■ オールマイト

*神野区のあと



甚大な被害だった。死傷者も出た。夜から朝まで、延々と運ばれ続けてくる患者に最低限の治癒を施しながら、彼を思った。

テレビ越しでしか見れなかったその人に会いに行ける時間ができたのは、もう昼近くだった。久しぶりに、あまりにも個性を使い続けていたために頭痛はするし、息苦しい。壁伝いにゆっくりとしか歩けないのがもどかしい。

彼の病室を前にして深呼吸をする。先程まで来客中だったからまだ起きてるだろう、廊下ですれ違った2人を思い返していると気配を察したらしく先に中から声がかかった。


「お邪魔します...」


ドアを開け中を見れば部屋の奥に、彼はいた。上半身を起こしたままこちらを見る彼は傷だらけで、それでも私の姿を認識するとベッドから降りそうになったので軽く制してベッドサイドの椅子まで歩いて行った。


「大丈夫です」

「そんな顔色で言われても説得力に欠けるよ」

「それを言うなら、トシさんこそ」


は、と息を吐きながら言えば、彼は眉を下げて私を見る。何かをしに来たわけじゃない。ただ顔が見たいと思ったのだ。


「休んでいるよう言われたんじゃないのかい」

「そう、ですね。2週間ほどの休暇、をいただきました」


どうにも息苦しく途切れてしまう言葉に苦笑いが出た。トシさんはそれを眉を寄せて見ている。


「顔が真っ白だ」


傷だらけの手で頬を撫でられた。でもその体温を感じて、つん、と鼻の奥が痛む。


「...大丈夫ですよ」


その手を取り、自分の両手で包み込む。この手に救われた人は、数えきれないのだろう。拳を作るこの手の力強さに惹かれた人もまた、数えきれないほどいるはずだ。


「少し、安心しました」


祈るように両手で彼の大きな手を包み込む。伝わる温度が心地良く、今まで感じていた不快感たちも消えていくようだった。


「トシさんが、生きててくれて」


思ったことは、それだけだった。大変なことなんていくらでもある。オールマイトの引退もそうだし、それ以外のことも。ぼろぼろの姿でここにいる彼は、もうオールマイトとしてはいられない。それがどれほどのことなのかなんて、みんなわかってる。

でも今は、ただ彼が生きていてくれたことに私は安堵した。


「いつも、私ばかり救われてる」


トシさんが現状をどう思っているかなんて、他人が推し量ることは難しい。とった手を口元に寄せ、祈るように呟く声はかすれてしまった。


「支えになりたい、って気持ちは、変わりません」


トシさんは今、どんな表情を浮かべてるだろう。支えになんて、なれないんじゃないか。ただの自己満足になってやいないか。怖くて仕方がない。

何の力にもなれないのが、一番怖い。


「名前くん...」

「なんでも良い。私にできることを、させてください」


誰よりも強いヒーローに。平和の象徴に。がむしゃらに動き続けたこの人に。

何か一つでも支えられたら、力になれたらと思った気持ちは、今でもまだ私の中にあるのだ。


「君が気負うことは何一つ、」

「いいえ!気負うし背負います...!」


遮るように声を張り上げれば頭の痛みが響いた。それでも、トシさんの口から言わせられないと思ったのだ。


「言ったじゃないですか。頑張らせてください」

「...案外、頑固者だよね」

「自覚しています」


睨みあげるように見上げれば、困ったように眉を下げた彼が私の肩にその頭を乗せる。次いで小さく息を吐く音が、耳元に届いた。


「...名前くんの頑固さには弱いんだよ」

「それは...初めて知りました」

「言ってないからね」


時々当たる吐息が擽ったくて身じろぎをするものの、トシさんが離れる気配はない。ただ伝わる体温が優しくて安心してしまう。


「...大体からこんなに体が冷え切って顔色も悪いんだから、人の事の前に早く休んでくれよ」

「それをトシさんに言われても...」


思わず出た苦笑いに、トシさんがようやく頭をあげてこちらを見る。傷だらけだ。人の事の前に休むべきなのはトシさんの方だと全員が言うに違いない重傷者だ。


「私のことは良いんだよ」


むっとした、拗ねたような言い方に、ますます苦笑いが深まってしまう。


「じゃあ...一緒に休みましょう。少しだけ」


そう、重ねた手を握り締めながら言えば、彼もまた弱々しくも口元に緩い弧を描いてくれた。そのことに一番安堵したのは私であることに気づかないのだろう。














(どうか、どうか)
(彼の笑顔少しでも早く戻れ、と祈る)


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