朝食は、目の回る忙しさだった。コックさん(ザックさんと言うらしい)の指示の元、野菜を洗って、食器を洗って、お皿に盛って、野菜を切って、鍋を洗って、なんて次々とやる事が出て来て、気づけば2時間近くが経っていた。
食堂に入って来た船員さん達も、一度は驚いた表情をするものの、大体の人は好意的に接してくれた、と思う。


「すごかった...っ」

「よく食う連中ばっかだからな!」


笑ってザックさんは既に昼食の下ごしらえに入っていた。その隣で積み上がったお皿を洗っていく私はようやく落ち着いた時間に息を吐いた。飲食店でアルバイトをしていたので、なんとなくの動きは出来るものの、手元にあるお皿と、まだ残るお皿を見て食洗機ってすごいんだな、なんて思ってしまった。


「こっちはもうやる事はほとんど無くなったから休んでな。助かった」

「あ、はい。じゃあ、これだけ終わらせちゃいますね」


にこやかな笑みを向けられ、こちらも笑みを返す。もう少し残る食器を片付けて、ここでの仕事は終わりそうだ。

最後の食器を洗った所で、タオルで手を拭いてると、ふと見ればザックさんがフライパンで何かを作っていた。


「そこ座ってな」


言われるがまま、腰掛けていると直ぐに目の前にお皿が置かれた。


「わ...」


そこには、ワンプレートでパンケーキが盛り付けられていた。お皿の真ん中にふっくらときつね色に焼かれたパンケーキに半熟の目玉焼きが乗っていて、上の方に添えられたサラダが鮮やかで食欲をそそる。


「いいんですか...!」

「おう、頑張ってたからな。それに、そろそろ腹減ってただろ?」

「お見通しですね...」


ザックさんの言葉に苦笑してしまった。確かに動いてお腹が減っていた。それにしてもなんて素敵な食事だろうか。まるでオシャレなカフェでのモーニングを食べているみたいで、ついつい頬が緩んでしまった。

そして想像通り、柔らかなパンケーキは控えめな甘さでペロリと平らげてしまったのであった。





「次は...」


あれから、食後の紅茶まで頂き文句無しのご飯を終えてまた手持ち無沙汰になってしまった。天気も良かったので、もしかしたら洗濯とかしてるかも、なんて思って多少道に迷ったものの甲板へと出る。
するとやはりと言うか、興味と警戒ない交ぜにした視線を受けた。一通りの人達は、食堂で見かけているものの、やはりこちらは1人知らない場所にいるのだと再確認して緊張してしまう。


「お、終わったのか?」

「あ、はい。やる事無くなってしまって、お洗濯のお手伝いでもと...」


私を見つけるとシャンクスさんが寄って、話しかけて来てくれた。それだけで、少し緊張がほぐれたのが自分でもわかった。しかし、私の言葉を聞くと、シャンクスさんは数回瞬いた。


「無理に全部やろうとしなくていい」


そう言ってあの豪快な笑顔ではなく、柔らかな笑みを浮かべながら頭を撫でられた。その優しい眼差しに、涙が出そうになってぐっと歯を食いしばった。


「まァ、座れ」

「あ、はい...」


ぽんぽんと木樽をリメイク?したのだろうか、椅子に促され彼の左側に座る。珍しい光景なのか(私が)船員さんがちらちらとこちらを見る。彼らは、多分、私をどう扱っていいのかをわからないでいるのかもしれない。


「まだ昨日の今日だ。もう少しゆっくりしてて構わないんだぞ?」

「そう、ですね...。でも気を紛らわせたくて...」


そう呟けば、シャンクスさんもそりゃそうか。なんて呟く。途切れた会話を補うように、波の音が耳に届く。膝の上に置かれた掌が、段々と拳を作る。伺うようにシャンクスさんを見る。その横顔に特徴付ける目元の3本の傷。視線を感じたのか、シャンクスさんはこちらを見る。


「どうした?」


昨日、初めて向けられた視線とは全く逆の、温かい瞳。そのギャップが、少し怖いと思った。それでも、船長という立場は、他の船員の安全も守らなければならなくて、それを思えば不審者極まりない私に対してのあの反応は間違っていない。でも今は違うようで、一応不審者のレッテルは無くなった私に対する反応は、なんというか、とても柔らかい、と思う。


「いえ...」


そして、そんな反応に私は、寄りかかってしまいそうなのが怖いと感じた。



私を知っている人がいない。
私の知っているものがない。



その事実が重かった。私自身を形作るものが無いと、こんなにも不安になるものなのだろうか。私自身が、消えてしまいそうだった。他と線引きが曖昧になってしまいそうだ。

自然と俯いてしまった私に、シャンクスさんからかけられた言葉に、私はどんな顔をしていたのだろうか。


「なァ、聞かせてくれないか」



名前の世界の話を。


そう言ったシャンクスさんの顔を、私はすぐには見れなかった。








(だって、バカな話だと否定していた)












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