■ イレイザーヘッド


「相澤先生」

「........」

「相澤先生」


お風呂出ましたよ、と返事が無いので無駄だとはわかっているが一応声をかける。よっぽど集中しているのか、デスク上のパソコンに向かって返事も視線も寄越さない相澤先生。緩く結い上げた髪から覗くうなじは自室ならではの格好で妙に色っぽい。

そろそろと歩み寄り、後ろに立って見ても特に反応はない。すごい集中力に舌を巻く。と同時に、これだけ熱心にパソコンを見ているのだからドライアイも酷くなる一方だろう。


「消太さん」

「っ!?」


ちゅ、と耳にキスをしつつ囁けば、ようやく気づいた相澤先生が耳を押さえて勢い良く振り返る。そこはかとなく、頬が赤らんでいる気がしないでもない。


「名前...」

「何回呼んでも返事しないから」


くるりと椅子ごとこちらに向いた相澤先生が眉を寄せて私を見上げる。耳はまだ押さえたままだ。わずかにだが、不満そうな声音に、私は満足感に笑った。


「お風呂、出ましたよ」

「見りゃわかる...」

「ふふ」


はぁ、とため息混じりに言われソファに移動した相澤先生が天井を仰いで目をつぶってしまった。目を酷使するからですね。目薬を手渡せば、ん、と受け取る。


「髪、まだ濡れてるぞ」

「え?あ、本当ですね」


肩にかけたタオルにぽた、と雫が垂れる様子を見た相澤先生が腕を伸ばす。それに私も腰を曲げる。する、と相澤先生の指先を私の髪が滑って濡らした。それをぼんやり見てもっと触れたい、と私が思ってしまった。


「おい、そこに座るのか」

「拭いてくれるのかなぁ、と」


ソファに腰掛ける相澤先生と向かい合うように、膝の上に座れば咎めるような声がかかった。それをスルーすれば、相澤先生も特に下ろしたりすることもなく受け入れてくれた。それが嬉しくて、首に腕を絡めれば、おい、とまた言われてしまう。


「拭けないだろ」

「大丈夫ですよ」


猫のように首筋に擦り寄り顔を埋めれば、一瞬、動きを止めたものの、ため息と共に首にかけていたタオルで髪を拭き始めてくれた。その心地良さに目を閉じる。息を吸うたびに相澤先生の香りがして安心した。ぐりぐりと甘えるように頭を押し付ければ、咎めるような声が降ってくる。


「冷たい」

「拭いてくれてるじゃないですか」

「そこは拭けてないだろ」


わしゃわしゃと動かしていた手を止めて言われてしまう。さっきまでの心地良さが消えて少し不満になり、思わず目の前にあった首筋をがぶりと噛めば、びくっと相澤先生の身体が跳ねた。


「...何してんだ」

「あ...、へへ、手が止まったのが不満で、つい」

「つい、じゃないだろ」


顔を上げて見れば、反応してしまったのが悔しいのか恥ずかしいのか、何とも言えない表情の相澤先生が私を見上げていた。誤魔化すように笑ってはみたものの、相澤先生はから額を小突かれた。加減をしてくれたようで痛くはなかった。


「ふふ」

「何笑ってんだよ」

「いえ、痛くないなぁと思いまして」


額をさすりつつ、呆れてる相澤先生を見下ろす。いつもは見えにくい目元が、結ばれた髪によってよく見える。色っぽい。はぁ、と横を向く相澤先生の顔を両手で私に向かせれば、あの気怠げな瞳が見上げてきた。


「相澤先生は色っぽいですよね」

「は?何言ってんだ」


ちゅ、と瞼にキスをする。そう、この目だ。色っぽくてぞくぞくする。右目、左目、鼻先、とキスを降らせれば、今日はどうした、と相澤先生に肩を押される。


「どうかしたのか?」

「いいえ、何もないですよ?」


訝しむような瞳に、きょとんと返す。特に何もない。強いて言うなら相澤先生に触れたいなぁ、なんて思ってるくらいだ。いや、でも確かにいつもに比べたら数倍積極的なんだけれども。


「ただ相澤先生に触れてたいなぁ、と思っただけですよ」

「それ、」


そう言えば、相澤先生が何かを言おうとする前に噛みつくようなキスをして、相澤先生の言葉ごと飲み込んだのだった。

















(欲求不満だったのかな...?)
(期待に添えるよう頑張るよ)
(え、それは...)


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