとも鮮明で、夢とは思えない事が、私には起きた。海賊なんて、夢物語だ。現代にはあんなイメージ通りの海賊なんて存在しない。でも確かに、私には記憶として、体験として残っている。夢から覚めたのに、まだこれも夢なのじゃないかと思ってしまうくらいにはリアリティがあった。
俯いて、顔の横に垂れる神の隙間からさす光の色が、今が夕方であると示していた。窓際だったベッドからは、少し顔を横に向ければすぐに外の景色が見える。窓の外に広がるのは都会の景色。近くの民家、少し離れたところにある高層ビル群が夕焼けを遮断して、届くのは光だけ。
見慣れた景色だ。
でも、心動かされるほどでは無い。
思わず涙が出そうになる事も無い。
こんなにもはっきりと、あの時の感情も思い出せるのに。
「なんだったんだろ...」
頭がぼんやりする。
理解の範疇を超えてるからだろうか。考えることをやめてしまったみたいだ。小さく息を吐きベッドサイドのバッグに手を伸ばそうとした時に、手のひらに伝わるかさりとした乾いた感触と音に驚いて手をあげる。
「は...?」
四隅を千切ったような繊維が毛羽立つ紙。手のひらに収まるその紙は、羊皮紙のように厚く、
一目見ただけで驚きで目が見開いたのを自分でもわかった。
「うそ、」
夢じゃないの?
「シャンクスさん...」
あの時と違い、ピクリとも動かないそれはただの紙切れだ。それでも、息をすることすら忘れてしまったんじゃ無いかと思うくらいに音は遠くに、その紙切れに集中していた。
「どっち、なの...?」
視界が滲んだ。
これはなに?
さっきまでの記憶は夢じゃないの?
夢じゃないなら、ここは私の世界で、シャンクスさんとは何一つ繋がってないんじゃないの?
疑問が、溢れた。
答えなんてないのに。
くしゃり、と握った手の中で紙が音をたてた。
(あなたと私は、まだ繋がっているの?)