■ 轟焦凍




その日は、爆豪くんに言われたようにストックを作るために前日抜いた血の量が調子に乗って少々多かった事に加え朝起きたら風邪気味の熱っぽさのダブルパンチをくらっていた。少し遅めに登校させてもらったものの、ふらふらとおぼつかない足取りと熱などでうすらぼんやりする頭に負けて校内に入ったものの設置されている木かげのベンチに一応は教員なのに行儀悪いな、なんて思いながらも寝転んでいた。

そよそよと頬を撫でる風が心地良い。しかし目を閉じると頭がぐわんぐわんと回っているようだった。


「...大丈夫、か?」


目を閉じて痛みや熱の波が去るのを耐えていると、不意に頭上から声を掛けられる。一瞬言葉に詰まったのは声の主が私を誰かと間違えたからだろうか。ゆるりとした動作で、目元を覆っていた腕を退かして見る。少し逆光気味ではあるものの、照らされた髪がきらりと反射する。一度見たら忘れないであろう、なんだかめでたい紅白髪の轟くんである。


「うん、大丈夫」


ひらひらと手を振る。あれ、もしかして今お昼なのか。自分で振った腕につけた腕時計を見て気づく。彼が体育着なのは実習か何かだったのだろうか。


「あれ?火傷してる?」

「ん?あぁ、少し...」


手の甲に火傷のような傷。確か、と彼の個性を思い出して、個性の暴走かな?と考える。推薦入学生が個性の暴走とは考えにくいが。それでも確かに少しではあるが火傷の跡があるのは事実で、彼に私の鞄の内側のポケットから持ち歩き用の小さな容器に入れた軟膏を塗るように言う。若干躊躇しているようだが、促せばおずおずと鞄に手を入れた。


「それ、塗ると治るから」

「これを?」

「そ。私の個性。私から確認できる範囲なら使えるから」


薬と言われれば気にならないのか、元々そんなことを気にしていないのか、探るように一応私が寝転ぶベンチの隙間、私の頭上に腰をかけて塗りこむ。と、発動している個性のおかげで彼の傷は消えた。


「本当に消えた」

「良かった」

「あんた凄いんだな」

「まぁ、一応看護教諭なので...」


感心したようにケースを鞄にしまってくれた彼が声をかけてくれる。こっちはふらふらで個性を使ったので少し悪化した気がしないでもない。でも純粋に嬉しかった。


「教師なのか?」

「ううん、教師?と言うよりは教員?かな?」

「へぇ。気分悪いんだろ、保健室まで運んでやろうか?」

「えぇ、それはどうなんだろう。教員の威厳が...」


と、ここでふとここの子たち敬語使わないな。威厳ないから?なんて思った。いやまぁ、ここにいるプロヒーローたちに比べてしまうとふがいないのはわかっているけれど。

そして運んでくれる提案は嬉しいけれどやっぱりまだ高校生なりたて。もうすでに若干、いやしっかりと背は抜かされてしまっている上にヒーローになるべく鍛錬を積んでいるのだから出来るのだろうけど、私に中にある小さな小さな教員であるというプライドが素直にうんと言えない。だって年も一回りは離れてるのに。と思って悲しくなった。


「頼る時は頼るべきなんじゃねぇの?」

「...君たち大人ね。本当に高校生?」


顎に手を添え、考えるような仕草の後に言われた言葉に乾いた笑いしか出なかった。この間から言い負かされっぱなしと言うか、正論で言われてしまえば2回目のぐうの音も出ない。ぐう。


「じゃあ、肩貸してもらおうかな...。一応歩けるし」


よっこらせ。年を感じるかけ声と一緒に、寝転んでいた身体を起こす。と、立ちくらみのように頭と視界がくらくらと回る。そんな事も気にしているのかいないのか、マイペースに私の鞄を持ってくれる轟くん。あぁ、爆豪くんと違って気遣いが素直に出来る子なのね、なんて関係ないことを考えて意識をずらす。


「本当に大丈夫か?」

「あ、はい。あと10秒待って...」


心配そうに覗き込む彼にへらっと笑う。おぉ、間近で見ると将来が末恐ろしいほどに整った顔立ちだな、なんて思わず見入ってしまった。


「...よし」


もう保健室まではすぐなんだから、と気合いを入れて足に力を入れる。それと同時に腕を引かれ、思っていたよりも少ない力で立ち上がれた。あらまぁ、サポートもばっちりですか。


「ありがとう、助かります」

「気にすんな。こっちだってさっき治してもらってるし」

「それが私の仕事というか、ねぇ...」


生徒に肩を貸してもらって歩いている状況が気恥ずかしくて思わずへらっと笑ってしまった。轟くんはといえば特に何も思っていないのか空いた手で私の鞄を持ちながら肩に回った腕を掴み、もう片方の手で腰のあたりを支えてくれる。ふわりと香る匂いはどこか懐かしい香りだった。なんだろう、リカバリーガールのと似ている気がする。


「他の人には情けなくて見せらんないなぁ」

「そうか?」

「まぁ、ここにいる肩書が肩書きなので」


ふーん。と興味なさそうな反応だった。なんか不思議っ子というか、マイペースというか...。推薦入学組というエリート中のエリートなのになんともふわふわとした空気をまとっている気がする。


「あ、良かった誰もいないみたい」


なんて考えていると、会話も少なく歩き続けるとようやく目的の保健室に到着する。開け放たれたカーテン脇のベッドには誰もおらず、リカバリーガールもお昼中なのか保健室はがらんと無人だった。

肩に回っていた腕を外され、ベッドサイドまで手を引かれる。サイドテーブルはないので、椅子を横に置いて、その上に鞄も置いてくれた轟くん。気遣いに隙がない。


「ありがとう、本当に助かりました」

「いい、気にすんな」

「ふふ、ありがとう」


ベッドサイドに腰掛けると、着いた安心からか少しばかり体調が良くなった、気がした。轟くんはもう大丈夫か、と言わんばかりの表情でこちらを見ていてそれもまた笑いを誘う。


「ごめんね、お昼なのに時間取らせちゃって」

「別に気にしてない」

「優しいんだかそうじゃないんだか...」


小声でぼそりと言えば、聞こえなかったのだろう首を傾げていたその様子が年相応で思わず笑ってしまった。


「なんでもない。ほら、私のことはもう良いからご飯行ってきなよ、轟くん」


行った行ったと座りながら背を押す。突然呼ばれた名前に、知ってたのかと目を瞬かせた。


「じゃあ、リカバリーガールに会ったら伝えとくからちゃんと寝とけよ、苗字せんせ」


そして反抗心?からなのだろうか、去り際に呼ばれた名前に、私の口からは知ってるんじゃん、と小さな呟きが漏れたのだった。










(情けない初対面)
(だと思ってたのになぁ...)






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