■ イレイザーヘッド

相澤先輩が私を好き。

一瞬、何かの冗談だと思った。でも私を挟んで座る2人(主に山田先輩)の反応を見てたら、それは冗談なんかではなく本当のことのように思えた。逃げるように、準備室から教材を取りA組の教室へ行くと、物珍しさから生徒がわらわらと私を囲う。


「えー、ホンマに苗字先生なん?」

「めっちゃ若いじゃーん!」

「全然イケる」

「上鳴、アンタいい加減にしときなよ?」


ふわふわのボブヘアの子に、特徴的な肌色の子、耳からイヤホンの伸びる子に縛り上げられる金髪の子と代わる代わるじろじろと見られてへへへ、と苦笑いしか出ない。誰が誰かいまいちわからない。ぼんやりはわかるのだけど、霞ががってる記憶では誰が誰かまでは一致しないようだ。


「えと、記憶はあるんですか?」

「えぇと、ない?かなぁ」

「不便だな」


今度はくしゃくしゃ頭の子に、なんだこの子。紅白頭とかめでたい感じがする。逆にじっと見てしまうが、彼も気にしていないのかじっと見下ろしてくる。決して睨み合ってる訳ではなく、ただただお互いに観察している、という形容詞が似合う見つめ合いだ。

なんて話をしていればガラリと扉が開かれる。緩慢な動きで教室に入ってきたのは相澤先輩だ。ああ!ここ相澤先輩のクラスだった...!


「お前らさっさと座れ」


名簿片手に教室を見回しながら言う。生徒たちは弱みでも握られてるのかと思うほどに素早い動きで席に着く。それに驚きつつ教壇を見れば、こちらを見ている相澤先輩と目が合った。

その鋭い視線にぴし、と身体が一瞬硬直する。

ほんの数秒、視線が合わさっただけなのに心臓がばくばくする。さっきの会話のせいもあるけど、多分、これは“大人の私”の気持ちだ。ぼん、と効果音がつきそうなほどに顔を赤くして挙動不審に教室を出て行く私をさぞ生徒たちは不審な目で見た事だろう。相澤先輩もぴくりと眉を動かしていた。







無心で無人の職員室で書類の整理を怒涛の勢いでこなした。静まれ心臓。止まらない程度に。時々遠くにある相澤先輩の机を見ては、はっ!と慌てて手元に視線を向き直す。そんなことを何度も繰り返していた。

まとめた書類を準備室に戻すべく、箱を抱えて職員室を出ると、そこには逆に職員室へ戻ってくる相澤先輩。お互いにお互いを認識した後、私史上最速の動きで準備室へダッシュした。


「おい...!」


後ろから相澤先輩の声が聞こえた。すぐ近くの準備室に滑り込むように入ると、大きな手が扉を閉めないように制してきて、思わず箱を落としそうになってしまった。


「ったく、廊下を走るな...」

「だ、だって...!」


はぁ、とため息をつきつつ、前髪の間からこちらを見る瞳に尻込みしてしまう。知らない。なんで相澤先輩にこんな挙動不審になってしまうのか。

“私は”知らない。でも知ってる。なんだ、この感覚。自分でも訳が分からなくなって、眉がハの字を描く。視界が滲む。それを見た相澤先輩がぎょっとした顔を見せた。


「自分でもわから、なくて...!どうして良いか、」


ずるずると箱を抱えたまま座り込みめそめそと泣き始める。相澤先輩が困ったように頭をかいて前にしゃがみ込むのが顔を覆った指先から見えた。


「相澤先輩、見ると、なんか、おちつかなくて」

「あー...」

「でも、いや、とかじゃなくて、」


恥ずかしくて顔が熱を持つ。箱から手が離れ、指先を滑る雫は私の涙だ。相澤先輩は気まずそうに視線を泳がしているし、なかなか不思議な状況だ。


「記憶もあいまいだし、みんな色々言うし...」

「そうだな。悪かったよ、混乱させて」


めそめそと愚痴のように気持ちを吐き出す。相澤先輩もどうしたもんかと珍しく若干眉を下げているし。なんだろう、見た目が生徒と同じくらいだからか対応に困るって感じだ。


「とりあえず落ち着いてくれ」

「はい...、」


座り込む私の前でしゃがむ相澤先輩の言葉に、鼻をすすりながら返事を返す。相澤先輩が、バランス良く私の膝の上に乗せていた箱をどかす。そのままの動きで頭を撫でられた。それにまた落ち着いていた熱が込み上げてくる。


「そうやって!触ってくるから!」

「...あー、はいはい」

「流さないで!」


きゃんきゃん騒ぐ私を最早少し面倒に感じているのかもしれない。相澤先輩の返事が生返事だ。こっちは必死だって言うのに。


「ちゃんと聞いてるだろ、名前」

「...は」


名前。自然に呼ばれた名前に、相澤先輩の声が耳に残る。あまりに自然で一瞬わからなかったが、それくらい自然に名前を呼ぶ仲だったのか、私たち。ぐるぐると記憶の中よりもずっと低く色っぽくなってる相澤先輩の声が反芻されて、目が回りそうに恥ずかしい。顔から火が出そう。こちとら恋愛経験なんて皆無なヒーロー志望の高校生だぞ!今は、だけど!

一方の相澤先輩はと言えば、私の顔を真っ赤にする反応を見た後にあ、と言わんばかりに口元を手で隠してた。もう遅いよ!

その後、私は恥ずかしさにこの日最後の大騒ぎをし、騒ぎを聞きつけた山田先輩が野次馬よろしくからかってくるのを全力で振り払うのだった。



















(今の名前ちゃん、いちいち反応が新鮮でグッとくるな!)
(そうだな)
(え!マジで同意!?)
(そうだな)
(って聞いて無いのかよ!)


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