■ イレイザーヘッド
一刻も早く寮に帰りたい。
私の気持ちはそれで一杯だった。それなのに言うことを聞かない酔っ払った身体はふらふらと覚束ない足取りでゆっくりとしか進めない。もたれかかるようにしている相手は送る、と言ってくれたミッドナイト先生ではなく相澤先生。私のばかやろう、こうなることは(多分)予測できただろうに。
ふわりと香った相澤先生の香りに内心叫びそうになった。もうやだ、落ち着かないのに酔いも覚めない。いい匂いとか思う自分もどっか行って。お酒で頭までおかしくなってるの。
「随分と飲んだみたいだな」
「すみません...」
顔ごと目線を合わせないように下を向いて返事をする。少し呂律が回ってない気がした。カバンを相澤先生が持ってくれている上にほぼ彼の腕にしがみついてる状況ではあるけれど、せめてもの抵抗である。
「まだ着かない...?」
当たり前だ。いくら雄英からほど近い場所で飲んでいたとはいえ、今は酔っ払いの私に合わせて歩いてくれているのだから進みは遅い。それなのにそれに気付けない正真正銘の酔っ払いの私は不思議だと言わんばかりに呟いた。
「抱えてってやろうか」
「...冗談はよしてください」
相澤先生の声のトーンでは冗談かどうかがわかりにくい。もし承諾したら本当に寮まで抱えて行ってしまうかもしれないのだ。息切れし始めたそれでもお断りをしなければ。
ふわふわと街灯の少ない夜道を並んで歩く様はまさに酔っ払いとその介抱をさせられている人だ。元々裏方向きな個性のおかげでトレーニングらしいトレーニングを真剣にしてきてない上に個性の特性上体力面では劣り、さらに飲酒している今の状態ではとことん体力がない。街灯と街灯の間の少し薄暗い場所で、相澤先生から離れて壁に寄りかかるようにして休む。これは冗談抜きでトレーニングが必要かもしれない。
「大丈夫か?」
「はは、すみません、待たせちゃって」
上がった息を整えるように目を閉じたのがいけなかったのか、ぐらぐらの頭ではうまく平衡感覚を掴めなかったようだ。知らず傾く身体を引き寄せてくれたのは目の前の相澤先生だった。
「ったく、ひやひやするよ」
「あ...、今、倒れそうでした?」
「それもわかってないのか?」
呆れに似たため息がすぐ上で聞こえて苦笑いしか出なかった。本気で気づいてなかった、と言えば本気で酔っ払いめと呆れられてしまうかもしれない。見上げればいつもの半眼でこちらを見下ろす相澤先生と目が合う。
そこからは前と同じだった。
支えるように腰と後頭部に手を添えられると小さなリップ音と同時に口付けられた。私も大した抵抗もなく相澤先生の胸元の服を握っていれば、唇が触れ合うかどうかの距離で酒くさい、なんて呟かれた。
「ここ、」
そんなの今更だしここ外ですよ、と反論しようと私が口を開いた瞬間、続く言葉は飲み込まれる。代わりに角度を変えて口付けられるそれが深いものになった。鼻からくぐもった息というか、声漏れる。
「んっ...、はぁ、」
整い始めていた息がまた荒くなる。思った以上に力が入らなかったが押し返すようにぎゅ、と相澤先生の服を握ったことで、最後に唇を舐められて離れた。私はといえば、情けなくもくてん、と相澤先生の胸に頭を預けているし、腰に回った手がなければ膝から崩れ落ちていたかもしれない。
「なんてことを...」
「すまんね、許可はおりてる」
「それ私じゃない...!」
よしよし、と相澤先生の胸に顔を埋める私の頭を撫でる相澤先生の言葉に息も絶え絶えに思わず突っ込んでしまった。それミッドナイト先生ですってば。
「なんで...」
「言っただろ。好きでもない相手にこんなことしないって」
「言ってた。言ってましたけど...」
一方通行ですよそれ。頭を預けたまま尻すぼみになる言葉。さっきまで一緒に話していたミッドナイト先生の満更でもないんでしょ?という言葉が脳裏をよぎる。そうなのか?そうだったのか?たしかに拒否してないけどそうなのか、私。
「好きなんですか、ねぇ...?」
「俺に聞かれても知らんよ」
はぁ、と私の頭に顎を乗せた相澤先生に今度こそ本当にため息をつかれてしまった。いい年してこんなこともわからないなんて恥ずかしい。いや、恥ずかしいことは他にもたくさんあるのだけど。この状況とかこの体勢とか。
「とりあえずさっさと帰るぞ」
「え、きゃ...!」
ふわりとした浮遊感に思わず小さく悲鳴をあげる。身長差があるからかとても容易く持ち上げられた私は安定感を求めて相澤先生の首に両腕を回す。って抱えられてるじゃないか。
「筋肉無いな。トレーニングしてないだろ」
「ちょ!指!動かさないでください!」
当たってるけれどもそれはセクハラ!やわやわと動く指先が太ももや脇を撫でてくすぐったい。そのせいですたすたと今までの倍のスピードで進む景色を見る余裕もない。
「体力無いと困るだろ」
「急な正論やめてください...」
なぜ。と相澤先生の正論に、誤魔化すかのようにうなだれて彼の首元に顔を寄せるしかできなかったのだった。
(相澤先生が苦しい、と小さく呟くので内心ざまあみろと思ってしまった)
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