■ イレイザーヘッド
その夜は本当に偶然、相澤先生のいた現場を通りかかった。パワータイプの敵が暴れれば、周囲に被害は大なり小なり出る。警察が規制をしていても時折その余波を受けて怪我をする見物人や警官を治していたりと敵から距離を置きつつ動き回っていたが、久しぶりすぎて油断をしていたのかもしれない。
あ、と剥がれ落ちたビルの外壁が降ってきた事に気づいた時には、目の前の人を突き飛ばすので精一杯で自分が間に合わなかった。幸いにもそこまで大きな外壁ではなかったものの、意識ははっきりしててもある程度の怪我は免れず、自体が収束を迎えると同時に搬送された先の病院で、駆けつけてくれたリカバリーガールに治してもらいつつ、お小言を頂戴した私は苦笑いを返すしかなかったのだった。
「あ、相澤先生」
こんばんは。
ベッドの上、リクライニングを使って上半身だけを少し起こしている体勢のまま声を掛ければ、彼は一瞬だけ苦々しく眉を寄せた。見た所怪我はしていないようだ。
「具合は?」
「背骨と肋骨にヒビ入ったくらいです。明後日には復帰します」
細々した傷やヒビは、既にリカバリーガールによって完治。残りの怪我も明日中には治りそう。そう伝えれば、今度は顔色一つ変えずにそうか、とだけ呟いてベッド横の椅子に座った。そのままじっとこちらを見つめる相澤先生に首を傾げる。何か変なことでも言ったか...?
「あの、どうかしましたか...?」
恐る恐る聞けば、彼はいや、と何も言わない。なんだろう、とその返答に頭をフル回転させる。
「えと、大丈夫、ですよ...?」
心配してくれてるのだろうか、と思ってそう言ってみる。しかし私とてヒーローの端くれだ。怪我をしたのだって自分の力不足だから仕方のないこと。それは相澤先生だって同じことを私が思うよりも厳しく思っているはずだ。だって彼は私よりもずっとずっと前線で動いてきたプロヒーローなのだから。
「私も、プロですから」
「...あぁ、そうだな」
ふ、と相澤先生が口元を緩める。それに私もほっとして胸を撫で下ろした。普段から分かりにくい人ではあるけれど、今のはいつもよりもわかりにくかった。もしかしたら、ヒーローとしてと相澤先生としての気持ちで揺らいでいたのかも?と少なからず心配してくれていたのかもしれないそれに頬が緩んだ。
「何笑ってるんだ」
「ふふ、いえ、何でもないですよ」
くすくすと笑いが出てしまい、相澤先生が不機嫌そうだ。でも言われてもいないのに心配してくれてありがとう、だなんて自意識過剰かもしれないと言葉を濁せば、ぎし、と腰を屈めて立ち上がった相澤先生の腕がベッド脇に置かれる。
「言ってくれ」
「え...?」
お互いの顔が近づく。相澤先生の声音が、言葉が、いつもより頼りなく聞こえた。痛む腕を無視して彼の頬に手を添える。
「俺は、正直焦った」
崩れる壁の一部が、名前に落ちてくのが見えた時。
囁かれるような抑揚のない声に、見下ろされる瞳からは何も読み取れない。私には、言葉通りにしか受け取ることは出来ない。
「けど届かなかった」
相澤先生の声は、表情は、何も映し出していない。それでも、私の方が泣きそうになってしまうのは、彼の言葉が私を思ってくれているからだろうか。
「他に優先すべきがあったからだ」
「はい、」
あそこには、一般人がいた。プロヒーローが守るべきは、同じプロヒーローではない。優先順位が違うのだ。だからこの怪我は仕方のないことなのだ。相澤先生が気にすることは何一つない。
「ありがとうございます、気にかけてくれて」
だから、私がかけられる言葉はこれくらいしかない。ぴくり、とベッドに置かれた腕が動いた気がした。
「私の怪我は私の責任ですから、ね?」
それでも心配してもらえるなんて幸せですね。
そう言って笑えば、相澤先生も目元を緩ませてくれたのがわかった。ちゅ、と私から触れるだけのキスをすれば、驚いたように目を開く相澤先生が面白くて、でも少し恥ずかしくて、照れ笑いを浮かべてしまった。
「ありがとうございます、消太さん」
(なんかぐっときた。もう一回言ってくれる?)
(恥ずかしいから嫌です...)
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