05


耳に届く波の音と潮の香り、まぶたの向こうから差し込む光に、目を閉じたまま眉を寄せた。ぽかぽかと日が当たっているのか心地よい暖かさだ。がたんごとん、と揺れに身を任せて眠ってしまっていたはずなのに、座っている感触ですらシートのクッションを感じさせずに固い。これはそう、公園のベンチのような...。


「は...っ?」


公園のベンチのようなじゃないだろう。なんだ暖かいって。週半ば、終電間際の電車にギリギリ走り乗ったじゃないか。そしてそのままうとうとして...。と足元を見ると、落としたであろう音をたてた鞄は最初からなかったかのように存在していない。唯一、私が手に持っていたのは、彼からもらったそれだけ。


「まさか、まさかね...」


思わず乾いた笑い声が一緒に出た。そんな、ねぇ。信じられない。それでも手は動き続け、ケースから出されたのはくたびれた一枚の紙。

手のひらに乗せれば、一瞬の沈黙の後にずず...、と移動をする。嘘だ。夢だろう。その光景が信じられず、私は知らず知らず口を開閉していたのだろう。街のど真ん中ということも忘れて。行き交う通行人が訝しげにこちらを見ていることに気づいて、さっと手を握り膝の上に置いてなんとも無い様子を装う。

ばくばくと激しく主張する心臓までは、平静を装えないらしい。

じんわりと手汗をかくのを自覚して、慌ててまた手を開いた。数回の深呼吸を繰り返すと、まだまだ夢のようだけれど少し気分が落ち着く。そして同時に思い出されるのは彼の言葉。この紙、ビブルカードが動いた方向に相手がいる。そう、わかることはそれだけなのだ。つまり方向はわかるが、どれくらい離れているのかがわからない。そこまで考えて、今度はすっと血の気が引いたのがわかった。

ここで私は身一つしかない。

その事実が重くのしかかった。どうしよう、どうしよう。いくら考えても良い案なんて浮かばない。身一つの私にはビブルカードだけが、この世界での行き先を示しているように思えた。そして、事実そうだった。頼れる人も、場所もない私が頼れるのはこのビブルカードが指し示した方向に彼がいるという事実だけ。思わず眉が下がるのがわかった。

それでも、動かないわけにはいかない。唇を噛み締め、示された方向を、ズレてないか確認しながら進む。栄えていた街中から、少しずつ静かな場所へを足を進めると、そこは岩に囲まれた海岸だった。地平線に浮かぶのは今にも沈みそうな夕日だけ。それでもビブルカードはこの海の向こうを指し示す。


私の胸に去来するは絶望にも似たそれだけだった。


普段の運動不足もたたってか、少しばかり疲れもたまっている。何もない広い地平線の広がる海を見ながら、ずるずると岩陰に座り込む。一瞬でも浮かれた自分殴ってやりたい。期待をしてしてしまった。だからつらい。この海の上のどこにいても、私には行く手段がないのだ。今更襲いかかってくる寂しさ、恐怖、不安に視界が滲んだ。


こんな広い世界で私はひとりで、どうしたらいいのかわからない。





ひとり、夜の帳が下りる

 

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