■ 死柄木弔
*軽い軟禁表現有り。シリアスではない。でも苦手な方はバック
よく分からない古臭い、というか最早廃墟と思われるマンション?の乱雑に荷物が転がる一室に押し込まれる形でここに居座るようになって1ヶ月が過ぎようとしていた。
始めの方こそ、何が何だかわからず、いつ殺されるのか、なんて考えてもいたが、ひと月も過ぎて仕舞えばその緊張感も保てずに否が応でも少しずつ順応していってしまう。
こんな磨りガラスの出窓しか無いような部屋で、個性目的で連れてこられているため、加担する形になっているのは全くの不本意だが敵連合と言われる生傷の絶えない彼らの治療を施していた。
「もう夕方かぁ...」
今にも剥がれ落ちそうな壁に掛けられた時計と、高い位置にある出窓から射し込む夕日へ視線を移動させる。(個性のおかげで)この部屋から出ることは叶わないが、日用品などの希望物品は唯一の連絡手段として渡されたスマホから連絡をすれば黒霧さんが届けてくれる。不便なのか便利なのかわからない。
とは言え、有り余る時間の全てをこの部屋で過ごしていれば、自ずと暇な時間も出てくるものだ。広めの1Kの部屋の中をすることも無くぐるりと見渡せば、最早見慣れてしまった黒い靄が出現する。黒霧さんのワープゲートだ。
「こんにちは」
その中から出てきた死柄木に声をかけるが返事はない。いつものことだ。苛立ったような様子で首を掻き毟るそれもいつものこと。くたびれた黒の上下の服もいつもと同じで、進歩した?というか、変化した点はあの手達を付けてこない所くらいだろうか。
上から下まで見ると、喧嘩でもしたのだろうか、体のあちらこちらに打撲や裂傷がある。どれもさほど深い傷ではないものの、黒霧さんに言われて嫌々ながらやって来て苛立っているのかもしれない。
「あんまり掻くと傷になりますよ」
諭すように言っても、返ってきたのは大きな舌打ちだけ。掛けて、と促せば渋々であると言わんばかりの空気を醸し出しながらも掛けてくれる。言葉よりも多くのものを態度で示しているその様は、かなり可愛く言えば野良猫だ。
「ここと、ここ」
それにここも。
深い傷から治していくが、微動だにしないその様子は果たして彼に痛覚はあるのだろうかと疑問に思ってしまうほどだ。時々見上げてみても、その赤い瞳が揺れることは無いし、何かの感情や色を乗せることもない。ただただ無で、嫌悪のような不機嫌さだけが、惜しげも無く撒き散らされている。
「首も見ますよ」
「いい」
「よくないです」
「構うな」
「訳がわからないです」
うざったい、と全力で示すそれは子供のようだ。大体からそっちから来ているにも関わらず構うなと言われても構うに決まってるじゃないか。
「血が出てます。消毒だけでもします」
その掻き毟る手を掴めば、一瞬だけ抵抗を見せたがすぐにそれは無くなったので、そのままその手を膝の上に乗せる。綿球で血を拭い、切った指先から流れる血を塗れば、ゆっくりと傷が消えていくのが見えた。
「お前、死にたがりか」
「えぇ、まさか」
「わかってんだろ」
あぁ、手で触れると壊すとかでしたっけ?
首に触れながら言葉を続ける。元々の体質なのか、詳しいことはわからないけれど、傷は治せても痒みなどを抑えることはできないから、傷が深くなってしまってる所だけを治していく。
「私が握ったのは掌でした」
死柄木さんが手を握らなかったから助かったんですね。
そう言い終わるかどうか、ひたり、とかさついた彼の手が私の首に添えられる。
「お望み通り殺してやろうか」
「...どうぞ、ご自由に」
外も見えず、出られずの生活は、大丈夫だと自分に言い聞かせていても、やはり心に影を落としている。そのせいか、生きるも死ぬも、興味が薄れてしまっている。もちろん、死にたい訳ではないけれど。
「めんどくせぇ女だな」
「少年に年上の扱いは難しかったでしょうかね」
ふ、と離れていった手。ひんやりとした空気を感じて、この子でも手は温かいんだな、なんてどうでもいいことを思った。
「帰る。黒霧」
呼ばれると同時に広がる黒いゲートに足を踏み入れる彼が、終ぞ振り返ることはなかった。
(めんどうな子)
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