■ 心操人使
*コミック未収録ネタ含みます。
ぬりぬり。
背を向け、上半身を脱いだ状態で彼の治癒をしていく。細かな擦り傷から、中々の切り傷に打撲まで。そのレパートリーに富んだ傷跡に思わず関心と共に、容赦の無い指導にため息も出てしまった。
「毎回毎回、手加減のない先生ねぇ」
「これでも足りないくらいです」
「それはそれは...」
肩口の打撲は腫れていて、骨にまで影響がありそうだ。鬱血した紫色が肘近くまで伸びている。ここ最近、日が沈みきった後に毎日のようにここを訪れる心操くんに使い続け、作り置きの薬ももうほとんど無い。
「ね、直接でも良い?」
「俺は大丈夫です。すいません」
直接。見た目があまりよろしくないので、学校内では個性の使い方は加工した薬が大半だ。それでもたまに彼のようにそこそこ重傷な怪我を直す時は、やはり直接、血液を塗った方が良い。気がする程度ではあるけれど。
「良いの。気にしないで、私だって先生なんだから」
リカバリーガールのメスを借りて手のひらに這わせれば、たらりと血が出る。そのまま心操くんの肩にぐ、と少し押しつけるように手を当てると、痛みに身体が強張る。すぐよ、とその背中に小さく声をかけると、段々と力が抜けていき、紫色に腫れ上がっていた肩の色も戻ってくる。
「...すごい個性ですよね」
「そうねぇ...。でも、歯がゆい時も多いよ」
彼は自分の個性にコンプレックスを抱いていたらしい。学校生活の中で、徐々にそれを軽減させ、今ではこうして相澤先生に直接指導を受けているようだが。まじまじと腕を見て呟くその言葉には羨望のような、諦めのような、前向きと後ろ向きが混在している複雑な声音だった。
「私の個性じゃ、前線には出られないもの」
くるりと椅子を回転させる。心操くんの顔がこちらを向く。少し上の位置にある彼の頬にも擦り傷があって苦笑いが出た。
「心操くんは、前線に出て助けられる。羨ましいよ」
「そうですかね...」
「ま、私が戦えないのは戦闘訓練で壊滅的にセンスが無いのが分かったからなんだけどね!」
「それは聞いてます」
「嘘でしょ?」
間違いなくその情報源は相澤先生だ。顔色を変えることなく言い放つその様子は師弟?揃って良く似ている。
しかし戦闘訓練の話なんてもう学生時代の話だ。当時はほとんど関わりのなかった私達なのに、それでも相澤先生が知っている。特に面識の無い上級生にまで知られるほどまでに私の身体能力というか、戦闘に関する技術が酷かったようだ。何年も経ってから劣等生であったことを改めて認識させられて肩を落とした。
「......ま、隣の芝生は青いものよねぇ」
仮にも雄英教員として自分の情けなさに、誤魔化すようにへらりと笑えば、心操くんも少しだけ口元を緩めてくれた。私の前ではほとんど表情を変えない彼のその様子に動物を可愛がるようなむず痒い気持ちが湧き出た。
「あ...、相澤先生が可愛がるのわかるかもしれない」
「なんですか」
「野良猫が自ら寄ってきてくれたというか、そんな感じ」
「そんなに愛想無いですか、俺」
むっと眉を寄せる心操くんに、そんなことない!と手を振る。むっとした顔も可愛いなぁ、なんて思ったが、言わないでおいた。
「このままで十分、良い子だよ」
「...それは流石にガキ扱いし過ぎです」
「あ、うん、そっか、ごめんね」
私の乏しい語彙力ではどうやらご不満の様子の心操くんに腕を組んで首をひねった。なんと言えば良いのだろうか、なんて思っていれば視線を感じて前に向き直る。
「えっと...。あ!もう終わったから寮戻っていいよ!ゴメンね、引き止めちゃって」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「え!まだどこか痛む!?」
見落としたか!?と以前に比べれば随分とがっしりした腕を掴むと、違います、と心操くんが落ち着いた声で手を置く。その声にほっと安心すると既に私の手を隠すほどの大きい手に、頼り甲斐のあるヒーローになりそうだなぁ、なんて最近の特訓の成果が表れ始めた心操くんにふふ、と笑みが漏れた。
「名前さん、そういう所が狡いですよね」
「え、私何かした?」
「いや、いいです」
一瞬だけ、重ねられた手をぎゅっと握られた。すぐ離されたが、心操くんはそのまま立ち上がると、控え目なお礼を一言言って去っていったのだった。
(はぁ、もっとちゃんと集中しねぇと)
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