15
白んで行く空を、窓からぼんやりと眺める。時間はまだ早い。酒を飲むだけ飲んで寝たはずなのに、いやに早く目が覚めたのはなぜか。それはしっかりと記憶に刻まれていた。
「ヤバかった...」
片手で顔を覆う。ヤバかったぞ、おれの理性。ほぼきいてなかったと言っても過言ではないけどな!
はー、とベッドの上で胡座をかき、項垂れてしまう。いい歳して何やってんだおれは。しかも酔ってとか...、いや酔ってない。あれは酔ってなかったはずだ。って余計ダメじゃねェか。なんて支離滅裂な思考が頭を支配する。
「あそこで船医が来てなかったらアウトだったな...」
もう何度目かもわからないため息が出た。良かった、あそこが医務室で。熱心な船医で。というか、なまえだよ、なまえ。と思わず突っ込んでしまう。無防備すぎやしないか?あんな時間に男が来て、普通に出迎えたぞ。おれじゃなかったら、っておれもダメだけど、他の奴だったらどうなってた?なんて向こうにも非があると言わんばかりの思考は、やっぱり自分で否定される。
なまえが無防備で無知なのは知ってるだろ、と。
男関係が、とかではない。むしろそんな事知らないけれど、なまえがいた場所とここでは治安も含めて天と地ほどに差があるのは聞いて知ってただろ。
「...我儘だな、おれの」
うん、我儘だ。目の届く場所に触れられる範囲内に置いておきたいだなんてひどく不恰好な独占欲だ。昨日だって、勝手に離れてたおれが知らない間にいなくなったから、時間も何も考えずに衝動的に探した。それを嫌な顔一つせずに迎えたなまえの方がよっぽど大人だ。実際、慰めるように、落ち着かせるように頭を撫でられた。向こうの方がよっぽど不安だろうに。しかも追い討ちをかけるように手を出しそうになるとかどうなんだ、おれ。ヤバいだろ。重症すぎる。
あァァ...!と1人身悶えていると、軽いノック音の後に部屋に入って来た人物が、それはもう不審な視線を寄越してきた。
「何やってんだお頭」
「ベン...」
明け方だってのに起きてるお前が何やってたんだっつー話だろ、と言いたかったが、確かにおれの方が挙動不審だったので言わないでおいた。煙を吐きながら無言で見下ろすベンにどうかしたか?と声をかければ、いや、と返される。お前はこんな時間に用もないのに入ってくる奴じゃないだろ。
「なまえが挙動不審だった」
「は!?会ったのか?」
「さっき、甲板でな」
腕を組んで壁に寄りかかるベン。おれはと言えば飛び起きるようにベッドサイドに座り直す。会ったって、なまえに?しかも挙動不審だったって、すげェ気にさせてるんじゃないか?
「お頭、アンタ手ェ出したのか」
「出してねェ!せめて疑問形で聞け」
ど直球だな。即座に否定するも、ベンの視線は疑っている。してない、と言ったもののギリギリだったことは伏せておこう。限りなく黒に近いグレーでも、実際手は出してない。
「でも何かしたのは確かだな。じゃなきゃ昨日の今日であんな風にならん」
「矛先が確定しておれなんだな」
「他にいないだろ」
「うっ...。まァな...って何言わすんだよ」
「当たりじゃねェか」
おいおい、誘導尋問かよ。寝ぼけ半分であっさり引っかかったけど。それを聞いてかベンがため息を吐く。言いたいことは手に取るようにわかる。だからあえて言わなくても良いからな。
「...色ボケもほどほどにな、お頭さんよ」
「言われんでもわかってる」
「言わなかったからこうなったんだろ」
「ああ言えばこう言う奴だな、本当に」
ダメだ。真っ向からじゃベンに口で勝てるわけがない。知ってはいるがどうしてもなまえのこととなるとペースが崩される。
「まァ、満更でもなさそうだったぜ」
「は?」
「わかってんだろ」
それだけ言うと、ベンは寝る、と言い残して部屋から出ていった。満更でも、ない...?
(いやいや、浮かれるなおれ)
(本人がそう言ってるわけじゃあるまいし)
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