■ 心操くん

みんなが寝静まり、誰もいない夜中の寮。勉強に疲労感を覚えている脳に糖分でも補給してあげようかと温かいココアをカップに入れ、部屋に戻ろうかと足をエレベーターに向ける時、ふと窓から差し込む光が明るいことに気付きふらふらと足を向けた。今日、満月だったんだ。


「あ...、」


心操くんだ。
最近は良く自主練習をしているのを見かけていたが、こんな夜中でもしていたのかとぼんやりと見つめていると視線に気付いたのか心操くんこちらを見た。眼鏡置いてきたな、と頭の隅をかすめたので、軽く頭を下げ、視線が合わないよう会釈をして部屋に戻ろうと窓際から離れると、玄関から心操くんが戻ってきたようだった。


「こんな時間に何してんの」

「飲み物を取りに、」


身長差からカップに視線を落とすように少し俯くだけで視線は交わらない。はたから見れば挙動不審ではあるが、入学以来そうしていて今ではもう普通のことなので、彼もふうん、と気にした様子もない。


「トレーニング、してたの?」

「そんなとこ」


そっかぁ…。
じんわりと熱を伝えるカップを両手で持ちながらなんとも味気の無い返事をしてしまったかな、とちらりと見上げるも特にその表情からは何も読み取れない。以前、ちらっと聞いた話では相澤先生に教わっていると言っていたがその技術以外のとこでも似てきていそうな部分がありそうだ。と思い、ふふ、と笑ってしまうと彼が眉を寄せてこちらを見た。


「あ、ごめん…」

「いや、笑うとこだったかなって」

「あぁ…。たしかにそう思っちゃうよね、」


苦笑いを溢す。彼はあまり私の制御できていない個性にも上手く対応してくれている。表情筋とかがあまり機能していないだけかもしれないけれど。彼には悪いが私にはそれがなかなか心地よいと勝手に思っている所がある。もちろん、申し訳なさもないわけではないが。


「相澤先生に似てるなぁ、って。心操くんが」


あまりしっかりと視線が交わらないよう、窓の外やカップに視線を彷徨わせる。横目で彼を見れば今度は片眉を上げる。納得いかないわけではないのだろうが、思い当たるところもない、といった様子だった。


「…気をつける」

「え、あ、嫌だった…?」


首からかけたタオルで顔を拭いながら呟く彼に気を害してしまったか、と慌てて謝れば首を横に振られてしまう。こちらが首を傾げる番だった。


「仏頂面だと、怖いだろ…」


そう言って顔を背ける彼の耳は少し赤くなっていた。あぁ、この人は本当に優しいのだな、とじんわり胸が温かくなる。個性の性質上、あまり優しい環境ではなかったであろう彼自身の経験、私の普段の挙動不審とも言える言動と。気を遣ってくれているんだなぁ、と笑みが漏れた。


「そのままで十分だよ…。ありがとう」

「ん。もう戻れば」

「ふふ、そうするね」


少し乱暴に。でも優しい手つきでエレベーターの方へ体を押される。照れてる。

おやすみなさい。

そう声をかければ返事はなかった。代わりに背を押していた手がぽん、ともう一度私を軽く押された。












(はぁ、暑い…)

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