■ イレイザーヘッド



その日は仕事が多く、リカバリーガールに代わって保健室でそのまま事務処理をこなしていたら周りはもうすっかり夜だった。かたかたとパソコンに打ち込む手を止めてデスク脇に置いてある小さな置き時計に目をやれば時間は間もなく21時を指そうという時刻。明日が日曜日、休みで良かった。もうほとんど終わったしキリもいいから終わりにするか。パソコンを閉じ、荷物とカーディガンを手に取り保健室を出て鍵を閉める。

夜の校内は中々怖い。一応プロヒーローの私が何を言っているのだとも思うが、やはりオカルトの類は怖いのだ。いつもより響く足音にびくびくしながら職員室の前を通り過ぎる時に、暗い室内の一角に明かりがあることに気づく。え、怖い。思わず思ったが、こんな時間に誰かいるのだろうか?と音を立てないように扉を開けると、


「あ、相澤先生」


そこに居たのは1−A組担任でかつての先輩でもある彼だった。まぁ、先輩とは言っても私は普通科だったので学生時代に接点はなかったのだけれども。


「苗字か」

「こんばんは。こんな時間までお仕事ですか?」

「おかげさまでな。手間のかかる奴らばっかなもんで」

「それはそれは...」


相澤先生の言葉に思わず苦笑いしか出なかった。相変わらず表情から何を考えてるのかは読めないけれど、そこそこ本心なのだろう。変わらずパソコンに顔を向け続けているその横顔を眺めると、少しばかり疲れの色が見えた。特に目を酷使する個性で、元々ドライアイ気味だと聞いているが、それに加えて隈もあるように見えた。まぁ、元々不健康そうな人なのでなんとも言えないのだけれど。


「帰らないのか」

「相澤先生こそ」


パソコンから視線を外さない相澤先生と、その横顔を眺める私。ちぐはぐな状態での会話である。帰る様子の無い相澤先生を眺めながらぼんやりする。珍しくデスクワークに徹していたからか仕事を終えて緊張感がなくなったからか、相澤先生の隣で深く腰を下ろした。そして規則的な音を聞きながら思わずうとうととしてしまったのだ。











「おい、起きろ」


軽く肩を揺すられ、はっと目を覚ます。思わずきょろきょろと周りを見渡し、見つけた時計は22時を回った所だった。目の前には仕事を終えたのだろう、帰り支度を終えて(と言ってもサラリーマンのように鞄や何かを持ってるわけでは無いけれど)見下ろしている相澤先生がいた。


「おはようございます」


へらりと笑って言えば、はぁ、と盛大にため息を吐かれた。なんとまぁ、欠片も隠すことなくめんどくさそうにするのやめません?


「さっさと帰るぞ」

「え?」

「帰るとこだったんだろ」


めんどくさそうながらもちゃんと待っててくれてるようだ。それでもさっさと職員室の出入り口まで行ってしまうあたりは彼らしいのだろう。


「起こしてくれてありがとうございます」

「そりゃ起こすだろ。目の前で寝られてたら」

「いやぁ、スルーされるかと」

「じゃあ次はそうしようかね」

「あっ!うそ!冗談ですよ!」


仮眠をとって元気になった私は、あまり話すことのなかった彼と並んで歩いていることに少しばかり浮き足立っていた。普段から保健室に来るようなことは無いので、学校内でもあまり接点はないながらも先輩であることや、その妙に不健康そうな容貌に興味はあったのだ。


「相澤先生とはあまり話したことはなかったんですけど...。意外と優しい?んですねぇ」

「人を褒めたいんなら疑問符はつけないことだな」

「ふ、ふふふ、たしかに」


自分で言った言葉に突っ込まれ、思わず笑ってしまう。優しい、優しい。どうもしっくりこないけれど、当たっていないとも言えない。


「あ!あの、これから少し時間ありますか?」

「帰って寝る」

「一刀両断!!」


容赦ない言葉に、先ほどよりも大きな笑いが出てしまった。合理的な彼のことだし、要件も言わずに快諾してくれるとは思っていなかったが想像以上にきっぱりと言うものだから面白くなってしまう。そんな私を見て彼は意味がわからないと言わんばかりの表情を浮かべていた。断られて笑ってるよ。みたいな。


「はー、面白い」

「どこがだよ」


2人で並んで歩きながらも、周りに何か不審なものが無いかどうか視線を巡らせつつ、施錠して校門を出る。わぁ、月が明るい。


「相澤先生に試してもらいたいものがありまして」

「俺に?」

「はい、目薬なんですけどー...」


肩掛け鞄の中から小さなジップロックに入った目薬を取り出す。基本が血なのでそのまま使うのは少し勇気がいるかもしれないから、と赤血球を減らしたものだ。おかげで真っ赤ではないが、濁りのある白色だ。幾分かは使いやすいビジュアルになった気がするのだが、血液そのままではないので、どれほどの効果があるのかわからない。それを簡潔に説明する。


「実験台か」

「せめて治験と言って欲しい」


まじまじと目の前で掲げて見ている。あれ、私の個性知ってたよね?と一瞬不安になった。目薬を眺める相澤先生を眺める私達は校門前で向き合って移動もせずにいる。


「で、効果ちゃんとあるかなぁって知りたくて。効果がどれくらいで出るかもわからないですし、ご飯でもご一緒しながらその様子を見れたらなぁ、と」

「なるほどね」


頼み込むように手を合わせて顔の前に持っていく。相澤先生は通常通り読めない表情ではあったものの、納得してくれたらしいく、少しではあるが付き合ってくれるらしい。


「はー、良かった」

「そんなか?」

「やー、だって相澤先生ですもの。緊張しちゃって」


優秀な先輩で優秀なプロヒーローなのだ。あまり接点がなかったためにイメージばかりが先行してついつい緊張してしまう。いや、この人の雰囲気もあるな。


「でも良かったです。相澤先生のために作ったものだったので」

「は?」

「え?」

「わざわざ作ったのかこれ」

「はい。相澤先生が目を酷使する個性だから何かできるかなぁと思って」


てくてくと駅前に向かいながら話していると、一瞬だけ相澤先生足が止まった。まぁ、またすぐに歩き始めたのだけれども。


「だから直接渡せて良かったです。効果あったらバッチリですね!」


新しいことはわくわくする。少しでも出来ることを増やせそうな、彼の言う通りほぼ実験台ではあるが承諾してくれたことが嬉しくて思わずにこにこしてしまった。するとそれにつられたのかどうかは知らないが、相澤先生の口元が柔らかく弧を描くものだから、今度は私が立ち止まってしまったのだった。















(ちなみに、残念ながら目薬はクリームと同じで私の目の届く範囲でだけでは効果有りでした)
(これはオールマイトと同じく定期的に来てもらう必要がありそう)



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