■ イレイザーヘッド

「ダメかぁ...」


厚い雲からこれでもかと降り注ぐ雨を見上げながら、駅でぼそりと呟いた。

懇意にしている病院を数件周り、明日は1日雄英だから、とほぼ物置と化している自宅から着替えなどのお泊まりセットを肩掛けバッグに入れて雄英の最寄り駅まで来たはいい。電車に乗った時は晴れていたのに、みるみるうちに空は暗くなりどしゃ降りへ。この時期特有のゲリラ豪雨というやつである。折り畳み傘も無いわけではないが、荷物もある状況でどうしても駅から出る気になれなかった。まぁ、時間はあるのだけど...。雲に隠れて見えない空ももう暗くなっていることだろう。と、ぼんやり空を見上げていると携帯が震える。手に取ればミッドナイト先生からだった。そういえば今日は職員寮に泊まるからと話をしていたなぁ、なんて思い出す。


「もしもし」

『名前ちゃん今どこ?』

「駅です。雨で足止めくらっちゃいまして...」

『あら大変。迎えに行ってあげるわよ』

「え、良いんですか?助かります」


ミッドナイト先生の嬉しい提案に思わず声が弾む。電話の向こうからは良いのよ〜、なんて上機嫌な声が聞こえ、二言三言話すと電話が切れた。思わぬお迎えに少し沈んでいた気持ちが浮上する。ミッドナイト先生の車カッコいいんだよね、なんてにまにましてしまう。残念ながら雨なので屋根はあるだろうけど、オープンカーに乗る機会なんて私にはそうそう無い。楽しみ、と鼻歌を歌いそうな気分になる自分に現金だなぁとも思った。


「あ、来た」


わくわくと待っていると、程なくして駅前によく見る車が到着する。ミッドナイト先生の車だ。肩にかかるバッグの紐を掛け直し、雨に当たらない所まで車を付けてくれたので向かってお礼を言おうと車高の低い車に合わすように少し屈んで中を覗いた時に驚いて予定と違う言葉を言ってしまった。


「へ?相澤先生だ」


運転席に居たのはミッドナイト先生ではなかった。運転するからだろうか、いつもの学校で見る格好だが捕縛布は外されて髪をまとめている。え?ミッドナイト先生は?と疑問符が出てしまっていたが、相澤先生が窓を開けて早く乗れ、と言うものだからあれ?なんて思いながらも助手席にお邪魔する。


「相澤先生が?」

「ミッドナイト先生は所用だそうだ」


ぶるん、とエンジン音が聞こえると同時に車が発信する。嘘だろ、ミッドナイト先生。それ、絶対嘘だろ。とほくそ笑んでいるミッドナイト先生が頭に浮かぶ。


「あの、ありがとうございます」

「仕事も終わったとこだったからな。ちょうど良かった」


濡れずに済んだな、と続ける相澤先生は前を見ていた。いつもの無表情というか、特に感情を乗せている表情ではないので見慣れているはずなのに、相澤先生が運転している車の助手席に乗っているということがなんだか気恥ずかしくて、盗み見るようにしかその横顔を見れない。

ざあざあと叩きつける雨に、これは迎えに来てもらわなかったら大分時間を消費してしまっていたな、と改めて迎えをありがたく思う。予想外だったけど。するとエンジン音と同じくがたん、と時折動かされる相澤先生の左手に視線を下ろす。あ、これマニュアル車なのか。クラッチに置かれたままの左手が嫌に男らしくて目が離せなかった。ってジロジロ見るな自分。


「相澤先生、運転されるんですね」

「あぁ、普段はほとんどしないんだがね」

「へぇ、珍しいものを見させてもらいました」


私もあんまり運転しないんですよ、と言えばだろうね、と返された。あ、そういう反応ですか。


「苗字は真っ直ぐ突っ込みそうだからな」

「相澤先生の中の私無茶苦茶じゃありません?」

「あながち外れてないと思うがね」


鈍臭いと言いたいのだろうか。思わず突っ込むと相澤先生が頬を緩めた。それにどきっとしてしまった。相澤先生が運転している車に乗せてもらうなんてレアな状況で心がそわついているのかもしれない。運転する姿って格好良く見えるもんな、っていかんいかん。


「あの、でも相澤先生お迎えとかするんですね」

「あぁ...」


話をすり替えるように違う話題を口にする。相澤先生は特に気にした風もなく一言つぶやいて何かを考えてるようだ。もう雄英に着く。


「苗字だったからな」


ぽつりと一言。耳に届くその言葉。それがどんな意味かまで理解することはできないけれど、私はそれを嬉しくも恥ずかしい意味でと捉えてしまっているかもしれない。ぼっ、と赤くなる顔を隠すように膝の上のバッグに顔を埋めると優しいブレーキ音と共に車が職員寮の前に停車したようだ。


「着いたぞ。何してんだ」

「いえ、ちょっと、自分が恥ずかしいといいますか...」

「なんだかわからんが早く降りろ」

「うぅ、天然タラシめ...」


最後の一言は(そうしたのだが)聞こえてなかったようで相澤先生はうだうだする私にただ眉を寄せただけだった。ようやく上がった雨で濡れた職員寮前の階段に足を進めると、待ってたと言わんばかりのミッドナイト先生が中から出てきた。いや、いるじゃん。しかも私服で。と相澤先生も思ったのだろう、ミッドナイト先生を視界に入れた相澤先生はそれはもう不機嫌そうな顔をしていた。


「おかえり〜!って、あらぁ?名前ちゃんどうしたのその顔」


口元に手を当て、にやにやと楽しそうなミッドナイト先生を、赤い顔で睨むしか私には出来ないのだった。














「ショータがお迎え!?それもう惚れてるだろ!」

「ねぇ、やっぱりそう思うわよね〜」


なんてマイク先生とミッドナイト先生の会話が、相澤先生がいなくなったあとの職員室でされていたことを私たちは知らない。


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