14


案の定眠れなかった。

波の音を聞きながら少しずつ明けていく空をうつらうつらと眺めていた。

しかし最初の眠れなかった理由と、後の眠れなかった理由は全く違う。最初の理由は、よくわからない。ただなんとなく、眠れなかっただけで理由はなかったと思う。その後の理由は、シャンクスさんだった。あれなんだったんだろう。なんて布団をほぼ頭まで掛けたり剥いだりしながら悶々としていた。あと数秒、コンマ何秒かもしれない、船医が扉を開けるのが遅かったら?というか来なかったら?


「キスしてた...?」


うそだ。そんなそんな。私に?ありえないでしょ。
小さく呟いた言葉に否定的な感情と言葉が頭をよぎるのに、あの雰囲気はそうだったとしか思えないとそれをまた否定する。その繰り返しだった。私だってもう二十歳を超えてる年だし男性とお付き合いの一つだって経験している。だからあれは“そういう”雰囲気だったとわからないほど初心なわけでもない。

でも相手が相手なのだ。

シャンクスさんだ。文字通り違う世界の人だ。年だって、この会わない期間でだいぶ離れてしまった。時間の流れだって違ったくらいなのだ。その相手が、私に?どう考えたってあり得ないと思ってしまう。しかし同時に、私は世界が変わるというあり得ない経験もしているのだ。あり得ないなんてあり得ない。


「...起きよう」


いつまでも悶々としていても仕方ない。もう夜明けだ。もしかしたらザックさんが朝食を作り始めているかもしれない。前と同じようにはいかないかもしれないけれど、何か手伝えるかもしれない。ついでに気分転換にもなるかもしれない。
そう思って掛けていた布団を畳み、カーテンを開ける。目の前にはデスクに足を掛け、椅子の背もたれが限界値まで曲げられるくらいに寄りかかった船医が顔に小難しそうな専門書を乗せているという医者というよりも、やっぱり海賊という雰囲気が似合う船医がいた。私に気づくと組んでいた腕を顔に伸ばして本の下からちらりとこちらを伺う。


「...調子はどうだ」

「大丈夫です...!」

「寝れたか?」

「まぁ、そこそこ...」


思わず苦笑いが出てしまった。その様子を見た船医が探るように目を細めた。その視線の鋭さに思わず背筋がピン!と伸びた。


「軽い脱水症状だけだったが、疲れも抜けきれてねェはずだ。船内だったらふらふらすんのは構わねェが無理はするなよ」

「あ、はい!」


視線や言葉尻は強いものの、その内容は見事に私を心配するそれだ。見た目とのギャップに思わず頬が緩む。それを見た船医もまた、わかるかわからないか程度に頬を緩ませると、寝る、とだけ言ってまた目元を本で隠した。小さくおやすみなさい、と呟くと出来るだけ音を立てないように廊下へと出る。

明け方独特の冷えた空気が頭を冴えさせる。食堂はどっちだったか。探しながら少し風に当たりたくなった私は甲板に向かうことにした。まだ薄暗いくらいだから誰もいないだろう。そう思いながらそろそろと静かに足を進める。前よりも頑丈で立派な扉を開ければ甲板だ。ころころ転がる開いた酒瓶やらの宴会の跡は色濃いが、みんなちゃんと部屋で寝ているのか酔いつぶれて寝ているような人はいなかった。


「あれ?」


くん、と鼻に届く焦げたような香りに顔を向けると、そこにはベンさんがいた。こちらの存在には気づいていたのだろう、視線も合った。いないと思っていたそこに人がいたことに少々驚きつつも、ベンさんだしなぁ、と意味不明な解釈で納得すると、縁に肘をついて煙草を吸っているベンさんに足を向ける。


「おはようございます」

「おォ。寝れたか?」

「はは、まぁ、そこそこ」


船医と同じ質問に思わず同じような反応を返してしまった。特にベンさんは気にしていないようだけれど。


「ベンさんこそ寝ました?」

「これ吸ったら寝ようと思ってた所だ」

「邪魔しちゃいましたか...?」

「いや、まだ吸い終わらねェ」


煙草から出る煙を上手く私に当たらないように流す。時折吹く風に彼の長髪が揺らいでいた。ぼんやりとそれを眺めていると、ふと煙草から口を離したベンさん。


「そういや昨日、お頭そっち行っただろ」

「う゛」

「どうした」

「いや、えぇ、はい。来ましたね」


私の反応に眉を上げて見下ろす。私はと言えば視線が合わないように手元を見る。またも探るような視線を感じるが、もう不自然な反応をしてしまった後ではどうすることもできない。むやみやたらと追及してくるような人ではないと思うしかない。


「酔っ払いの相手なんざまともにするもんじゃねェぞ」

「そうですね...」


ぷかぷかと煙を吐き出しながら言われた言葉は、わかった上なのか想像でのことなのか、私では予測はつかない。私はただただ乾いた笑いを浮かべるしかない。


「ま、やっと会えたんだ。少しくらい大目に見てやってくれ」


そしてぽん、と俯いていた頭を撫でられる。それに反応するように上を向くと、ベンさんはもう既に背中を向けていて、下見すぎて落ちるなよ、なんて言いつつ船内へと歩いて行ってしまった。残された私は、ただ1人ぼんやりとベンさんに言われた言葉を反芻しているのだった。













(やっと、の意味はどこに着地するの?)

 

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