夜風が心地よい甲板で、酔い潰れてうんうん唸ってる奴らを横目にベンが静かに口を開いた。


「本当にただのお嬢さんみたいだな」


煙を揺らがせながら言った言葉は名前の事だろう。昨夜は奇妙な侵入者にどうなる事かと思ったものだが、蓋を開けてみれば何ともない、力を持たないただの娘だった。
もちろん、疑いが全く晴れたかと言われれば答えは否だが、今日1日の様子を見る限りは人畜無害の平和な娘である。


「あァ、しかもすこぶる平和な所だったらしい」


昼間聞いた話では、名前のいた所に海賊はいないらしい。海賊どころか、一般人は武器の一つも持っていないと来れば、筋金入りの平和なお嬢さんだ。それが昨日、強面の男どもに囲まれ、かつ刃物をチラつかせていればあの反応にも納得いく。
そう言えば、ベンは少しばかり驚いた表情を浮かべる。


「なるほどな」

「銃だとか持ってると捕まるらしいぜ」

「そりゃ平和なこった」


ベンが鼻で笑った。
みんなが武器を持たず、無法者の恐怖に怯える事無く過ごせる日常。こちらからすれば、そっちの方がよっぽど非現実的で、想像し難い事だった。
同時に一抹の不安もある。ここは海賊船で、言うなれば無法者の集まりだ。もちろん、戦いを好む者はこの船には少ないが、それなりに迎え撃つ事は間々ある。その海賊船に、彼女を乗せていて良いのかと。


「...まだ島に着くにしても時間はかかる」

「そうだなァ...」


思わず黙り、考え込むとそれを感じ取ったのかベンが口を開いた。名前が船にいるのはここが海の上だから。一先ずの対応は船に乗せる以外に無いからだ。かと言って、今の所降ろすと言う選択は限りなく低いのだが。
それは彼女があまりにも無知だからと言うのも理由の一つだ。常識を知らな過ぎるかと思えば、そんな事は知っているのかと知識がちぐはぐなのだ。そんな状態で島で降ろしたとしてもどうこうするのは難しいだろうと踏んでいる。


「降ろした所で何も出来なさそうだけどなァ...」

「ま...、降ろすかどうかは置いといてあんたにとっちゃあ名前は興味の塊だ。囲った所ですり抜けてくかも知れねェが、害が無いと分かった時点で元より降ろすつもりもさほど無いんだろ」

「ベン...。お前なァ、もうちょっと違う言い方は無いのかよ」


呆れたような、面白がるような声に、ついじとりと目を細めた。囲う気なんざ無い、と。しかしながら興味の塊という表現はたしかにしっくりとしたのも確かだ。それが顔に出ていたのだろう、ベンが煙を吐きながら続ける。


「名前本人か、名前のいた所か。どっち見てるんだか知らんが、あんたの知らないもんを山ほど持ってるんだ。あながち間違っちゃいねェだろ?」

「...悪い冗談だな」

「どっちが」


ただの興味で、それ以上でもそれ以下でも無い。眉間に寄った皺が取れぬまま、暗闇に漂った煙を見ながら酒を煽る。
ベンは僅かに笑っていた。







(惹きつけるものは何か)












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