■ イレイザーヘッド


暗い映画館に人はまばら。隣で同じ映画を観るのは相澤先生。どうして相澤先生と映画を観に来ているのかと言えばアレしかない。ミッドナイト先生とマイク先生である。建前としてはお前ら仕事しすぎ、今日金曜だしちょっと息抜きしてこい、と夕方の職員室と保健室で半ば追い出される形で映画のチケットを持たされた。

そして今に至るが渡されたチケットは今中々に話題の映画。濃厚なラブシーンに、すれ違う男女というお決まりの恋愛系の海外映画ではあるけれど...。あれ、これ年齢指定あったっけ?と勘違いしてしまうくらいに濃厚な絡みを見せられている。普段あまり恋愛映画を観ない私にとっては、相澤先生と一緒にこの映画を観ていることはなんというか、居た堪れない。


「あっ、んん!」


大きなスクリーンから聞こえる艶っぽい女性の声。観ないというのは頂いた身として如何なものかと一応観てはいるものの直視できない。恥ずかしすぎる。なんの罰ゲームですか。

横目でちらっと相澤先生を見ると至極無表情で映画を観ている。おいおい、どんなメンタルだよ。と思わず突っ込んでしまいたくなってしまうが、ここ最近は嫌というほど自分の恋愛不慣れさを突きつけられてるのであれ?私が勝手に気まずくなってるだけ?とも思ってしまう。ていうかそもそもミッドナイト先生とマイク先生の映画チョイスだめだろ。なんで仕事上がりにこんな映画を相澤先生と観なきゃいけないんですか。


「つかれた...」


約2時間半。あの内容でよく耐えたよ私。恥ずかしすぎて映画のあとにある、あそこのシーンが〜などとといった会話は皆無である。そしてそれを特に気にしていないらしい相澤先生も、特に触れてくることもなく隣を歩いてくれてる。レイトショーに近かった事もあり、映画館を出る頃には外は暗い。どうしよう、恥ずかしさでもう帰りたい。けどせっかく一緒にいるし、とさっさと帰るのも名残惜しい気もしてしまう。って乙女か、恥ずかしい。


「何してるんだ?」

「いえ、何でもないです!普通ですよ!」


うんうん悶えていると相澤先生が変な人でも見るかのようにこちらを見ていたのでわざとらしく取り繕ってみる。もう自分でも何がしたいのかよくわからないけれど、恥ずかしさの余韻だけはあった。

とりあえずご飯にしよう、と入ったお店は個室の創作料理屋さん。品の良さそうな作りでデートなどで使われそうな雰囲気。そこまで大きくないテーブルに向かい合って座り、飲み物と料理を数品頼めば落ち着いた2人きりの空間になる。


「さっきからずっとそんな様子なわけだが、」


先に運ばれてきた日本酒を飲みながら相澤先生に言われれば、いや、えぇ、まぁ、と言葉を濁す。いかん、話題が映画のインパクトの強さに吹っ飛んでってる。ちなみに私はノンアルコールです。


「ちょっと、慣れない種類の映画を観てこう、なんといいますか...」

「...映画にまで恥ずかしがるっていくつだよ」

「うっ...返す言葉もございません」


なんて真っ当な意見。そうそう、こんな風になれたら私だって映画だからと言えたのに。って無理。無理です、いまさらそんな風になれませんから。うぅぅぅ、と俯きがちに壁にもたれ掛かる。


「映画館でもそういう反応してたろ」

「しっかり見られてる...!」


やだもう。あんなそわそわ落ち着きない様子を見られてたなんて!と恥ずかしさに拍車がかかる。もうほんと、何そんな涼しい顔で飲んでるんですか相澤先生。


「見ていて楽しいが、慣れてもらわんと困るな」


そう言ってお酒の入ったグラスを置くと手を取られて指先を絡められる。相澤先生の少し冷たい手と驚きで手を引きそうになるものの、それは許されず握り締められた。


「あ、の...!」


引くに引けず力を緩めれば、それに気づいた相澤先生の手から力が抜け、指先が私の手の甲を撫でる。その感覚に私の手がびくりと震えた。


「どうかしたか」

「あの、手、をですね...」


なんだろう。触れ方がいやらしいとしか言えない。恥ずかしさに眉が下がるのが自分でもわかった。一方で相澤先生はなかなか楽しそう。楽しまないで...!


「手が?」

「うぅ...、離して、ください...!」


そう言えば素直に離れる相澤先生の手。ほ、と安心すると同時に名残惜しいと思ってしまった私はもう相澤先生に絆されているに違いない。からからに乾いた喉を潤うすように目の前に置かれたお茶を一口飲んだ。


「...俺は触れてたいんだけどなぁ」

「ぶふっ!」


何を言ってるんだこの人。危うく口に入れてたお茶を吹き出すところだったのをなんとか飲み下し、口を開こうとしたところで相澤先生と目が合い、単語の一つも出てこなくなった。こんなこと言う人なの?なんか、違くない?


「相澤先生、ちょっと酔ってます...?」

「これくらいで酔うか」


置いていたグラスを煽りながら否定された。まだ素面ってこと?余計恥ずかしいじゃないか。こっちだって素面なんだからそういうことを言うのはやめていただきたい。素面の私の恋愛偏差値は底辺を這ってるのだから。


「もー...からかわないでくださいよ」

「本心だよ」

「だから、そういうことを...!」


恥ずかしさと手持ち無沙汰から私も飲んでいたお茶のグラスを両手で持って指先を動かす。冷えて汗をかいたグラスから伝わる温度が手に移り気持ちいい。相澤先生はそんな私を見て楽しそうだ。今日は機嫌がいいなぁ、もう、かっこいいとか思う私どっかいけ。


「苗字は違うのか?」

「ちがっ...、わ、ないですけど...」


言っていて恥ずかしくなった私の言葉、最後の方は聞き取れるかどうかだろう。それでもちゃんと聞こえていたのだろう相澤先生はほー、とにやりと笑っていてもう無理です、勘弁してください。


「ちょっとお手洗い行ってきます...!」

「もう料理くるからな」


個室の扉を開け、靴に足を入れて逃げ出す私を相澤先生はひらひら手を振って送り出した。













(料理はとても美味しかった、はず。相澤先生が目の前にいて味しなかったけど)


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