■ オールマイト
その日は珍しく平日はオフの日で、さらにタイミングよく映画のレディースデイだったので久しぶりに映画を観た帰りだった。昼間は必要なものの買い出しをし、夕方の回を観たので今の時間は丁度夕飯時。少し肌寒い気温に、何か温かい物でも買って帰ろうかなぁ、なんて駅前をふらふらしていると、目の前を歩く見慣れた人物を見つけ、小走りで寄る。
「こんばんは」
「ん?あぁ、名前くんか。おや、出掛けてたのかい?」
「あ、わかります?今日お休みだったんですよー」
「あぁ、いつもよりもずっと可愛い格好をしているからね。デート?」
「あれ?実は遠回しにケンカ売ってました?」
学校帰りであろうスーツで、トゥルーフォームの彼の隣を気分良く軽い足取りで歩いていたが、ふとした一言にぶすくれた表情になってしまった。彼は両手を肩ほどの高さに持って行きひらひらと揺らしながら笑って冗談だと謝っていたけれど。
「おかえりですか?」
「そうだねぇ、ご飯でもと思ってた所だけど」
「あ、ならご一緒してもいいですか?」
「もちろん!こんなに綺麗な女性をエスコートさせて貰えるなら喜んで」
「...ご機嫌取ろうとしてます?」
さっきの冗談を帳消しにしようとしているのだろうか。ジト目で見れば彼はまたバレたかと豪快に笑った。そう言えば、最近忙しいのかまた彼が自分から私の所に来る頻度が下がったな、と思い至り、ちらりと横顔を盗み見る。ううん、元々そこまで健康体なわけじゃないけれど、少し疲れの色が濃いようにも見える。
「ならお家ご飯にしませんか?」
「家で?」
「はい。私の家かと、し...さん?のおうち、で」
「私は構わないけど、君、一応女性だからね」
良かった。オフだからついついヒーロー名ではない方で呼んでしまったが、特に気にしてないらしい。それよりも家でご飯を食べる事の方が気になるらしい。いや、貴方の家、何回も往診兼ねて行ったじゃないですか。
「私としてはトシさんのお家の方が広いし設備も整ってるのでありがたいんですけどねー」
「まぁ、いいけどね...」
「よっし!そうと決まれば今日は鍋!鍋にしましょう!」
個人的に1人で食べると少し寂しい料理トップ10にランクインしている鍋料理。せっかく誰かと食べるのだし、彼には消化に良い方が良いしでこれ以上の選択肢は今の私には思い浮かばなかった。
*
その後一旦別れた私たち。私が食材を買うから先に帰って休んで良いですよ、と若干ごねる彼をごり押しで帰した。道すがらスーパーに寄って、少し多いくらいの食材を買い込み、目の前にはセキュリティばっちりのマンション。ただでは入れないそこの出入り口には、スーツからTシャツ姿に着替えたトシさんがお出迎えに立っていた。
「わざわざありがとうございます」
「いいや、こっちこそ。荷物持つよ」
「あ、はい」
さり気なく買い物袋を持ってくれる彼に素直に渡す。さすが海外にいただけはあって、女性の扱いがとても優しく嫌味がない。本人の性格もあるのだろうけれど。
エレベーターに乗り込んで少し、すぐに彼の家のある階に着く。長身の彼がかがむ事なく余裕で入れるくらいの高さのあるドアを開けて中に入ると広いリビング。なんだか久しぶりに来た気がする。彼が雄英で教師になる前はちょくちょく来ていたのになんだか随分と前のようだ。
「あ、ご飯の前にこれどうぞ」
鞄をソファに置き、中から取り出したピルケースからいつもと同じようにカプセル剤を渡す。彼も礼を一言言うとキッチンから水を持ってきて飲んだ。それを見届けてから今度は私がキッチンへ向かう。
「トシさんはお仕事終わりなんですから座っていてくださいね」
「それはさすがに、」
「いいから、座っててください。鍋なんですぐ準備できますから」
納得いかないような、申し訳ないような表情ではあったが、先ほどと同じくごり押しすれば渋々ソファに腰掛ける。それでも気になるようで、ちらちらとこちらを見ている視線を感じた。
しかし私はそれを気に留めることもなく相変わらず生活感の少ないキッチン内をうろうろする。何度か訪れているから勝手知ったるではあるのだが、いかんせん私には全体的に位置が高いのが難点だ。大皿にザク切りにした野菜や肉を乗せ、シンク下から鍋を取る。中に水と昆布を入れて沸騰させれば出汁の完成である。鍋って簡単で助かる、と普段はあまり料理をしない私は内心で思った。
「あれ?」
そしてテーブルに置くカセットコンロを、と足元の戸棚を開けた所見当たらず首をかしげる。前はここに入れたのに、私が。とこの家で鍋なんて久しぶりだし記憶違いだったか?と思い姿勢を戻すと、後ろから手が伸びてきて驚きにびくりと肩を揺らしてしまった。
「久しぶりだから上に仕舞っていたのを忘れていたよ」
真後ろにぴたりとくっ付きそうな勢いでトシさんが上の戸棚からカセットコンロを取り出す。なるほど、普段使わないから上の奥に入れてあったのか。
「すっかり忘れていてすまないね」
「い、いえ...」
想像以上に近い距離間と、ほぼ真上から聞こえる低音に思わずどもる。いやいや、彼相手に、何度も来たことのあるここで、何をそんなどぎまぎする必要がある、と自分に言っても中々おさまらない。
「ん?」
「え?はい!」
そしてそれを広いキッチンの一角に置くと、そのまま様子のおかしい私を背後からじっと覗き込まれた。夜だからか、青空のような瞳が少しばかり暗い夜の色を宿しているように映った。それがまた近いものだからどきどきが最高潮である。いい歳して顔が赤くなっている自覚もあったのが恥ずかしくて仕方ない無限ループである。
「...君はもう少し警戒心を持った方が良いよ」
「は?いった...!!」
そう言うと、彼は覗き込んでいた姿勢を正すと私のおでこを人差し指で弾いた。トゥルーフォームとは言え力の強い彼に、軽くとは言え弾かれたおでこがかなり痛い。本気で涙目になった私を見てにこりと笑うと、彼はすたすたとテーブルセットの方に歩いていった。もちろん、用意していた鍋の材料なども一緒に持って。
「な、なんだったんだ...。今の色気は...」
私はと言えば、デコピンにすっかり先ほどまでのドキドキを弾き飛ばされ、ただただ素朴な疑問だけが頭の中を占めたのだった。
(キッチンから去る時、彼がやれやれとため息を吐いていたことを私は知らない)
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