■ ミッドナイト

「そんな楽しそうなことがあったのね...」

「楽しくないですよ...」


ここは居酒屋の個室。先日あった相澤先生との一件を(所々オブラートに包みながらも)粗方話した私の向かいには、いつものセクシーコスチュームではなく私服姿でうっとりと楽しそうな笑顔を浮かべるミッドナイト先生。言ってしまった恥ずかしさから目の前のジョッキをあおる。珍しいというか、お酒自体がそんなに強くない私にしては多少なりとも乱暴な飲み方にミッドナイト先生はにんまり顔のまま荒れてるわね、と笑っていた。


「相澤くんたら行動派なんだから」

「もっと慎重に行動して欲しいです」


ミッドナイト先生がシーザーサラダを取り分けながら言った言葉を即座に否定する。条件反射である。仕方がない。


「満更でもないんでしょ?」

「それは...」


言葉に詰まる。満更でも無いのかどうかもわからないなんて、私の恋愛偏差値は底辺以下なのだろうか。いやいや。でも、と自問自答を繰り返す。気分を紛らわすようにサラダを一口食べた。


「どうなんでしょうか...」

「え、もしかして本当に名前ちゃんって恋愛系統死んでるの?」

「んん。否定できない悲しさ」


あらやだ。可哀想に、相澤くん。と口元に手を持っていき全然可哀想と思ってない顔で言うミッドナイト先生。笑ってますよね、それ、間違いなく。


「残念な子を想っちゃったのね〜」

「それ私のことですよね」


残念て。いや、わかってるけれども。ミッドナイト先生のような色気たっぷり系美女に比べたら残念でしょうよ。と、店員さんがステキな笑顔でおかわりのビールを持ってきてくれた。


「そもそも恋愛とかそういうのが久しぶりすぎて感覚がわからないと言いますか...」

「ふふふ、高校生みたいな反応。好きだわぁ」

「聞いてます?」


頬杖をついてそれはそれは楽しそうなミッドナイト先生。本当にこういう類の話好きですよね、青春!て感じの話。


「いいじゃない。とりあえず付き合っちゃえば」

「とりあえずでお付き合いなんてしません」

「真面目ねぇ。そんな所が良かったのかしら」

「茶化さないで...!」


つらつらと軽口を言い合いながらもお酒を飲む手が止まらない。なぜなら素面でこんな自分の恥ずかしい話など出来ないからである。ミッドナイト先生もそれを承知の上なのか止めるどころか勧める始末である。


「ねぇ、名前ちゃん。明日の予定は?」

「何ですか急に...。午後からの仕事しか入ってませんよ」


じゃなきゃこんなに飲まない。個性のこともあるし、私自身のお酒の強さもあるしこんなに飲んでるのは本当に久しぶりなのだ。おかげで視界はぐらぐら、頭もぼんやりしている。


「そうなのね。でもだいぶ酔ってるみたいだからまだ早いけどお開きにしましょ」


寮まで送ってってあげるから。と言われ立ち上がるミッドナイト先生につられるように、そうですね、と立ち上がる。が、立ってみて自分でも驚くほどに足元がふらふらな事に気づく。


「大丈夫?」

「あ、はい...、すみません」


さっと手を出してくれた彼女に礼を言いつつも手が離せない。テーブルでお会計を済ませ、ふらふらのまま出口まで連れて行かれるとそこにいたのは今の今まで話していた相澤先生だった。思わず隣に立つ自分よりも高い位置にあるミッドナイト先生の肩に額を寄せて項垂れてしまった。

そうだった。ミッドナイト先生はこういう人だった。そして素直に来るなよ、相澤先生。


「ごめんねぇ、名前ちゃん。私、明日午前中に雑誌のインタビューがあって寮には戻らないのよ」

「それ先に言ってくださいよ、本当に。勘弁して...」

「じゃ、あとよろしくね、相澤くん」


送り狼になってもいいのよー、なんてとんでもない言葉を言い残して駅の方へと消えていくミッドナイト先生。ふらふらな私は相澤先生の肩口の服をほんの少しだけ握ってどうにかバランスを保っていた。
















(筒抜けだな、と呟いた相澤先生に乾いた笑いしか出なかった)


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