■ イレイザーヘッド
年越しはテレビでまったり紅白でも観ながら年越しそばを食べる。
なんてことが、プロヒーローたちに出来るはずもない。年越しの興奮も相まってか、酔っ払い同士が個性を使って喧嘩をするし、混乱に乗じて敵も出て来たりする。警察も慌ただしく右往左往するのだから、プロヒーローもそれはまぁ、ゆっくり家でテレビでも、なんて状況ではない。そしてそれは、前線に出ない私も例外ではない。
「せっかくの冬休みなのに...」
とうに学校は冬休み。さすがに生徒たちも家で過ごすので寮はもぬけの殻。この年末の乱痴気騒ぎさえなければ雄英教師陣でもあるプロヒーロー達も思い思いの年末を過ごせたことだろう。
繁華街の交番の隣に建てられた簡易テントの中で物思いにふけった。治療に必要な最低限の設備を整えたここには、それはもう次々と飽きもせずに怪我人が運ばれてくる。その程度の様々だが、ここに連れて来られる人達はそこそこ酷い方で、私がある程度の治癒をした上で病院に運ぶかどうかを判断している。
『hey!もーすぐカウントダウンだぜリスナーたち!』
と、商業ビルの大型モニターに映るであろうマイク先生はその限りではないか、と思い直した。残念ながらテント内にいる私にその姿は見えないけれど。そして私の目の前には喧嘩に巻き込まれて怪我を負った一般人。こんなタイミングで可哀相に...と手早く治してさほど酷い怪我ではなかったので警察官に後を任せる。
「相澤先生も近くにいると思ったんだけどなぁ...」
次々と運ばれてくる怪我人を治しながら時折外の様子を、カーテンを手で避けて見渡す。カウントダウンが始まり、あっちこっちで喧騒が大きくなりいよいよ年明けなのか、と思った。が、目の前に運び込まれて来た怪我人の裂傷を見てちゃんと集中しなければと頭を振った。
『happy new year!』
すると一段大きな声が響いて思わず驚きに肩を揺らしてしまった。腕時計を見ればまさに年越しだった。今年も慌ただしく始まったなぁ、なんて思っていれば、目の前に影が出来た。
「こいつらも頼む」
どさり、と捕縛布でぐるぐるにされた男性が3人、相澤先生に連れてこられた。3人とも意識は無いようだが、ここで治せる程度の怪我だ。敵ではなさそうなので酔っ払いが個性を使って喧嘩して、の流れで相澤先生が仲裁したのかもしれない。
「わかりました。ありがとうございます」
3人の怪我の程度を確認しながら言う。せっかく会えたものの、ゆっくり話でも、という雰囲気でも無いことは外から聞こえる怒鳴り声でわかりきっている。それに対して相澤先生も次々と面倒だと言わんばかりに眉間の皺が増える。この喧騒自体は風物詩ではあるものの、相澤先生の様子に苦笑いしかでない。
「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
冷え切っている相澤先生の片手を両手で包んで言えば、こちらに視線を向けたあとに手を握り返された。
「それは名前もだろ」
そのまま手を引かれ、相澤先生の方へと距離が縮まった瞬間、大型モニターからびりびりと空気が震えるほどのマイク先生の声が響き渡り、ぴたりとお互いに動きが止まる。
「......戻る」
「あ、はい」
大きなため息と共に距離が離れる。名残惜しさもあるものの、タイミングが良いんだか悪いんだかわからないマイク先生に乾いた笑いと一緒に返事を返した。
(今年もよろしくお願いします)
(小さく呟けば頭を一度撫でられた)
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