■ イレイザーヘッド

最近、2人きりの時に相澤先生は私を名前で呼ぶことが増えた。私は相変わらず相澤先生のままで、本当にごくごく稀に名前で呼ぶことはあるが、今のところ片手で足りる回数だ。相澤先生で定着してしまっているのもあるし、今更変えるのも気恥ずかしいからだが、相澤先生は特にそれに対して何も言わないので私もそのままにしている。


「名前、観えない」

「うぅ、でも...」


テレビの正面に、片膝を立てて座る相澤先生の足の間で、ブランケットを肩まで上げて密着して体育座りのように小さくなっている私。

先日怪我を負った私を気遣ってか学校やその他からお休みを貰ったので暇を持て余していたためDVDを借りてきた。その中にあったホラー系の映画を一緒に観ているのだが、想像以上に怖い。でもこの先のストーリーが気になる。一瞬音が消えたかと思えば、直後に激しく鳴る効果音に心の中で叫びながらブランケットを上げてみたり下げてみたりを繰り返しているのに、観るのはやめない。


「そんなに怖いなら見なきゃいいだろ」

「うっ...!で、でも、怖いもの見たさといいます、かぁ!?」


話している途中で突然きた怖いシーン。思わず声が上ずり、相澤先生が後ろにいてこれ以上下がれないにも関わらず足が逃げるように咄嗟に後ろへ力を込める。ソファと私に挟まれた相澤先生が小声で狭い、と呟いたのに気づいて力を緩める。


「そこまでして観たいもんかね...」

「うぅ...。見始めると先が気になっちゃって...」


かと言って、掃除だ食事の準備だと動き回れば相澤先生に何の為の休みだ、と一蹴されてしまう。だから怪我人の休みらしくごろごろと過ごしていると、夜になる今にはもう飽きてしまったというか、観たい映画も観尽くしたという状態なのもある。だから普段は怖いもの見たさでも優先順位が低く、手を出すことのないホラー映画を観ているのだ。でも確かに相澤先生の言う通り、こんな観てるんだかどうかわからない見方なら観ないでも良いのかもしれない。リモコンに手を伸ばそうとした時に、後ろで相澤先生が、お、と呟いたのと、テレビから聞こえる効果音にびくっとして手が止まる。


「うぅー...」


唸ってブランケットで顔を隠していると、お腹の前に相澤先生の腕が回される。元々密着してはいるものの、引き寄せられると後ろから抱きしめられる安心感に身体の力が抜けて相澤先生の胸に寄りかかる。それに満足したのか、片腕が離れて数回頭を撫でられるとまたお腹の前に戻る。


「もうすぐ終わるぞ」

「頑張ります...!」


物語が佳境に入っているので怖いシーンもそこそこ多いが、相澤先生の腕が回されているだけでさっきよりもずっと怖くないと思う現金な私。安心感からかにやにやとだらしなく頬がにやけてしまう。それに気づいたのか、回していた手を抜いた相澤先生が上を向かせる。首が中々に辛い...。


「そういえば...」

「相澤先生?」

「名前、呼ばないのか?」

「え、それは...んっ」


見つめ合うこと数秒、そのまま口ごもる私に痺れを切らしたのか、相澤先生の唇が落ちてきた。触れるだけの口付けが、角度を変えて数回された後にはもう顔が真っ赤になっているのが自分でもわかった。


「ちょ、まって...!」


何回目かのキスの後、耐えられなくなった私が待ったをかければ、ぴたりと相澤先生の動きが止まる。もう映画がどうとかは綺麗さっぱり無くなっていた。


「相澤先生...!」

「まただ」

「うぅ、だって、今さら...!」


恥ずかしさから上を向きながら情けなく眉を下げる。いつになく食い下がる相澤先生に戸惑いつつ、呼んで、と言われたらと口を開けたりするものの音にならない情けなさ。


「名前、」

「ひぃぃ!耳元はずるいです...!」


す、と相澤先生の顔が耳元に寄り、あの低音で囁かれればぞくぞくと身体が震える。思わず泣きそうになりつつ、耳元の相澤先生の顔に手をやり距離を作れば、幾分か不満そうな顔が目に入る。


「う、えと...」

「..............」

「しょうた、さん...?」


意を決して、という程のものでもないのだが、おずおずと口に出せば、自分で言って照れてしまいひー!と手で顔を覆う。一方、今日はやたらとこだわっていた相澤先生はと言うと特に大きな反応もない。


「...悪くない、か?」

「疑問形!?」


さっきよりは雰囲気が柔らかくなった...?鼻先にキスをしてくるあたり不機嫌ではないようだけれど、いまいち何を考えてるのかがわからない...。


「まぁ...及第点だな」

「え!何がぎりぎりなんですか!?」


相澤先生の胸元に寄りかかったまま思わず声を上げてしまった。及第点とは?言い方?まさか呼び方が求めていたものじゃなかった?なんてトンチンカンなことが頭をぐるぐると回ってしまう。


「どっちでも良かった、ってことだよ」

「あ、そうでしたか...」


相澤先生の言葉にほ、と胸を撫で下ろす。良かった、何か失敗したわけでなくて、と、息を吐いているとぽんぽんと頭を撫でられた。いつのまにか映画はエンドロール流れている。


「名前の好きにしていい」

「うっ...!優しさが逆に辛い」


すみません、慣れなくて、とめそめそと言えば、肩に相澤先生の頭が乗せられる。ぴんぴん跳ね回る髪がくすぐったい。


「そういう所も含めて良いと思ったのは俺だから気にするな」

「相澤先生...」


じんわりと優しさが染み渡る。何も考えずに口にしたから、呼び方は相変わらずだったが、相澤先生はん?と返事を返してくれる。


「慣れれるように頑張りますね...!」

「...ま、追い追いだな」


楽しそうな声音でそう言いながらぺろりと耳を舐められ、私は声にならない悲鳴を上げるしかできなかった。











(先は長いな)
(そういうことを!急に!するから...!!)


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