■ オールマイト

さて、そろそろオールマイト、トシさんが帰ってくるだろう。だろう、というのはあくまで予定だからだ。ここ数ヶ月、行動を共にして気づいたことがあったからだ。

彼は本当に、誰もが認めるヒーローであること。

なんて当たり前のことをまざまざと見せつけられたからだ。言葉で言うのはこんなにも簡単なことではあるが、それを実行し続けるというのは、陳腐な言葉だが並大抵ではない。様々な人、物、場所、色々な力を借りても、それでも自分が掲げた理想像であり続けることのなんと孤独で労力のいることか。そんな彼だから、どんな小さな事件も見逃さず、解決に導き、それを見届ける。

だから予定は予定なのだ。

以前とは比べ物にならないくらいにヒーローでいられる時間は短くなったというが、それでも逆に密度は増したはずだ。犯罪抑止力としての力が衰えていないことがその証拠だ。


「ふむ」


予定より1時間遅い。まだ許容範囲内である。すでに夕飯の準備を終えた私は1人がらんと広いリビングのソファで所在なく小さくなる。私と彼が出会ってまだ数ヶ月。彼の体調面のメンテナンスというか、無理をしないための見張りというか、他の仕事を最小限に抑えて(他の仕事をリカバリーガールが請け負ってくれた)彼と行動を共にしていた。文字通り、この広い家の一室を借り受けて寝食をともにして。とは言っても最早病的なほどに事件の知らせを聞きつけては出て行くので1人でいることも多い。それこそ最初は一緒についていったものだが、当初に比べれば今の身体の状態にも慣れたらしい彼が無理をする事が減ったので家で待機していたり、近隣での仕事も徐々に戻している。


「いつ戻ってくるかなぁ」


ぽち、とテレビをつければ生中継。この家からほど近い場所で引ったくりが起き、それを捕まえたのがオールマイトであると流れている。なるほど、もうすぐ帰ってきそう。彼からの連絡よりもテレビの中継の方が早いなんて、と苦笑いが出てしまった。さてさて、今日は怪我もなく良好で帰ってこれるのだろうか。と、ソファから立ち上がったところでがちゃりと玄関の開く音がした。帰ってきたらしい。


「おかえりなさい」

「ただいま...」


いやぁ、なんだか照れくさいね。
なんて言いつつ、ドアを後ろ手で閉める。その姿は今さっきテレビに映っていたマッスルフォームではなくトゥルーフォーム。見た目がこれだけ変わるのでカモフラージュとしても使っているようで、自宅付近で姿を変えるようだ。ご飯はできてるので先にシャワーでも、と言えば彼はいつもの人の良い笑みを浮かべ、お言葉に甘えさせてもらうよ、と浴室に足を向ける。


「あ」

「え?」


ぱ、と後ろを向くトシさんの横顔に思うところがあり、その手を取ればトシさんは目を瞬かせる。


「暑いですか?」


そう聞けば、少しばかり困ったように笑った。その反応は肯定であると、この数ヶ月で学んでいる。少し背伸びをして彼の額に手を伸ばせば、うん、まぁまぁ熱い。動き回ってきているのだから多少は仕方ないけれど、それでも少し熱いと言わざるを得ない。


「入浴は短くお願いします」

「かなわないなぁ」


ははは、とどこか他人事のように肩をすくめて困ったように笑いながら、改めて浴室へ向かう彼を見送り、私はキッチンで野菜のスープを温め直すことにした。そして温まり、火を消した直後にお風呂上がりのトシさんが現れる。彼がソファに腰掛けたのを見届けて私がその前に膝をつく。これは日課でもある。


「今日はどうでしたか?」

「そうだなぁ、調子は良いはずだけど」

「熱が少し高そうですよ」

「帰ってきたばかりだからじゃないかい?」

「それを差し引いても、です。怪我は?」

「怪我はとくにないよ」

「それは良かった」


つま先からつむじまで見るように話しながら全体を見る。たしかに怪我はないようだ。全体的には確かに問題ないだろうが、たびたびトシさんは熱を出す。内臓系の損傷が激しかったことも関係しているのだろうが、免疫力が低くなってしまっているのかもしれない。そしてなによりその状態に慣れつつあるので自覚が少ないのが悩みどころである。まず薬でどうこうするものでもない。手術自体は終わっているし、あとは無理をせず穏やかに過ごしていれば良いのだろうが、それも難しいのだから。

まぁ、だからこその私の個性なのだろうけど。なんだろう、サプリメント的な感じなのか、私。


「ご飯持ってきます。熱計って待っていてください」


体温計を手渡せば素直に受け取る。測っている所を見ながら、スープカップにスープを注ぐ。それをソファの前のローテーブルに置いたと同時に体温計がピピピ、と測り終えたことを伝えてくれた。受け取り見れば、確かに微熱程度ではある。しかし以前それで油断をした結果高熱で寝込んだのはまだ記憶に新しい。


「食べたら寝ましょう」

「まだ眠くないよ」

「子供ですか。じゃあテレビでも見ながらゆっくりしましょうか」


子供のような言葉に思わず突っ込んでしまい、笑った。手渡したカップに口とつけるのを隣で眺める。加湿器に水入れなきゃ。その前にブランケットでも持ってこよう。もう日が落ちた時間は冷える。


「なにか掛けるもの持ってきますね」


一言声をかけてから寝室から少し厚手のブランケットを持ってくる。彼の私物らしい大きいサイズである。それを肩に掛けてやれば彼が礼と一緒につぶやく。


「なんだか申し訳ないね。何もかもしてもらって」

「それが仕事ですから」

「身もふたもない」


思わず声に出ていた笑い声にこちらも笑みが深まった。見ればカップの中身はもうほとんど無かった。術後から、一度の食事量を減らし、回数を分けているので当たり前といえば当たり前なのだが。空いたカップを受け取り、シンクで洗おうかと思うと、手をこまねく彼が視界の端にうつり手を止める。


「どうかしましたか?」

「おいで」

「はぁ...」


はて、と首を傾げ、カップをそのままにソファに歩み寄ると隣に座るよう促される。なんだなんだ。訳もわからず座ると、さきほど彼に掛けたブランケットを私にも掛ける。その大きさは2人で掛けても余裕があるくらいだ。


「名前くんも少し休みなさい」

「えぇ...」

「顔色、あまり良くないようだけど?」

「それは、まぁ...」


にこにこと言うトシさんに、今度は私の言葉が尻すぼみになっていく。さっきまでと逆転した空気である。そして本当に多少ではあるが、個性の使用でふらつきがあったのは事実だ。良く見ていること。


「無理はしない約束だろ?」

「それはトシさんです」

「私だけじゃないよ、君もだ」

「ううん...。ワーカーホリックですねぇ」

「全くだ」


くすくすと笑えば、目を細めた彼に見下ろされていることに気づき、首を傾げる。トシさんがワーカーホリックなのは間違いないのに。


「なんでもない」

「なんですか」

「本当になんでもないよ」


言う気がないのか、本当になんでもないのか。特に何を言うわけではなかったようである。少し驚いた自分が恥ずかしい。それくらいに、力強い瞳に感じたのだ。思わず肩に掛かったブランケットを握ると、それに気付いた彼が身体を傾ける。


「もう寝るかい?」

「...まだ眠くありません」


全く同じ事を聞かれ、答える。何なら私の方が子供っぽい言い方だった。それに少し唇を尖らせれば、満足したようにトシさんは笑みを浮かべるのだった。















(おかしい。立場が逆転している気がしてならない)


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