■ イレイザーヘッド
風邪をひいた。
元々平熱が高めなので、38度後半まではまぁ、そこまで大きな支障はないものの大事をとって休みな、とリカバリーガールに言われ午後一で早退をさせてもらった。
「あれ...?」
部屋に戻ると、気を張っていたのがなくなったからだろうか、くらくらと眩暈がしてふらりと膝をつく。ドアの前で、急激に悪化した体調を思う間も無く、視界がぼんやりとし始めた。
「あ、やばいかも...」
熱のだるさに加え、吐きそうにはないものの、強烈な気持ち悪さにぐらぐらと目が回るせいで立ち上がれない。ずりずりととりあえず部屋の中まで移動する。
幸い厚着だし、とそのままの体勢で少し休んでからベッドに行こう、と回る視界をシャットアウトした。
「おい、名前」
「ん...」
揺さぶられて意識が浮上する。さっきまでの気持ち悪さもだるさも大分ひいているようだ。そこで視線を動かせば、座った相澤先生が私を抱えているのに気づいた。触れている部分が温かくて気持ちいい。代わりに寒気が出てきたのかもしれないなと思う。
「こんな所で寝るな」
「すみません...」
「動けそうか?」
「まぁ、大丈夫ですよ」
ため息を隠しもせずに言う相澤先生に私はへらりと誤魔化すように笑うしかなかった。上着を着たままだった私をベッドに寄りかからせるように座らせる。離れる温もりが名残惜しい。
「服持ってくるから着替えてろ。下から飲み物でも取ってくる」
部屋着を渡すとてきぱきとした動きで部屋を出て行く相澤先生をぼんやり見送る。置き時計を見れば夕方だった。あれ、私けっこう寝てたのか。
もそもそと部屋着に着替える。シャワー浴びたい、と一瞬思ったが、意識を失うように寝ていた今までを思い返してやめた。相澤先生にも怒られそう。いつもよりもずっと時間をかけて着替えていたからか、スポーツドリンクを持ってきた相澤先生が着替え終わりと同時に戻ってきた。
「バーさんの予想が当たってたな」
「え、そうだったんですか」
隣に座りながら口を開けたペットボトルを渡される。素直に受け取って口に入れれば身体に染み渡る感覚がした。
「アレは自分に無頓着だ、って」
「そう、ですかね...。普通な気がしますけど」
「いや、当たってるだろ」
相澤先生の言葉、いや、リカバリーガールの言葉に首をかしげる。そんな些細な動きだったが、また少しくらりとした。それをしっかり見ていた相澤先生が腕を伸ばして私を支える。また触れた温もりに、離れがたくなってついもたれかかってしまう。それも感じ取った相澤先生が距離を詰める。
「あの、」
「なんだ」
「くっ付いてても良いですか...?」
恐る恐る聞けば、一瞬だけ相澤先生が目を開いたのが見えた。あれ、そんな珍しいこと言ったか?
「...少しだからな」
「あ、ありがとうございます」
少し気恥ずかしくなったものの、相澤先生に身体を抱えられ片膝は立てたあぐらの上に横向きで座らされた。相澤先生の足を背もたれにするように、思った以上の密着度にぐっと身体に力が入ってしまった。
「...自分で言い出しておいて固まるな」
「いや、これは、予想外というか...」
相澤先生はただ膝の上に腕を伸ばしてるだけなのだろうが、背中に感じる腕や、少し強めに抱き寄せられたことにどきどきとしてしまった。相澤先生は特に気にしてないようで、ピ、とリモコンでテレビをつけて見始めてる。
「そんなならベッドで寝た方が良いんじゃないか」
「...ここが良いです」
身体に力が入ってるのが丸わかりだからだろうか、相澤先生が心配の色を少しだけ強めた口調に、否定をすれば、空いた方の手で頭を撫でられた。それに少しだけ気が緩み、身体からも力が抜けていく。
「なんか、安心感がすごい...」
「そう」
「消太さんあったかい」
「良かったね」
時々頬を撫でられると、なんだか猫の気分になる。相澤先生の腕も、体温も、香りも、息づかいも、鼓動も、全部が私に安心感を与える。風邪っぴきなせいもあってか、身体が休みたいと主張しているのかもしれない。段々とその安心感からうとうとと眠気がやってくる。抗うこともせずに、相澤先生の身体に擦り寄るように体重を預ければ、遠のく意識の中、おやすみ、と声がかかった気がした。
(ったく。こうもまぁ、無防備だと心配になるよ)
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