ぱたぱたと忙しなく走り回る名前を横目に酒を煽る。この船に居ない小柄な背格好と相まって、その姿は小動物のようだ。
昼間、人目もはばからずに泣いてから、少しはすっきりしたのか表情は晴れやかだった。とは言っても、現状になんの変化も無いのでまたいつ沈むかわからない気持ちを抑え込んでいるのもあるだろう。船員達は、昼間の様子から警戒心はかなり薄れているようだし、そこの心配もあまりない。自分が親しげに話している所を見せたのも大きいのかもしれないが、元来が人懐っこいやつらだ。
「名前ー」
「はい!」
代わる代わる呼ばれ、その度に船の揺れにもたつきながらも酒や料理を運ぶ。その姿にコックのザックに、少しはてめェらで動け!と名前以外の奴が叱られているが名前自身はへらりと眉を下げて笑い、いいんですよ、なんてあいつらを甘やかしていた。
「にしても、不思議だよなァ」
そう呟く時、口元が緩んでいたのかもしれない。隣に座っていたベンが、楽しそうだな、なんて笑っていた。少し遠くに座るヤソップも名前に視線を移しながら、信じらんねーよな、なんて言ったのは全員が思った事だろう。
「ついでに名前、年は20だってよ」
「あんた何聞いてんだ...」
「ばっ!話の流れで知っただけだ!」
ベンの呆れた声にすかさずフォローを入れる。どっちかと言えば、今の言葉にはマジか!なんてヤソップが反応していた。
「...ありゃどう見ても16、7だろ」
「おう、奇遇だなヤソップ。おれもそんくらいだと思ってた」
そう話していると、視線を感じて顔を少し上げれば名前がこちらを見ていた。その眉間にはわずかに寄っていたが。
「なんの話をしてるんですか...」
一旦落ち着いたのだろう、動き回って暑いのか袖をまくった名前が寄ってくる。
「いいや、なんでも?」
「...そこまで幼い方じゃないんですからね」
「聞こえてるじゃねーか!」
思わずヤソップと2人で笑ってしまった。当の本人は不満顔だが、そんな表情がさらに幼く見せているのに気づいていないのだろう。
するとベンが名前にそうだ、と話しかける。見た目の厳つさ?かまだ話し慣れていないのか、名前は少しばかり肩に力が入ったのが見てわかった。
「そんな固くなるな」
「ベンの顔が怖ェからだよな?」
「あんたは静かにしてろ、お頭」
茶化せば即座に切り捨てられ、なんだよーと言いながらヤソップと酒を飲み合った。
「ここは見ての通り男しかいねェから、良いもんは渡せねェがこれでも着とけ」
「え...、いいんですか...!」
「出来るだけ小さいやつだ。ま、多分でけェだろうが我慢してくれ」
名前に渡された小さめの麻袋には、話の内容的には着替えが入っているのだろう。そこでようやく、そういえば昨日の今日でばたついててそんな所にまで気が回っていなかった事に気付いた。
「さっすが副船長!気がきくねェ〜」
ヤソップが赤ら顔で言えば、ベンははいはい、と言わんばかりにあしらい、煙草に火をつけた。名前はと言えば、渡された袋を両手に持って表情こそそこまで変わっていないが、明らかにまとう空気が喜んでいた。それが面白くてついつい笑ってしまう。
「部屋は用意するまで昨日と同じでいいんだよな、船長」
「え、あの...わたし...」
笑っていれば、わざとらしくベンが話を振る。名前が少し慌てたように声を出す。部屋、か。確かに今空室はない。元々、ほとんどの奴は大部屋で雑魚寝だ。倉庫にしている部屋を空けるとしても掃除や荷物の移動でもう1日はかかるだろう。顎に手を当てながら考え、まァ、あと1日くらいは仕方ないだろうと思った。
「あァ、そうなるな」
(そう言えばわずかに名前が肩を揺らせたのには気づかなかった)