夜も更けて時計はもうすぐ真上をさすであろう時刻。宴はまだ続いているが、私自身はだいぶ前に先に抜けさせてもらい部屋に戻った。シャワーを浴びた時に、2日ぶりとは思えないほど久しぶりに感じた。ベンさんから貰った服に袖を通せば、確かに大きい。しかしながらそれは彼等の体格を見ていればわかるように、純日本人の私と比べればみんながっしりとした外国人体型なのだから仕方のない事だと納得する。指先まで隠れる袖をまくり、引きずる裾を折る。ボタンを一番上まで止めてようやく胸元まで隠れるくらいだ。お世辞にも柔らかいとは言えないベッドに腰掛けながら黙々と1人服の微調整をする。

しかし、甲板にまだいるシャンクスさんの存在が頭をよぎる。ベンさんにこの人の事は気にせず使って良い、と言われたので先に戻ってきたものの、本当に勝手にして良いのか悩むものである。昨日の事があるので良いじゃないかと思う自分と、ドタバタの中で意識を失うように一晩過ごした昨日と今日では話が違うと思う自分がいい感じに拮抗している。
そう、昨日は本当に意識を失うという表現がぴったりなほど眠る前の記憶が曖昧なのだ。夜食を何口かつまんで、目の前で話をしていたシャンクスさんが、来客を知らせるノック音に私に背を向けた所までは思い出せる。確か、目の前からいなくなった事で緊張が多少取れ、サンドイッチを紙で包み直して、息を吐いた。そこからの記憶が無い。仕方ないとは言えどれだけふわふわとした状態なんだ自分。そう昨日の自分に叱咤したい。

はァ...、と溜息を吐いた所で勢い良く扉が開かれて思わず飛び上がりそうなほど驚いた。赤い髪に負けないほど顔を赤くしたシャンクスさんがこちらを見ると、おー!そうかそうか、なんて1人で納得したような声を上げる。私はと言えば驚きで早くなった心臓を押さえながら近付く。


「なんだー、まだ起きてたのか?」

「え、えェ、なんだか寝れなくて...」

「ほー」


またそうか、なんて言って笑っているシャンクスさんは船の揺れと違うふらつきを見せていたので肩を貸す。大の男の重さに思わず倒れそうになるがぐっと堪える。


「結構飲んだんですか?」

「いんや、いつも通りだ」


私の問いに彼は笑って答えるお酒が入っているからかよく笑う気がする。そのままイスに座らせると、水を持って来ようと背を向けようとした時に、手首を軽く引っ張られた。


「なァ」

「はい...?」

「おれは名前が知りてェ」

「は...?」


ダメだ、酔っ払ってる。彼が私のいた所に酷く興味を持っていたのは昼間、私が泣き止んだ後に彼本人から聞いたし、私が掻い摘んで話した内容に目を輝かせていたのもよく覚えている。なんて、無理に見てくる視線から逃げるように目を泳がせて意識をよそにやろうとする。しかし泳がせていた視線が交われば、目を逸らせなくなった。

それは最初に向けられていた射殺すような視線によく似ていたからだった。思わず体が震える。固まってしまった体は、声を出す事さえ忘れてしまったかのように動かない。彼の酒を飲んで熱くなった手で掴まれた手首に意識が集中した。

トントン。

視線が交わる事数分、いや、数秒だったのかもしれない。長くも短くも感じられたそれを途切れさせるノック音に、ようやく私は体を動かしパッと目を逸らした。返事をしてドアを開けようと体を動かせば、今度は容易く手を離された。


「遅くに悪い。お頭は...いるな」

「あ、はい。今戻ってこられて...」


ノック主はベンさんだった。頭一つ以上の身長差のあるベンさんには、私の頭上から簡単に探し人を見つけ出したらしい。


「おー、ベンか」

「おー、じゃねェだろうが。いつになったら戻ってくるのかと思えば」

「んな細けェ事言うなよ。ちょうど出るとこだったんだからよ」


先ほどの雰囲気から一変し、朗らかなシャンクスさんの声に、1人ほっと息を吐いた。それをベンさんが上から見ていたのには気づかなかった。そして2人の会話から、気になった部分がつい口に出てしまっていた。


「え?あ、出る...?」

「お頭から聞いてないか?」

「あー...言ってねェな」

「あんたなァ...」


呆れたようなベンさんの声と、近づいてくる声に振り返ればシャンクスさんがふらふらと歩いてきていた。


「今日ベンのとこで寝んだ」

「え!」


シャンクスさんの言葉に思わず声が出た。それはつまり、私がここにいるから気を使ってくれたと言う事だ。こんな急に割って入った私なんかの為に申し訳なくて、眉が下がってしまうのが自分でもわかった。なんだか、ずっと彼らに気を使わせてしまって申し訳なくて仕方がない。だからと言って、私にどうする事も出来ないのもまた歯がゆい。
それはそれは情けない顔をしていたのだろう、シャンクスさんが俯く私に視線を合わせるように顔を覗き込んでくると、悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。


「何だ?一緒が良かったか?」

「え!?いえ!いや、はい...?」

「名前、そこは否定しとけ。お頭が調子に乗る」


ベンさんの冷静な言葉にシャンクスさんはつまらんとでも言いたげにしていたが、口を開けたり閉めたり戸惑う私に気づくと、笑って頭を撫でた。


「冗談だ。ゆっくり休め」






(そう言い残して、ぱたんと扉は閉じられた)












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