08
いきなり飛び出していった頭が女を抱えて戻ってきた。
それはそれは騒ぎだった。わーわー言う奴らを押しのけてとりあえず自分の部屋に船医を呼んだ。騒ぎを聞きつけたベンが開けたままだった扉から声をかけるべく口を開けたところでなまえの姿が目に入ったのだろう。記憶に中より幾分と大人びた姿だったが、なまえであると見た瞬間に「は?」と言う呟きとともに口から煙草が落ちたのは思わず笑った。いや、船内だから笑い事ではないのだが。
「本物なのか」
「わかってるだろ?」
落ち着けるように煙を燻らせながらベンが言う。そう、わかってるはずだ。あれがなまえだということくらい、頭の切れるこいつのことだ。ただ信じられない気持ちの方が強いのだろう。おれも同じだ。
おれは椅子に腰掛け、ベンは壁にもたれ、ベッドに眠るなまえに2人で視線を投げる。当たり前だが無反応だ。船医からは脱水症状だろうと言われた。海風に当たってりゃそうなるだろう。そして船医が見つけたのは、固く握り締めて離さなかったビブルカード。それが何よりもの証拠なのだ。
「とりあえずおれは船に残る。お前らは好きにやってくれ」
「そりゃ構わねェが」
じゃあ、よろしくな。
そう言ってサイドテーブルに椅子を寄せる様子を見てベンはため息混じりにはいはい、と言って部屋から出て行く。うん、面倒な説明その他もろもろの全てを任せたのは悪いことをしたと思っている。思っているが、助かったと思ったのもまた事実だった。だって絶対に追求されるに決まってるのだから。
閉じられた瞳や、規則的に動く布団、寝息を眺めながら疑問が湧く。まずはなまえ年齢。最初に会った頃の自分とさして変わらなそうではあるが、そう考えると3、4年弱?だろうか。いやいや、こっちは随分と年を食ったというのに、異世界は時間の流れすら違うってか。なんだ、面白いじゃないか。
そしてなぜ今になってまた現れた?
なんの前触れもなく現れ、消えた。それがまただ。なんのタイミングで?おそらく、なまえ本人に聞いてもわからないのだろうけど。肘をサイドテーブルについて眠る女を眺めながらじっとしているいい年したおっさんなんて気持ち悪いことこの上ないのだろうが他にすることもないのでそうしている。ちらりと横に目を向ければ、船医が置いていった飲み物。脱水と疲れだろう、なんて言っていた彼が起きたら飲ませろとぶっきらぼうに置いていったものだ。コップに注いで一口飲むと、うん、あんまり美味くはなかった。二日酔いに効きそう。そんな感想しか出てこなかった。
「なァ、起きねェのか...?」
(その声に反応したのか、まつげが震えた)
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