18
気付けば時刻は昼近くで、船内に残るのは見張りの数人だけだった。
食べ終わったお皿を洗い、拭いて棚にしまっているときも、シャンクスさんは頬杖をついてこちらを見ていた。その視線がいたたまれない。
素敵な朝食のおかげ会話が弾み、シャンクスさんとの間にあった若干の気まずさも消えたのだが、ずっと見られているのは普通に気まずい。食堂には他に誰もいないし。
「あの...」
「んー?」
「私、何かおかしいですか...?」
やんわりとずっと見てどうしたのか、と伝えたつもりだったが、シャンクスさんはいや?とだけ言うと不思議そうに目を瞬かせただけだった。これは伝わってなさそうだ。
「えっとですね、」
「おう」
手を拭き、テーブル越しにシャンクスさんの前の椅子に座りながら話し始めると、聞いてくれるということなのだろうか、短い相槌が返ってくる。
「......あまり見られると気恥ずかしいです」
途端、眉を寄せて数秒間、空を見上げるように視線を上に向けた後にこちらを向くシャンクスさんは至って真面目顔だった。
「そんなに見てたか、おれ」
「いや、そう言われると、私が自意識過剰みたいでそれはそれで恥ずかしいです」
あまりの真顔で言われ、逆に恥ずかしい。どこがどう逆になのかもよく分からないが、顔が熱い気がして軽く頬を手で触れた。
「悪い。無意識だった」
「それも恥ずかしいです、シャンクスさん」
どれもこれも恥ずかしい。なんだこれ。なんでこの人こんなに真面目な顔してそんなこと言ってるんだ。
「...なァ。なまえは、」
考えるように、数分の間の後、不意に、射抜かれるような真っ直ぐに向けられた視線に思わず姿勢が正された。シャンクスさんが一呼吸置くのを見て、恐怖ではない緊張感で、少しずつ鼓動が早くなっていくのがわかった。
「“ここに”居たいと思うか?」
それはあまりにも拘束力のある言葉だった。言いようのない、力のこもった言葉だった。答える以外の道はないと、その視線で、言葉で伝わってきて、知らず息を短く吸っていたことに気づけないまま、私は固まっていた。
何度も、何度も、頭の中で彼の短い言葉を反芻していた。
「そ、れは...」
うん、とも、いいえ、とも即答できない自分をこれほどまでに歯がゆいと感じたことが、今までにあっただろうかと思えるほどだった。声も、震えていた。さっきまでの穏やかさが嘘のように、シャンクスさんの言葉と、自分の心臓の音が耳に響いている。
「...悪いな。急かしてばっかりで」
私の戸惑いに、シャンクスさんがふ、と眉を下げた。雰囲気が柔らかくなったことで、私もふるふると首を横に振る。悪いのは私だ。彼は何一つ悪いことなどしていない。
「ちが、シャンクスさんは、悪くないです...」
「だが現になまえを困らせてる」
そうじゃない。そう伝えても、彼は困ったように笑う。珍しい笑い方だ、と場違いな思いを抱く一方で、胸が締め付けられるようだった。
「居たい...。居たいです、ここに」
でも、どちらかしか選べないのであれば、迷いは捨てきれない。元の世界にも、大事なものはある。
でも、ここにも、ある。
「だって、私、は...ずっと、ずっと」
もう一目でも良いから、と思っていた。
思ってしまった。この人を。
「シャンクスさんに、あいたい、って...」
涙で視界が滲む。駄目だ、余計に困らせてしまう、と思った。それと同時に、口から溢れていた言葉を思い返し、勢い良く立ち上がった。急な動きに、一瞬驚いた様子のシャンクスさんが視界の端に入った。
「ちょっと、頭整理してきます...!」
「あ、おい!」
言うが早い。自分の出せる全力で食堂を飛び出した。引き止める声を振り切って足を動かす。運動不足の社会人には堪えるが、それどころではなかった。
(言ってはいけなかった。後戻りができなくなるから)
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